第一話「転移ノ変」

東京―——《異界門ラプラスゲート———


 『プレイヤー登録無効』

 白く、機械的な空間の中、まるでアーケードゲームのような形の機械に《イセカイ》へと行くための切符を手に入れようと期待を胸に、その機械に情報を書き込もうとした直後のことだった。

 

 白く包まれた空間の中、黒く浮かび上がり、少年の眼前に映し出されたその文字は、数文字で絶望を表すかのように思われた。

 が、この少年‘‘白崎 怜‘‘に限ってはそうではなかった。

 

 そもそも、怜は自分から《イセカイ》に行きたい!と思ったから今こうして《異界門ラプラスゲート》の中にいるのではなく、幼馴染である‘‘伊瀬 舞離火‘‘にやろうと誘われて、いつかやると先延ばしにしてはいたものの、結局のところ自我の弱い怜には逃げ切ることができなかったというのが今こうして《異界門ラプラスゲート》の中にいる理由である。


 だからこそ、怜はこの事象をチャンスとして受け取っていた。

 《イセカイ》からの拒絶、これほどまでにうれしく、都合のいいことはないと思い、すぐさまこのことを舞離火に報告しようと、怜は口を開く。


「ま、舞離火!!、な、なんかさ、無効だって、無効!僕なんでか《イセカイ》にけないみたい!」

 

 舞離火にその事実を伝えようとした怜の口調からは、行かなくていいという事実からくる喜びで気分の高ぶりが顕著に表れた。

 そこに加わって、下手に隠そうとしたこぼれんばかりの笑みが、余計とうれしさを表す。


「そんなわけないでしょ!?、そんなはなし聞いたことないわ、ていうか、なんでちょっとうれしそうなのよ」

 

 そういうと舞離火は怜を睨みつけながらも、怜の前にある、機械をのぞき込む。


―—ま、どうせ怜が嘘ついてるだけでしょ、別に本当に命がかかるからって、どうせ本当に命がかかることなんて……


 信じてはいないものの、一応と思って、機械をのぞき込むと、そこには実際にありえない表示がされていた。


「って、本当なの!!なにこれ、見たことない、《ラプラス》の不具合?」


 そういって、少女は自分の《ラプラスギア》をのぞき込み、慣れた手つきで操作する、すると少女は黒い球体に飲み込まれ数十秒の《イセカイ》旅行を決め込んでみせるが、なんの異変もなく終わる。


 黒い球体、それは《異界門ラプラスゲート》から人が《イセカイ》いくときに、その身を守るために使われる一人用のシェルターのようなもので、それを纏った少女は、わずか数十秒で、《イセカイ》に行き、帰ってきたことになる。


―—別に《イセカイ》には行ける、じゃあこれは《異界門ラプラスゲート》の問題じゃない。


「ど、どうしたの?いきなり消えたり出てきたりして……」


「黙ってて、これ、本当に変なところ触ってないわよね?ていうかそもそもどこ触ってもこんなの出てこない……」


 数分の間に繰り返される、答え合わせのいない質問と、目の前で行われる少女の《イセカイ》旅行に怜の思考はついていくことができず、ただうなづくことだけを繰り返している。

 そうして、そんな少年を置いて、一人少女は思考を巡らせる。


 ―—無効……やっぱりおかしい、こんなの、この《異界門ラプラスゲート》ができて以来…

 のぞき込んだ機械に映し出されたその文字を見て、舞離火も怜の前では初めてといっていいほど取り乱す。がしかし、それは仕方のないことだった。


 『プレイヤー登録の無効』確かにその現象は、《異界門ラプラスゲート創設以来初めてのものであり、その情報を舞離火は誰よりもわかっていた。

 

 一年前、この《異界門ラプラスゲート》が開いた瞬間、その白く深い空間に飛び込んだこの少女は、誰よりもこの《イセカイ》への門へと立ち入った。

 まるでまだ物心もついていない子供たちが未知なるものに興味を持つように、少女は永遠とこの世界に興味を持ち続けた。

 だからこそ、登録の無効、ラプラスの恩恵を受けている以上、そのありえない現象はより一層、少女の思考を鈍らせ、歪ませた。


―—無効?そんなはずない、この世界で生きている以上、私たちはラプラスの恩恵を受けているはず……恩恵がないのはありえない…もしあるなら、プレイヤー登録には何か別の要素が関わってる…?


