ラジオパーソナリティ×小説家
『はーい。それでは次のお便りを紹介します。ラジオネーム、ホワイトリリイさん。最近猫を飼い始めました。ついついちょっかいをかけてしまって、怒った猫に引っ掛かれる毎日です。でも、可愛いからやめられないんです。……なるほど。分かるわ。目の前に可愛い子がいるとついついちょっかいかけたり、抱きしめたりしちゃうんですよねー。』
『さやかさんも猫ちゃん飼ってらっしゃるんですか?』
『ええ、とっても可愛い猫ちゃんなんです。気まぐれで、気難しくて。でも撫でたり抱きしめると最終的にはデレデレに甘えてくれるんです。』
深夜のラジオ番組のパーソナリティー。それが私、
いつものように放送を終えて、放送局を後にする。大体深夜の生放送だから、仕事終わりにはもう終電は過ぎてしまっているのよね。というわけで、今日もタクシーに乗り込む。
「お客さん、どちらまで?」
「ここまでお願いします。」
運転手さんに目的地を伝えると、タクシーは静かに発車する。
もちろん、そのまま大人しく家に帰ることもあるわよ?でも最近の私の楽しみは、ちょっとした寄り道。
「お客さん、着きましたよ。」
「はい。ありがとう。」
会計を済ませて、タクシーを降りる。そして私はコンビニに寄ってから、いつもの場所へ向かうのだった。
「ちひろー!開けてー。」
「ちょっ、さやか。近所迷惑だから。」
「じゃあ、家入れて?」
「断る。」
「えー。じゃあ、ここで大声出そうかな。いい?近所迷惑で通報されるかもしれないけど。」
「ちょっとやめてよ。さやかの声無駄に良く通るんだから。」
「お褒めにあずかり光栄です。というわけで、上がるわねー。」
「あ、ちょっと、また勝手に。」
そう、最近の私の楽しみは、この可愛い可愛い子猫ちゃんをからかうこと。
彼女の名前は
「あら、思ったよりも片付いてる。」
「いつも散らかってるみたいな言い方しないで。」
「いつもはもっとこう、本と資料で溢れかえってるじゃない。あとは、パソコンの横にカップ麺とか。」
「それは修羅場の時だけだから。」
「まあ、ちゃんと食べているのならいいのよ。はいこれ差し入れ。」
コンビニで買った袋ごとちひろに渡す。
「そろそろ切れる頃かと思って。」
「イツモアリガトウゴザイマス。」
「良いって事よー。それにしてもさ、私の前で吸わなくなったね、タバコ。」
ちひろは喫煙者だ。前はよく原稿を打ちながらタバコを吸っていたのだけど、最近は吸ってる姿は見かけない。まあ、吸い殻はあるから、私がいない時に吸ってるんだろうけど。
「禁煙中?でもないよね。吸い殻あるし。」
「まあ…いろいろと。」
「え、何?気になるんだけど。」
「気にならなくてよろしい。」
「気になる―!」
「わっ、ちょっと、さやか!押し倒すな馬鹿!」
こういう時は力づく。押しに弱いちひろは、こうやって勢いに乗っちゃえば結構素直にいろいろ話してくれる。そこがまた可愛いし、焦る表情をみるとちょっと興奮する。
「ねえ、どうして?」
「ひゃっ、囁くな馬鹿。」
「馬鹿とは失礼ね。これでもあなたより年上よ?」
「知ってる。知ってるから……あっ。…離れてっ。」
「教えてくれたら離れるわ。」
「っ!」
首筋にキスを落とすと、ちひろは顔を真っ赤にして、体を小さく跳ねさせる。
こんなことするのは今に始まったことじゃないんだけど…いちいち反応が初心なのよねえ。可愛い。もっとちょっかいをかけたくなってしまう。
「ふふっ。ねえ、ちひろ。」
「そんな声で言わないで。」
「どんな声?」
「もうっ。」
観念したのか、ちひろはかなり弱い力で私を押し返しながらつぶやいた。
「タバコは喉に悪いから……。声の仕事してるさやかの前では吸わないようにしただけ。」
「え、それはもしかして私の事を気遣って?」
あ、ちひろが両手で顔をおおってしまった。何だろう、可愛すぎて今すぐにでも全身可愛がりたいんですけど。しかも私のためにタバコ控えてるとか…何この可愛い生き物。
