Act.1 花嫁救出・3

 アディは船橋ブリッジを出ると、待つのがまどろっこしいリフトを使わずに、折り返し梯子階段ラッタルを一足飛びに駆け下りる。着込んでいるフィジカル・ガーメントの右袖プロテクションガード裏側に収納してある、小さなボタンほどの無線聴声器イヤフォンを、アディが右耳に挿し込む。右袖プロテクタの表側には無線送声器マイクが付いていて、これで編団レギオ内通信が出来る。

「──その場合なら、ユーマが適任だ。オトコもオンナもお手の物だ」

「人聞きの悪いこと言うんじゃないの!」

性徴不明瞭トゥインキーって、両方イケる口じゃないのか?」

 アディの突っ込みにユーマが憤る声を入れ、ジィクがさらに雑ぜ返す。

「だから、ジャミラは単なる両性可現態コンプレックス・バイナリ! 一物メイル・オルガン頭のペロリンガと一緒にしないで!」

「おや、そうだっけ? 入道坊主ブロッケンジャミラ」

 ジィクの素っ惚けに思わずくすっと笑いながら、アディが船底左舷側の貨物庫カーゴ・ルームへ飛び込んだ。ライオンが伏せたようなシルエットのラ・ボエムは、その両の前脚に見える箇所が貨物庫カーゴ・ルームになっているが、回航フェリー中の新造船なので当然ながら積載物はない。

「いいぞ、ユーマ!」荷揚用の傾斜路ランプを兼ねた庫外扉ベイの縁に立って、アディが怒鳴る。「庫外扉カーゴ・ベイを全開だ! 彼女を引き上げる!」

「──多分真下だとは思うけど、モニター画像だけじゃあ、よく分からないのよ!」

 ユーマの声と共に、庫外扉ベイが小さな唸りを上げて開き始める。

「ジィク、ちゃんと牽制してるだろうな!」

 開き出した庫外扉ベイの隙間から、顔を覗かせたアディが辺りを見渡す。

「当ッたり前だ。白馬の騎士は譲ってやるから、有り難く思え」

「オトコだったら、お前に譲る」

「俺じゃなくて、ユーマだろ」

 ジィクやスクリューボートはラ・ボエムの船尾方向に位置するので、開きつつある庫外扉ベイからでは見えない。だが実際ジィクは、とんでもないアクロバットな空中機動マニューバで、迫るスクリューボートを足止めしていた。

 枯れ葉を掃くように、ジェットボートを苦も無く横転させたスクリューボートは、すぐさま弧を描いて転針した。目の前を横切る材木運搬船をけて一旦大回りし、ジェットボートの方へ白波を立てて急行する。乗っていた黒いスーツの男たちは、まさか転覆するとは思っていなかったようで、明らかに動揺していた。男たちの視線は、横切る材木運搬船の向こう、転覆したジェットボートの方に釘付けで、さらに疾駆による風切り音に耳を塞がれ、気付いたときには、ジィクの操るリトラが目の前に迫って来ていた。

 そのリトラはなんと、可動翼を開いてノーズを下にテールを上に、垂直近くまで機体を逆立ちさせた姿勢で、だ。俗に言う逆コブラ機動マニューバと呼ぶべき姿勢制御で、操縦席コクピットのジィクは川面に対して下を向いている。しかもその状態で、ジィクは威嚇射撃の引金トリガーを引いていた。

 リトラの機首に固定装備された連装パルス・レーザー砲の火線が、水面をはしる。弾着で川面に水蒸気が列を作って噴き上がり、エネルギー弾がスクリューボートの船体を横断する。

 これに慌てたのがスクリューボート上の黒スーツの男たちで、逆コブラ機動マニューバで真上を飛び抜けるリトラに、操舵していた男が闇雲に舵を取って逃げ出した。

 それでもジィクはスクリューボートを逃さない。

 ホバリングしながらゆっくりテールを下ろし、飛行姿勢独立制御機動ダイレクト・フォース・マニューバで、弧を描いてスライドするように機体を横滑りクラブスリップさせ、機首レーザー砲を常にスクリューボートに照準する姿勢で牽制した。まるでバスケットボールのディフェンスのように、襲撃者と転覆ボートの間に立ち塞がる。

