第四話「修行・一」

 

「ここが、ゴールであって、ますか?」

 

 歩き疲れてへとへとになり果てた怜は、地面に両手をつけながら、堺に問いかけると。


 堺は狩衣の袖の中から水を一本取り出して、怜のほうへと転がした。


「ほら、飲み。そうそうここが一応目的地、でもゴールは舞離火ちゃんを助けるっていう大事なのがあるやろ?」


「持ってたんですか……、なんで……もっと早くに……」


 堺が渡した水を、怜はごくごく勢いよく飲み干してしまう。そんな光景を眺めながら、堺は笑いながら返答する。


「なんでもっとはやくにって?そらおもろかったからやん。結構おもろかったで。それにしてもこんな早くなくなるんやったら最初に渡して飲み干させた方が、ええ顔したかもな」


「あ、悪魔ですか…?」


「ちゃうちゃう、聖人やって。まぁまぁ、そんなことはどうでもええから、さっさと中はいるで、一応いけるはずやけどまだわからんしな」


 怜の恐怖混じりのツッコミを適当に返しながら、堺は旧型 《異界門ラプラスゲート》の扉を開ける。


 通常の《異界門ラプラスゲート》とは違い、ただの部屋の中にポツンと門のようにたたずむそれは、異界の門の名の通り、その姿をなしていた。


「これが旧型 《異界門ラプラスゲート》ですか…さっきのとずいぶん違いますね」


 東京に住んでいるといっても、通常の《異界門ラプラスゲート》もあまり目にしたことがない怜ですら、その門が通常とは全くの別物であることに気が付く。


「せやろ、これはそもそも試験用に作られたやつやからなぁ、機能とコストを最低限にしてあるねん。だからまぁいろいろ使えるんよ、いろいろいじったらの話やけどな」


 そういうと堺はおもむろに狩衣の袖の中から一つのデバイスを取り出して怜に投げわたす。


「さ、堺さんのそこ、何が入ってるんですか…?四〇元ポケット?」

 

「だれが、ドラ〇もんやねん。

 ええやろ、こんなかにはな魔法と夢が詰め込んであんねん」


 次々とものが出てくるまるで四〇元ポケットのような袖に、怜がツッコミを質問をしても、堺は笑いながら濁す。


 

「ちょっと休むか?あんなしんどそうにしとってん、今すぐ修行いうのもきついやろ」


 堺が怜のほうを向きながらそういうと、少しの間も開けず。怜は即答した。


「いや、大丈夫です。いけます」

 

 堺は少し意外だった。さっきまでの様子だと、少し渋ったうえで休憩すると予想していたが、ふたを開けてみるとそこには即答で修業を選んだ怜がいた。


―—へぇー、おもろいやん。まぁ僕てきには、こっちのほうが鍛えがい合ってええわ。


「ええやん。怜君がその気なら僕も力入れて教えたらなな。ほらついてき」


 堺はそういうと、旧型 《異界門ラプラスゲート》にタブレットを取り付けた。

 袖から出たことにはもう怜も触れなかった。ドラ〇もんだとおもうことにしたのだろう。


「何してるんですか?」


「ちょっといじってるねん。こんなんできるのこの世界じゃ今のところ僕くらいやからなぁ、内緒やで。」


 堺が人差し指を口の前に立てながら、そういうと、旧型の門の隙間から、光があふれ出した。


「よし、できたできた。ほないこか」

 

「え、あ、いや、今の光…なんなんですか?」


 怜は目の前で光があふれる門に少しだけ恐怖していた。

 別に無理もない、さっきまで何もなかった門がいきなり光りだしたのだ。


 その先にあるのは未開の地、いまだ足を踏み入れたない世界。それに向かうための門が不自然にも光り輝く、驚かない方がおかしいだろう。

 が、堺はそんな怜を見て、笑いながら言葉を放った。


「何があったかは、入ったらわかる。いくで」


 そういうと、堺は門を躊躇なく開け、扉の先の世界へと入った。


 怜もおいて行かれないようにと、少し足を震わせているものの、小走りで堺の後に続いた。


 怜は何もない真っ黒な空間の中を、堺の背中だけを頼りについていく。


「イセカイに行く時って、毎回これなんですか?」


「いや?今の《異界門ラプラスゲート》は転移するときに真っ黒な保護用のシェルターみたいなん纏うからなぁ、一人用のエレベーターに乗るみたいな感じやな。

 そっちのほうがよかった?」


 怜が少し足を震わせていて、怖がっていることに気が付いた堺は笑いながら問いかけ返す。


「で、できればそっちのほうがよかったですかね…」


「じゃあ、早く制作者に会って文句言わなあかんな、ほらもうつくで」


 怜が苦笑いをしながら堺の質問に答えていると、暗闇の通路の奥から光が入り込んでくる。

 

