第二話「邂逅」

 赤ん坊を抱いていた男が、突如少女の通り名を言い放った。

 ここは《イセカイ》の中、誰が知っていても別におかしくないはずだったが、目の前にあるのは《イセカイ》の常識を覆すほどの光景、そして目の前にいる男が手に付けているのは、明らかに自分の《ラプラスギア》とは別の物だった。


「おーっと、そうだそうだ、いきなり待ってたなんて言われてもわからねェよな、俺はレガリア、この世界の住人さ」


             +-+-


――—東京 《異界門ラプラスゲート》 入り口付近———



「舞離火!?舞離火!!どこにいるの!?聞こえてるなら返事してよ!!おーい」

 

 一人転移の渦から逃げ出し、《異界門ラプラスゲート》からのだしゅつに成功した少年は、一人途方に暮れていた。


 自分を逃がしてくれた幼馴染からの返答はなく、いつもは賑やかなはずの東京の街中だというのに、声一つしない静寂が広がる。が、そんな異様な光景ですら、今の怜には関係がなかった。


 最後に《異界門ラプラスゲート》の中で、人々が消えていくのを目の中に入れてしまった少年は、その事象からくる恐怖に、一人飲み込まれそうになっていた。


 ——みんな、みんな、消えた…舞離火も、消えた…?そしたら僕は、舞離火…舞離火がいないと…僕は…僕は…僕がちゃんとしてたら、あの時舞離火の足手まといにならなかったら…今頃みんなは、舞離火は…


 ビルにつけられたパネルの中、一匹の猫が飛び出そうとしている画像が怜の目に入った。

 今の怜には、それが映像であるということすら認識できず、一人スクランブル交差点のど真ん中でしりもちをつく。


 車のエンジン音すら聞こえない中、そのまま何も考えず、ただ一人寝転んでいると、静寂の中に、足音が聞こえだす。


 その足音は怜にどんどん近づいていき、怜の前で止まり、寝転ぶ怜に顔をのぞかせる。


「お、おったおった。ここにおる時点でほぼ、確定やけど、そこにさらにその白い髪、あの人と似た顔、間違いない。白崎 怜くんやね。

 ほら、手貸したるから起き上がって、あんま時間ないねん」


 ——誰だろう、知らない人だ、なんで…僕の名前知ってるんだろう、でも、もういっか、舞離火がいないなら、何しても意味ないし…


「あーあ、あかんなぁ、考えることやめた感じ、都合はええけど、あんまり好かんなぁ、そんなんじゃ、舞離火ちゃんに置いて行かれるんとちゃう?」


 その一言を聞いた瞬間、怜は目の前にかざされた手を握ることすらせず、まるで陸上のスタートダッシュのようなスピードで起き上がる。

 

「お、ええ反応。おはよう怜君、はじめまして、気分はどうや?元気か?」


「元気?そんなわけないじゃないですか…、みんな消えたんですよ!?舞離火も!?なんで僕だけ、なんで僕だけ…どうせなら僕も一緒に…消えたらよかったのに」


 少年は勢い良く立ち上がったかと思ったら、言葉を放つごとに勢いを失い、廃人のように立ち尽くす。


「ハハ、舞離火ちゃん消えたらどうでもいい、僕も一緒に消えたかった。か、ほんなら僕が消したろか?舞離火ちゃん助けに行く前に仕事が増えるけど、このナイフ指すだけで終わる仕事や。別にええよ、消したろか?」


 そういってさっきまで微笑みながら話していた男の顔は冷たい空気を纏い、袖の中からでてきたナイフは、その言葉に現実味を付け加える。


 が、怜は目の前に現れたナイフより、男の呟いた舞離火を助けにいくという文言が引っ掛かった。

 

「舞離火は、生きてるんですか?…」


「うん、生きとるよ、ここじゃない異世界でな、でも君には関係ないやろ。消えたいんやろ?消えたらしまいや、関係ないで」


 男の言葉と共に、近づいてくるナイフを眺めながら、怜は呟いた。

 