―—もしそこに何かあるなら…って、そんなのありえない。そんなの…私はあの日孤児院の前にゆりかごの中で置き去りにされた怜を見た日から、怜とずっと一緒だった…だからあたしの知らない怜なんて…それこそ昔、私が怜を知らない…


 少女の思考はめぐり続け、思考の渦に飲まれていく。ただ思い出す、怜とであったあの日のことを、孤児院でのあの日のことを。


―—私の知らない怜…多分そこに理由は、というかそれしか、でも、それを聞いてしまったら、私は……

 

 そうして少女が《異界門ラプラスゲート》の中、ただ一人思考の渦に飲まれていると、沈み込むように深くなる思考の中、その渦に悲鳴が入り混じっていることに気が付く。


「舞離火!!舞離火!!やばい、やばいよやばいって!!」


 気が付くと少女の目の前には今にも泣きだしそうな目で叫ぶ怜の姿があった。

 その姿を見て少女がふと我に戻ると、瞬間目の前に異様な光景が広がる。


 さっきまで周りにいたはずのほかのプレイヤーたちが、空気と入り混じり、どこかへと転移する。その光景を見て、少女はふと既視感を覚えた。


―—《強制転移・リタイア》——


 少女の頭の中に、いままで自分の後ろで行われてきたその行為が脳裏に浮かぶ、自分が強すぎるゆえに、多くの者を挫折させ、人より多く目に焼き付けたその事象が、また突然にも目の前で行われる。

 

 通常、《イセカイ》への転移は黒い球体に包み込まれおこなわれる、それは転移中の身体への負荷を防ぐためである、が、リタイアの場合は早急なる退出を求められることが多いので、その工程を飛ばし、生身での転移を引き起こす。


 だからこそ、少女は目の前で引き起こされているこの事象がただことではないことに気が付く。

 

「怜!今すぐここから離れて!!」

 

 数秒にわたる思考の後、まずはプレイヤーではない怜を逃がすべきだと考えた少女は、怜に向かって叫ぶ。

 

 怜も本能で今起きていることのやばさに気づき、すぐにうなづいて出口へと向かう。


 少女もあと自分に魔法をかけて逃げ出そうと《ラプラスギア》に手をかざす。


「《ラプラス・オン》」

 

 焦りながらもたたき出されたその言葉は、《異界門ラプラスゲート》の中でその効力を発揮し、少女は深紅の装備を纏うかと思われた。


 が、《異界門ラプラスゲート》の中とは言え、ここは現実、よって、《ラプラス》はその真価を発揮しない。


 刹那、その事実に気づいた少女は少年の後を追いかけようとするが、転移はその隙を逃さない。


 少年は外へと走り続け、転移から逃げる中、少女は一人、空気と混ざり合った。


                +-+-


 「ここは……、どこ?」

 

 《異界門ラプラスゲート》の中ではない、そして、目に映った転移の渦、それを思い出して、ここが《イセカイ》だということは理解している。

 

 緑の生い茂る森の中、世界獣の鳴き声が一つも聞こえないというがが彼女の中に押し寄せる。それと同時に、《イセカイ》の中とは思えないほどの人の声が少女の耳に入った。」


 《異界門ラプラスゲート》の中から強制的に飛ばされたことは分かっているが、それ以外は何も知らない少女は周りを見渡す。


 ―—なによこれ、人がこんなに、しかもほぼ全員ラプラスギアをつけてない……

 

 ——怜!怜は!?とりあえずこっちには来てない、ならまだ日本。安全だといいけど…今は他人の心配してる場合じゃなさそうね

 

 定義として、《イセカイ》への転移への《ラプラスギア》の使用は不可欠なものであり、それを身に着けていない人間が目の前に蔓延る光景など、《イセカイ》において少女は見たことがなかった。


 子供を身ごもった妊婦、両親と離れ泣き叫ぶ子供、少女にとって見たこともない、地獄のような光景が少女の目に浮かび上がる。


 見たことのない光景に、少女までもが動揺していると、一人の男が赤ん坊を抱きながら立ち上がる。

 

 近くにいた女性に優しく赤ん坊を渡すと、その男は口を開いた。


「よぉ、《閃光ノ舞姫》、ようこそ‘‘秘匿森林世界アトランティス‘‘へ、お前みたいなのを待ってたよ」


 


 




 

 


 

 



 


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