 光の差し込む方が見つかると、怜はその目を輝やかせていた。


 怜自身気が付いていないが、それはイセカイへの好奇心からくるものであり、目の前の光が、その先の景色が、視界に徐々に入ると同時に、怜の脚はこわばることを忘れ、小走りなっていった。


「こ、これがイセカイ…」


 怜は暗闇の先で視界に入った光景を見て、言葉が口からあふれ出た。が、それは怜にとっては仕方のないことだった。

 

 そもそも、舞離火とあって、同じ孤児として育ってからというもの、都市から出たことがなかった怜は、物心がついてから、広大な自然を目のうちに入れたことがなかった。


 だからこそ、怜の目の前に広がる自然は、怜にとって未踏の台地以上の価値があり、これから始まる修練すら忘れそうになるほどの感動が、怜には訪れていた。


「ほら、別に今日からこんな景色当たり前にねるねんから、ぼーっとしとらんと行くで、ここは君にとって、まだそういう場所ちゃうから」


 堺は怜の背中をたたきながら、怜に言葉をかけた。

 その時堺は、少しだけなにかを悟ったような表情をしていた。



「よし、始めよか」


 二人は少し歩いた後、草原の真ん中に立ち、修練を始めようとしていた。


「まず、この今僕らがおる世界についてや。厳密にいうと、ここはイセカイじゃない。ここは仮想世界。僕の知り合いが作ってくれた修行用のイセカイや。

 だからこそ、こういうこともできる。」


 堺はそういうと、さきほど旧型に取り付けていたタブレットを取り出し、タブレットの画面に映しだされた剣をタップした。


 そうすると、まるで空気が形を成したかのように、剣が宙に現れる。


「え!?どこから出したんですか?やっぱりドラ〇もんなんですか?」


「怜君、まずその僕が何か出したらとりあえずドラ〇もんっていうのやめよか」


 宙に現れた剣を見て、驚きながらドラ〇もんと口にする怜に苦笑いしながら説明を続ける。


「まぁ、こんなふうに操作できる媒体さえあれば、こうやって剣とかなんでも出せるし、データさえあれば、モンスターも出せる。今はせんけどな。

 あ、あといいニュースが一つ。この世界では死なへんから、修行し放題や」


「あ、は、はい…」


 満面の笑みをしながら怜にビッグニュースを伝えた堺だが、聞いた怜は何かを悟ったように絶望の混じった返答をした。


「ほな、まずは魔法の練習から始めよか。

 僕のジョブは陰陽師やからあんま教えれることないねんけど、仮転移の時は魔法使いやってたし、まぁある程度は分かるわ。」


「ま、魔法使いですか…」


「あ、ちなみにいうの忘れてたけど怜君のジョブは魔法使いやってもらうから、理由はいろいろあるけど、とりま基礎と応用が簡単やからってことで。

 ちなみに拒否権はなしな」


 堺は魔法使いと聞いて、考えこもうとした怜を気にも止めずに話を続ける。


「よし、じゃあ怜君。まずは魔法の基礎、詠唱をしよか。まぁどうせ明日には無詠唱が当たり前にしてもらわんとあかんねんけど」


「じゃ、じゃあ詠唱は覚えなくていいってことですか!?」


 詠唱を覚えなくていいと聞いて少しうれしかったのか、さっきとは違い少し大きめの声で怜が反応すると、堺は少し笑いながら言葉を返す。


「なんや?詠唱みたいなんおぼえんの苦手やったんか?でもまぁ朗報や、覚えんくてええよ、君に才能があったらな」


「あ…がん、ばり、ます…」

 

 才能がいると聞いて怜は何かに絶望したような顔をしながら小さい声で言葉を返す。


「ほなまぁ、お手本や。いくで、これが詠唱や」


 堺はそういうと表情を変え、まるで瞑想をするかのように落ち着いた様子で目を閉じ詠唱を始める。


「《世界が空に散らばりし禁書の影よ、その断片をもって我が身体に剛力をあたえよ。身体強化・赤》」


 堺が詠唱を口に出した途端、まるで世界が呼応するかのように堺の周りにあった空気が赤く変わり、堺の体に纏わりつく。


 怜は初めて見る魔法の発動に言葉も出せず。ただその両目を輝かせていた。


 


 

 


 


 




 


 


 

 






 


 


 


 

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