Act.1 花嫁救出・4
「──リサ?」
声がしてアディが振り向くと、小さなブリーフ・ケースを携えたユーマが、ずぶ濡れのウエディングドレスを抱えて立っていた。
「いま確かに、“リサ”って言ったわよね?」
赤いフラッシュ灯にサイレンを響かせて、走り去る
「そうだな」アディが
さあて、どうしましょ、と面倒臭そうに横目でアディを見やるユーマに、アディが、そんな事、俺が知るか、と言う顔付きで見返した。束の間、無言でお互いに押し付けあい、結局始末に困ってしまった2人に、声が掛けられる。
「──大変遅れて申し訳ございません」
アディとユーマが振り返ると、2人の男が立っていた。
1人はふくよかな顔立ちに、上品なウール・ギャバジンのグレイッシュなスーツを隙無く着こなす、いかにも紳士然とした50代の
「ラ・ボエムを回航していただいた、ノルニルの方々ですか? 遠路はるばるご苦労様でしたな」上品なスーツをきっちりと着こなす紳士が、柔和な笑顔で挨拶してきた。「私は
「いいえ、気になさらないで。こっちも途中ちょっと道草食っちゃったから」ユーマが外交儀礼的な笑みで答える。「それにあたしたちはノルン人からお使いを頼まれた、単なる
ロトスオーリは、上背213センチのジャミラ人と
もう1人のタフグス卿は、露骨に毛嫌いする態度は見せなかったが、色違いで同じようなウエアを着ているアディとユーマを、頭の先から靴の先まで慇懃無礼な感じで見回した。
2人が着用しているフィジカル・ガーメントは、グリフィンウッドマックの
アディは身長188センチ、均整のとれた体躯に、黒のアッパートルソと
「──そちらも何かトラブルがありましたか?」
握手をしながら、ロトスオーリが尋ねた。
「何やら騒がしかったようですが」
とタフグスが言葉を被せる。
「川で溺れかけた、素敵なお嬢さんを救けてね」
ユーマが手にしていた純白のウエディングドレスを差し出した。
「──それがこの衣裳」
ロトスオーリとタフグスは、鳩が豆鉄砲食らったような顔でユーマを見返す。
「お手数だけど、そちらから返して頂けないかしら?」
ユーマは委細構わず、ずぶ濡れのドレスをロトスオーリに押し付けた。
「この宙港の救急センターに運ばれた筈だから、詳細はそっちで聞いてくれるかしら。名前はリサ・テスタロッサ、
「リサ・テスタロッサ!」
ロトスオーリとタフグスが、同時に目を剥いて顔を見合わせた。
「タフグス卿、後は頼みましたぞ!」
そう言うが早いか、ロトスオーリはドレスをタフグスに押し付けると、何やら慌てた様子でその場から踵を返した。少し小走りに走っては早足に切り替えて、を何度か繰り返してロトスオーリは建物の方へと消えていった。
「何だ? どうしたんだ、あんなに慌てて?」
「彼女、ひょっとして、重要人物?」
今度はアディとユーマが、狐にでも摘まれたような表情で、お互い顔を見合わせる。
「ああ・・・まあ・・・」
2人の
「そちら側も、何か問題が起きたような言い方だったけど、それに何か関係が?」
「ご推察、鋭いですな」
「遅れて来て申し訳ないと弁明なさっていたし、あたしたちのトラブルを尋ねるのに、“そちらも”と枕詞が付いていたもので、ね」
「彼女を救けて頂いたようですから、申し上げても、まあ構わないとは思いますが、リサ・フォセリア・テスタロッサはメルツェーデス皇女の私室付き侍従女御官なのです」
「侍従女御官?」
アディが怪訝な顔付きでユーマを見やる。
「平たく言うと宮殿内の上級職員? ひょっとして」
「それも皇女付き?」
アディの視線を受け流すように、目の前のタフグスにユーマが質し、さらにアディが言葉を継ぐ。それに応えるようにタフグスが小さく首肯した。
「──と同時に、テスタロッサ女史は、我が国の皇女メルツェーデス殿下が最も信頼を置いておられる、生来の同年ご学友でもあります」
「・・・・・・」
それを聞いていたアディとユーマは、開いた口が塞がらない。
「──じゃあ、ひょっとして、ロトスオーリ卿、とおっしゃったかしら? その卿が慌てていたのは彼女リサ・テスタロッサ嬢に関係する事なのね?」
「まあ、そんな処ですが、朝から皇室関係者が上へ下への大騒ぎ、とだけ申しておきます」タフグスは、ロトスオーリから渡された白いドレスに目を落とした。「これ以上は、さすがに口を滑らす訳に参りませんので・・・」
「皇室、ね・・・」
ユーマがぼそりと口にした言葉に、アディがタフグスに尋ねた。
「それじゃあ、このラ・ボエム運用への、
実は、
その自主独往を自負する
「あ、いや、それはまた別部署が担当ですので、予定に変更は出ないと思います」
軽く往なすように愛想笑いを浮かべ、タフグスは首を振った。
「別部署、ね・・・」
ただそのタフグスの言葉尻に、小さな