「僕は…何もできない…でも…どうしたら…」


「なんや?」


男はナイフを止めながら冷たい口調で聞き返す。


「僕は、どうしたらついていけますか…?」


「なんや、ついてきたいんか?」


 その言葉を聞くとともに 怜の数センチ先でナイフを止めた男は、冷たい空気のまま、怜に問いかける。


「ついて、行きたいです。おねがいします。僕を舞離火に会わせてください」


 目から涙を地面い落とし、どこか悔しそうにそう言葉を返す。


「おもろいなぁ、10秒前まで死にたがってたやつが、好きな子生きてるから、生きたい。どこまでいっても好きな子主体、そんなん君の人生ちゃうよ、それでも行きたいんか?」


「行き…たいです」


 涙をこぼしながら、そう強く言葉を吐いた怜をみて、男は口角を上げ、口を開いた。


「よぉ言うた、かな。ええよ連れて行ったる。僕が教えたる。僕が鍛えたる。君の舞離火ちゃんのための人生、その未来を助けたろやないか。不適合者君」


 狩衣を着た男がそういうと、怜は少し口角を上に挙げながらも、真剣なまなざしで力強くうなづいた。



               +-+-

 

―——???———


「じゃあ、この状況も、この現象も、全部あんたは、いやあんた達は分かってたってわけ?」


「そういうこった。お前らの世界、まぁ場所を言うなら東京ってところ?のやつがこっちの何個かの異世界に飛ばされるのは、俺も、《ラプラス》の上のやつも知ってる」

 

 いまだ険悪な目を舞離火に向けられながらも、レガリアは声色一つ変えず話し続ける。


「まぁまぁ、言ってることはわからねぇと思うが、とりあえず助けてやってんだ。敵じゃねぇのはわかるだろ?」


「わかるわけないでしょ!!運営は知ってたならなんで知らせなかったのよ!なんで防がなかったのよ!!わかるわけないでしょ!あんたが敵かなんて!もしあんたが味方なら、今なんでこうなってるのか説明できるの?」


 声色一つ変えず、それどころか笑いながら話すレガリアに舞離火は怒りをあらわにする。すとレガリアは今までの雰囲気が嘘だったかのようにまじめな顔をして口を開いた。


「理由?んなもんしらねぇよ。俺たち《閲覧者》は起きたことしか見れない。言ってる意味はわからねぇと思うが、ただ別世界軸で起きたことを知れるだけ、あとは世界軸の関連性だ。別世界で起きたことは、この世界でも何らかの事象によって起きる。防げないんだよ、どうやっても」


 さっきまでとは明らかに違う雰囲気の中、レガリアは話し続けた。


「俺たちは見て知っただけ、起きた理由は知らない。なら、事前に不安をあおるより、俺たちこっちの住人がなんとかしたほうがいいって話だ。直接話をつけたわけじゃないが、こっちにも話を通せる奴はいるんでね」


レガリアの話で少しは落ち着いたのか、怒りを落ちつけた舞離火がレガリア問う。


「その世界軸ってのは何?」


「それは今はまだ言える話じゃない。ただそういうものがあるって話だ。この転移を説明するためには使うしかなかった。それだけだ」


 レガリアがそういうと、少し間が空いた後、舞離火は口を開いた。


「今の話、嘘だったらぶっ殺すわよ?」


「ハハッ、いいねェ嬢ちゃん、そういうのは嫌いじゃない。

 が、あんたに俺は殺せねぇし、そもそも俺はこの件にもとはといえば、何も関わっちゃいない、ただ知ってただけさ。星の流れを」


 なんとなく事情は理解したものの、どこか納得のいかない舞離火は、緊急用のテントのような場所の中、緊迫した雰囲気をいまだ漂わせていた。


 レガリアといえば、最初の調子に戻り、笑いながら舞離火からの問いかけに答えた。

 