 スクリューボートは逃げるように最小回転半径で旋回し、くねるような航跡を残してリトラを抜こうと必死に右往左往する。船上に立った2人が、構えた光線拳銃レイガンを放ったが、リトラの外鈑を撃ち抜くだけの威力がある筈もない上に、激しく揺れる船上では狙い自体がままならない。

 彼我の距離は約70メートル、ジィクが威嚇の1射の引金トリガーを再び引く。

 スクリューボートの舳先をかすめて火線がはしり、慌てた操舵手が精一杯の面舵をとって逃げ出した。川面でもがく白い布を広げたような花嫁は、川下へと流されているので、常に位置取りを考えないと、スクリューボートの接近を許してしまう。

「無茶な攻撃を仕掛けてくる様子はない。殺害が目的じゃないようだ」

 ゆっくりと川面に向かって降下するラ・ボエムを振り返ってジィクが言った。川下側に先回りするラ・ボエムが、船体下部の《カーゴ・ベイ》庫外扉)を開き始めていた。


“──このまま溺れ死ぬかも・・・”

 水面に必死に顔を出すリサは、尽きていく体力と積み上がっていく疲労感に、半ば観念しかかっていた。何かに掴まろうにも、投げ出されたジェットボートは自分よりも遥か先に流されてしまっていて、どこを漂っているのか見当さえ付かない。大きなばら積み船が下っているのが見えたが、気付いてくれている気配がない。水泳は得意な方だが、海水と違って塩分を含まない川の水は浮きにくく、ひらひらの花嫁衣裳が水を含んで纏わり付き、途轍も無い重しになって手足の自由がまるで利かない。

“──もう・・・これ以上・・・浮いて・・・られない・・・”

 早くも腕も上がらなくなってきていた。

“──さよう・・・なら・・・”

 そんな言葉が脳裏をよぎった刹那。

「いま助けに行くからな!」

 そう声がした気がした。空耳だと思った。だが。

「動くな! じっとしていろ!」

 今度ははっきりと、男の声が聞こえた。

「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」

 声がしたと思われる方向に、辛うじて首を巡らせるが、髪の毛は勿論、睫毛からも次から次へと水が滴り落ちてきて、まともに目を開けることすら叶わない。

「大丈夫だ、何も心配することはない!」

 その言葉を聞いて、リサはっとした。

“同じ言葉、どこかで聞いた・・・”

 薄れ行く意識の片隅に、ある記憶が蘇る。

“──ああ・・・そうだ・・・ツィゴイネルワイゼンの・・・事故のときだ・・・”

 何故かほっとした気持ちが込み上げてきて、滴る水の幕でぼやける視界の中に、大きく開いた鯨の口に立つ人影が薄ぼんやりと見えた。オレンジ色の何か板のようなものが川上側に投げられた。その沈みもしない板のようなものが、リサの背後から流れ近づく。

「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」

 誰かに抱えられるように引っ張られ、身体を捩って伸ばされた手に、オレンジの板のようなものが触れた。表面は堅いが中身は柔らかい。リサが両手で縋り付いても沈む気配はない。

“──救かった・・・?”

 そう安堵したリサの目の前に、黒鳶くろとび色の髪をびしょ濡れにして、萌葱もえぎ色の瞳の地球人テラン青年が、水の中から顔を出した。


「ユーマ!もっと後ろだ、後ろ! 流れを考えろ!」

 傾斜路ランプになった庫外扉カーゴ・ベイの端に立って、アディが叫ぶ。

 白いドレスの花嫁の頭が一瞬水中に沈んだが、すぐさま紅の髪が水上に突き出て来た。

「いま助けに行くからな!」

 貨物庫カーゴ内を見渡すが、浮環はもちろん救命いかだなどの水難救助用具が備えてある筈もない。ラ・ボエムは宇宙船であって海洋船舶ではない。空間作業用気密与圧服ハビタブル・オーバーオールはあるが救命装具ライフジャケットはない。