「──まあ、あたしたち部外者の権化のような
ユーマが破顔一笑、アディを見た。
実際、大概の
「それじゃ本来の仕事をしましょ」
とユーマが言った矢先、足取りも軽く艶やかな
「よう。さっきの花嫁、美人だった?」
その声を聞いて、ユーマが小さく下唇を突き出してから振り向いた。
「ええ勿論。けどあんたには絶対興味を示さないような才媛よ」
「ほーお、そりゃ結構。だったらさっさと引き渡し終わらせて、ネルガレーテから連絡が入るまで、時間潰しに飲みに行こうや。なんなら、さっきの花嫁を誘ってもいいぞ」
「あんた、どんな思考回路してるのよ」
「え? 何かあったのか?」
ジィクの山吹色した瞳がユーマを見て、それからアディを見た。
「何かこう、ちょっとした胸騒ぎって感じがするんだよな・・・」
「何だか知らないが、そりゃあ、恋だ、恋。きっと恋だぞ、アディ。一目惚れって奴だな。俺が口説き方を教えてやるよ」
また馬鹿なことを、とユーマは呆れた顔でジィクに溜め息を
「──改めて、恒星間宇宙船ラ・ボエムの引き渡しを致しますわ、タフグス卿」
1人残った
「そしてこれが、
紙に印字書字された、ペーパー・ドキュメントによる、実にアナクロでアナログ形態な引き渡しだが、ノルン人からの依頼では仕方がない。
孔雀座宙域 太陽系ノルニルにあるウルザルブルンを母星とするノルン人は、
ノルン人個体の外観は、他の
恒星間航行用の主機として、ラ・ボエムが艤装する超光速ドライブ、
実は現在、就役している外洋航行船舶の99.999999パーセント以上が艤装する超光速航法システムは、超対称性場推進と呼ばれるシステムであり、100光年の距離を20時間から50時間で航行可能なのだが、虚時空航行だと瞬く間に移動できる。
ただ虚時空航法の基礎となる静動次元相補理論と虚空粒子理論を確立したのが、孔雀座宙域にある太陽系ノルニルのノルン人唯一であり、工学的技術ですら開発したノルン人にしか扱えない代物なのだ。技術としては存在するがシステムを理解し複製できる者が、他のカ
ところがそのノルン人との商取引や交渉事、契約自体が意外と厄介なのだ。初めての場合は、まずその交渉窓口が全く不明で、交渉過程も一筋縄では行かない。
これは、形而上思考を
アルケラオス皇室が発注したラ・ボエムの場合、ノルニルが要求した対価は、
ノルン人は基本的に、
簡単に言えば、顔を見て個体としてアイデンティティを認知できる相手、直接話をしてレーゾンデートルを認知出来る相手としか、深いコミュニケーションを取らない。特に異人種とのコミュニケーション形態は、その傾向が強く通話一本では注文に応じてくれない。
だからノルン人との取引は、最終的にはかならずアナログ形態になる。
さらには太陽系国家間の輸出入や物品搬送など商業行為の半数以上が、アナログ形態の契約締結方法を採っているのは、恒星間航行の技術的基盤を支えているノルニルの影響が大きい。
そんなノルニルの絡んだ
3人の
リサが寄越した
観覧者がネルガレーテただ1人の、まるで貸し切りの美術館だった。
右の壁には立派な額に入れられた彩色豊かな絵画が所狭しと掛けられていて、居る者を圧倒する。左壁には大きな窓がずらりと並び、厚手のレースのカーテンが美しいドレープを作っている。重さ何キロあるのか想像もつかない豪奢なシャンデリアがぶら下がり、大きな窓から入り込む日の光で室内はとても明るい。
大広間と呼ぶにはだだっ広く、サッカーコートくらいの大きさがあって、天井がやたら高い。
入り口から奥に真っ直ぐ、ワインカラーに金色の刺繍をふんだんにつかった絨毯が敷かれ、その正面奥には重厚な緞帳に囲まれ1段上がった雛壇に、彫刻も豪華な玉座が1脚。
ジィクをリトラで送り出した後、アルケラオス空軍はすぐ交戦状態に入った。
アモンの方が高度を取っていたので、そのまま
今ネルガレーテが居るグレースウィラー城は、アルケラオス現皇室クアトロポルテ朝の今上陛下、フロースガール皇が
ネルガレーテが首都宙港に到着したら、はちゃんと皇室の
ネルガレーテは室内をしばらく歩き回っていたが、待ちくたびれてベンチに腰を降ろすと、レイヤーカットもふんわりした
“この国、不敬罪ってあったかしら・・・”
そんなことを考えながら
禁中で、しかも皇を待っている間に、酒をかっ喰らうなんぞは明らかに儀礼違反だ。いつものネルガレーテなら、宙港の
元々ネルガレーテは、この
グリフィンウッドマックの先々代
実務上、
“──まさか、16年前の事を蒸し返すために呼んだ訳じゃないわよね・・・”
この
★Act.1 花嫁救出・4/次Act.1 花嫁救出・5
written by サザン
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