「で、じゃあなんで《異界門ラプラスゲート》に入れないあんたが私の《閃光ノ舞姫》を知ってるのよ?ここ《異界門ラプラスゲート》からは入れないでしょ。あんた、ここから出れるわけ?」


「さぁー、なんでだろうな。出れるって、そういえばあんたは、俺をしっかり、信じてくれるか?」


 レガリアが少し真剣な表情で舞離火の目を見つめると、テントの中に静寂が澄み渡る。

 数秒の静寂の後、レガリアが笑いながら口を開く。

 

「ハハハッ、ほらな、答えはノ―だ。そうさ、俺はこの世界から出れる。でもそれは今ここであんた達の手助けをしてることに関係してねぇよ。安心しな、俺は別にあんたの敵じゃねぇ」


 レガリアが自分の腕につけられたデバイスを見せながら、説明を終えると、テントの中の空気はレガリアの雰囲気に飲み込まれていた。

 

 少し動揺しながらも、舞離火も口を開く。


「ま、まぁいいわ。私に勝てるって言ったところ以外は認めてあげる」


「ハハッ、そこは認めねえのな」


「で、私は何すればいいの?戦闘?」


「あぁ、ある程度はな、後はその場の雰囲気でわかってくれって感じだ」


「わかったわ」


 そうやって二人は会話を終え、テントから出ようとすると、テントの外で座り込んでいた人間が一斉にテントのほうへと逃げよってくる。

 

 テントの中にまで入りこもうとする人間たちが発する悲鳴が、ただ事ではないとレガリアと舞離火二人に伝える。


「おいおい、なんだよ、こっちはただでさえキャパオーバーなんだよ」


 レガリアがそういうと、人混みの隙間から森の木々を踏み倒す巨大なイノシシのような世界獣せかいじゅうの姿と、その周りを飛ぶ昆虫のような世界獣が見える。


「世界獣!?良いわ!!好都合よ、ぶっ倒して私の力見せつけてあげる」


 そう舞離火が言って、意気揚々と《ラプラスギア》に手をかざす。がレガリアはそれを止め、口を開く。


「いや、ここは俺にやらせてもらおう、いいじゃねぇか!!自己紹介の後は実力紹介!!しっかりと俺の力、見せつけてやるよ」

 

 レガリアは口角をあげながら、獲物を狩る獣のような表情で、自分の腕につけられたデバイスに手をかざした。


「行くぜ、相棒。《プロジェクション》」


 レガリアがそういうと、レガリアは光に包まれた。

 《ラプラスギア》の挙動とは違い、光に包まれたレガリアを見て、舞離火も驚く。


「なにあれ!?《ラプラスギア》!?、いや、あんな解言、《ラプラスギア》じゃない、なんなのあれ、あんなの、《イセカイ》の住人が持っていい力じゃない…」


 舞離火がレガリアのデバイスに驚いている中、レガリアはさらに解言を告げ、一枚のカードをデバイスに切る。


「《リフレクト・ボルケイン》」


 その解言とカードに刻まれた世界獣の名をレガリアが言った瞬間、舞離火が先ほど挑んだ《イセカイ》で瞬殺した獣の影が現れ、瞬間、光とともにその影はレガリアにまとわりつく。


 光と影がレガリアにまとわりついた後、レガリアは《ボルケイン》のように赤く凹凸まみれの地面がマグマを帯びたような装備に身を包む。


「やっぱり…違う。あれもスキルカードじゃない、世界獣?あんなの出せるはずない、なんなのよこれ…これが、レガリアの力?…」


 まだ戦闘もしていないレガリアの行動に、舞離火は勢いを失う。

 そんな中レガリアはにやけ、一人その気持ちを高ぶらせていた。


「さぁ!!戦いの時間だバケモノ!楽しませてくれよ!!」


 


 


 

 



 

 

 



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