「動くな! じっとしていろ!」

 そうアディが怒鳴る間に、今度はラ・ボエムの方が花嫁を追い越してしまい、少しばかり離れてしまう。

「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」リサに叫ぶ傍らで、今度はユーマに怒鳴り返す。「ユーマ! 左だ、左! あと1メートル!」

「無茶言わないで!」

「──大丈夫だ、何も心配することはない!」

 編団内通話インカムに飛び込んで来るユーマの怒鳴り声を聞き流し、再びリサに声を掛けながら庫内を見渡すアディが、貨物庫カーゴ・ルーム壁際に設置された傷病人搬送用ストレッチャーに目を留めた。

「あと50センチ、高度を下げろ、ユーマ!」

 そう叫びながら、アディは備え付けの搬送用脚車担架キャスター・ストレッチャーに駆け寄ると、乱暴に降ろしたストレッチャーからオレンジ色のベッド・マットを剥がし始めた。

「やってるわよ! 聞こえない? 対地高度センサーが喚きっぱなしなのを」

「良いからもっと下げろ! 波に被ってもいい! 船内モニターでも確認できるだろ!」

 と言い返すものの、ユーマへの言い草が結構無茶だとは、アディ自身も分かっている。ユーマは限られた外部モニター画像に小さく映る白い姿を頼りに、後は勘で操船しているのだ。花嫁は流されて移動している上に、ラ・ボエムの重力阻害器グラヴィテーション・ハイドランス・プレートによるホバリング・ダウンウオッシュで遠くへ追いやられてしまいがちになる。

貨物庫カーゴごと水没しても知らないわよ・・・!」

 ストレッチャーのマットを丸めた抱えたアディが、助走をつけて投げ込んだ。マット自体は発砲ウレタンフォームで、カバーには出血などに対する防水難燃ラミネーション加工が施されているので、吸水することなく水には軽々と浮く。

「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」

 と言うが早いか、アディはブーツを脱ぐと聴声器イヤフォンを納め、自ら川に飛び込んだ。

 漂うマットを引っ掴み、あっぷあっぷの花嫁の傍まで近寄る。彼女の身体を抱えてマットに手を伸ばさせて掴まらせ、マットを少しばかり沈めると、彼女の身体を掬うように上半身をマットに乗せ上げた。これで顔だけは川面に沈まなくなるので、溺れる不安が無くなり一息吐ける筈だ。白いドレスの花嫁の胸が激しく上下し、空気を吸い込むと同時に激しく咳き込む。

 後は、ユーマが上手く高度を下げながら近づき、斜路外扉ランプ・ベイが水面に漬かるタイミングを待って乗せ上がるしかない。もう1機の積載機材であるバルンガなら、懸吊ホイストによる救難も可能だが、今ジィクが乗っているリトラには備っていない。アディが機転を利かせた、救命いかだ代わりのストレッチャーのマットがなければ、彼女は溺れていた。

 必死に操船するユーマは、悪態をつきながらも何度か失敗した。間合いを考慮して接近しないと、庫外扉ベイ自体で2人をし沈めてしまうことになる。それでもユーマが思い切って、さらに高度を下げる。斜路外扉ランプ・ベイの3分の2が水に浸かって、そのまま斜め横に移動してきたかと思ったら、まるでショベルで掬い上げるように、漂う2人をマットごと庫外扉ベイで拾い上げると言う、絶妙な神業の姿勢制御をやってのけた。