「ちーひろ。」
「何?」
「ちひろ。」
「うるさい。」
「うるさくないでしょう?ちひろ私の声好きでしょ?」
「………っ。」
こういう時は肯定してる時。
「ちひろ、ありがとね。別に私は気にしないのに。」
「私が気にするから。」
ぎゅーっと抱きしめる。細いちひろの体は抱きしめたら折れてしまいそうだ。
「さやか…苦しい。」
「あら、ごめんなさいね。」
ちひろから離れると、彼女は大きく深呼吸をした。
「あのさ、さやか。」
「なあに?」
「そういえば一つ聞きたいことあるんだけどいい?」
「一つと言わず何個でも聞いて?気が向いたら答えるわ。」
「なにそれ。」
ちひろは怪訝な顔をしながらも言葉を続けた。
「今日のラジオの猫の話。」
「ああ、覚えてるわ。猫を飼って引っ掛かれたって人のおたよりよね。」
「うん。それのさやかが言ってた猫のことってさ……。まさかとは思うけど私の事じゃないよね?」
「えー。そうだけど?」
さすがちひろ。良く分かってるじゃない。っていうか、今日も私のラジオ聞いててくれたんだ。
「ちょっとは否定しなよ。」
「否定するだけ時間の無駄だから。」
「変なところドライだよね。」
「ちひろはドライに見えて情に厚いわよね。」
「公共の電波で私の事を言うのはやめて。」
「大丈夫、世間一般的には誰もちひろのことだって気付いてないから。」
「私が気付いてるから!」
あ、また顔が赤くなった。ちひろって本当に顔に出やすい。私はちひろをもう一度押し倒そうと、手首を握った。
「ちょっと待って。まだ原稿書ききれてないから。」
「だーめ。ちひろ見てたら興奮してきちゃった。」
「盛るな。」
「無理。」
だって目の前にこんなに可愛い子猫ちゃんがいるのよ?抱かない理由が見当たらない。それにちひろの表情一つ一つが何て言うかすごく……そそるのよね。
私はちひろの首筋にもう一度キスをした。
「んっ。駄目だって。担当さんに原稿送らないといけないんだから。」
「でも今日の分はもう仕上がってるでしょう?」
「いや、まだ。」
「相変わらず嘘つくの下手よね。物語の登場人物にはあんなに華麗に嘘をつかせるのに。」
「うるさい。あっ。」
「うふふ、かーわいい。」
それにさっきよりちひろの体、力抜けてる。これは抱いても良い合図。
「そもそも原稿終わってなかったら貴女もっと焦ってるでしょう?その口から次々文句が出てくるのは、仕事に余裕がある証拠。」
「もう、耳元で喋るのやめて。」
「ちひろ、好きよ。」
「やっ。」
「だーいすき。」
ちひろと目が合う。彼女の瞳にも熱がこもる。よし、タイミング的には今。さあ、今からちひろと甘美なひと時を……。
「あ。」
急にちひろは色気の欠片もない声を上げた。
「さやか。ちょっとまってて。今小説の案が降ってきた。」
「えー、ちょっと、今からいいところなんだけど。」
「ごめん。忘れないうちにメモさせて。」
まずい。ちひろが仕事モードになりつつある。この子、執筆モードに入っちゃうとこっちっがいくら抱こうとしても全然相手にしてくれなくなるのよね。まさに気まぐれな猫のよう。
「さやか、離して。邪魔。」
「無理。」
「もう、いい。このまま書くから。メモ終わるまで邪魔しないで。」
「かけるものならどうぞ。」
うつぶせになって、ノートにメモを書き綴るちひろ。後ろから抱きしめてみたけど、時すでに遅し。もうちひろは執筆モードに入ってしまった。
「んもー。ちひろ。構ってよ。」
「ちょっと待ってって。」
「せっかく私が着てるのに。」
「勝手に来たんでしょう?」
「ちひろ―。」
「なんていうかさ、さやかの方が気まぐれの猫みたいだよね。」
ちひろは笑った。ああ、可愛い。
「それ書き終わったら私の相手してよね。」
社会人百合短編集 茶葉まこと @to_371
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