 水の中で立ち泳ぎしながらアディがすかさず、びしょ濡れの花嫁のお尻を押して、庫外扉ベイの上に彼女の上半身を乗せ上げる。花嫁も渾身の力を込めて腕を繰った。

「いいぞ! 次は足だ」

 白いストッキングを履いた、花嫁の長い片足が乗った。アディは、彼女の体を転がすようにして、さらに乗せ上げる。

 それをモニターで確認していた船橋ブリッジのユーマが、船体設備管理システムに命じる。

庫外扉カーゴ・ベイを10度だけ閉めて」

 傾斜路ランプの斜度が着地面に対して25度と急角度なので、そのままだと収容した2人が濡れた床面で不用意に滑って転がり落ちてしまうのを防ぐ、ユーマの配慮だ。

庫外扉カーゴ・ベイを閉じます」

「違うわよ! 10度よ、10度だけ・・・!」

 復唱を返すシステムの合成音声に、ユーマが色めき立った。

庫外扉カーゴ・ベイを閉じます」

「このぉ! なんて融通の利かないシステムなのよ!」

 同じ言葉を繰り返して来るシステムにユーマが珍しくも声を荒げ、制御卓コンソールを殴り付ける。この庫外扉カーゴ・ベイがいきなり閉まり始めたのに驚いたのが、アディだった。

「待てッ! 待てッ! 待てッ! 俺がまだ乗ってないって! ユーマ!」

 途中で止まる気配の無い庫外扉ベイに、まだ水の中のアディが焦る。

「だめ、全部閉めちゃ! アディがまだなの!」

「こなクソッ!」

 閉じ上がる庫外扉ベイに手を掛け、アディが腕力だけで懸垂するがごとくに体を持ち上げる。胸を押し当て肘まで庫外扉ベイの端に乗せ上げて、息吐く暇もなく右足を振り上げる。爪先が掛かった刹那、腕に力を込めると半身が乗った。

「アディ! 早く!」

 モニターを睨むユーマが叫ぶ。この庫外扉ベイは、開口角度を途中で止められないらしい。ここで再び開くことを命じたら、今度は全開してしまって、折角掬い上げた2人が川面に投げ出されかねない。

 船橋ブリッジでユーマがはらはらしながらモニターを注視する中、アディが残った左足を引き入れた瞬間、くるぶしかすめるようにして庫外扉ベイが閉まり切った。

「アディ、大丈夫? 足は千切れてない?」

 貨物室カーゴ内の船内スピーカからユーマの声が響く。

「──勘弁してくれよ、ユーマ・・・」

 アディは安堵の息を吐き出すと、床に臥したまま肩で息をしている花嫁の元へ、四つん這いのまま近寄った。

「もう大丈夫だ。何も心配することはない」

 アディがずぶぬれの花嫁の顔を覗き込んだ。

「あ・・・ありがとう・・・」

 強張った顔付きで振り向くドレスの花嫁は、歳の頃なら15、6というところか。

 燃えるように紅い髪が印象的で、少し癖のある前髪バングスに、腰上まで届くロングヘアが水気を含んで艶めかしい。ぱっちりした菖蒲色の瞳に、小さな宝石みたいな水玉を浮かせる長い睫毛を瞬かせて、アディを見詰めていた。

「水は飲んでないか?」

「平気・・・そんな・・・飲んで、ない・・・」ずぶ濡れの若き花嫁が、弱々しい笑みをこぼす。「でも・・・力が・・・入らないの・・・」

 健気にも身を起こそうと、突っ張った腕が小さく震えていた。アディが後ろに回り込み、背中を抱えるようにして抱き起こす。紅い髪の花嫁がぐったりと、アディのかいなに身を預けた。力なくうな垂れる彼女の髪から、水が滴り落ちる。

「タオルと何か羽織るものを持ってくる」

 柔らかな肩越しに、アディが優しく声を掛ける。

「あ・・・」

 我に返ったように振り向く彼女の唇は、まだ血の気が薄い。

「服を脱ぐの・・・手伝って・・・」

 背中を見せる花嫁が、とぎれとぎれに息をきながら、ざんばらに乱れた髪をたくし上げる。血の気を失った白い素肌の奥の、透けて見える桜色の肌に、アディが一瞬どぎまきした。白いウエディングドレスの背中のジッパーを丁寧に下ろすと、すぐ戻る、とだけ言い残し、アディは赤面しているのを悟られまいと、貨物庫カーゴ・ルームを駆け出した。

「ユーマ、あとどのくらいで着く?」

 アディは歩きながら聴声器イヤフォンを再び挿し込み、ユーマに声を上げた。

「もう着陸のシークエンスに入っているわ。脚が着くまで7、8分ってところ」

「ローズブァド城の宙港に、救急隊を要請してくれたか?」

「そんなの、言わずもがなよ」

「それで追ってた奴等は? ジィクがうまく追っ払ったのか?」

「ええ、最初はジィクをかわそうと足掻いていたけど、この船が降下してきたのを見て、ぴたりと動くのを止めたわ。この船の紋章クレストに気付いたみたいで、あんたが花嫁を救けるのを、何もせずじっと眺めていたわ」

「さすが、お上の紋所の効力は違うな。皇室においそれと銃は向けられない、ってか」

 自室に割り当てていた船員クルー用個室で、アディはガーメント・ケースをひっくり返し、ダンガリー・シャツとバスタオルを引っ掴むと、早足で貨物庫カーゴ・ルームへと踵を返した。

 アディが救けた花嫁は、床に座り込んだまま純白のブライダル・ドレスから脚を引き抜いたところで、たおやかな背肌の艶美を見せていた。背骨が描く曲線も柔らかく、赤毛に水を滴らせ、若々しいウエストを捩らせてへたり込んでいる姿は、まさに水面から上がったばかりの人魚のようだった。

「これで髪を拭いて」頭にそっとタオルを被せ、シャツを肩に掛ける。「よれよれだけど、ちゃんと洗濯してあるからキレイだぞ」

 小さく頷き、気怠そうにシャツに腕を通すのを、アディが背後からそっと手伝う。紅い髪の花嫁がすっと伸びた首を巡らせて、柔らかい笑みを初めて見せた。その途端、がくんと突き上げる衝撃が2人を襲った。

「──着いたわよ、アディ」

 ユーマの声が、全船放送で響き渡る。

 着陸態勢で降下しているのに、全く気が付かなかった。それだけリサに目を奪われていたのか──アディは無意識に眉尻を掻いた。

「既に救急隊アンビュランスが待機してくれているわ。庫外扉ベイを開くわよ」

 アディから借りたダンガリー・シャツの前身頃を掻きあわせ、気丈に立ち上がろうとする花嫁だったが、踏ん張りが全く効かずに蹌踉よろめいた。慌ててアディが介添えを入れる。後ろから腰を支えられて歩き出そうとすしたが、1歩踏み出した途端、再びくたりと膝から砕けた。

 もたれ掛かるように、そのままアディの胸の中に倒れ込む。アディは腰を折りながら、赤髪しゃくはつの娘の体をゆっくりと横にすると、片膝突いて彼女の両の足を抱え上げた。

 突然のお姫さま抱っこに、当のリサは含羞はにかんだものの、そのままアディに体を預けた。

 普段のリサなら、意地でも自分の足で歩いていた筈だ。何せ事もあろうか、見知らぬ男に抱き上げられているのだ。だが何故か、全身に力が入らなかった所為せいもあるが、そのまま身を任せる事に不思議と安堵を感じていた。

 庫外扉ベイが足下の方から開き始め、陽の光が差し込む。

 リサがアディの腕の中で揺られながら傾斜路ランプを下る。何となく見覚えがある風景に、リサは眩しそうに菖蒲あやめ色の瞳を瞬かせた。

「ここは・・・?」

「ローズブァド城、ジョド川上流の。分かる?」

アディがリサに視線を向け、優しく微笑む。

「ローズブァド城!」

 リサがそう声を上げた矢先、がちゃがちゃと音を立てて救護隊が搬送用脚車担架キャスター・ストレッチャーを押してやって来た。その向こうには、救急フラッシュ灯を明滅させる車が止まっていた。

「そう。そこの城内宙港だ。既に救急は来ているから、すぐに医者に診てもらえるよ」

「着陸許可が下りたの?」

 信じられない、といった顔付きでリサが目を丸くさせた。ローズブァド城は、現皇室直轄の御料地だ。いくら救急救護のためでも、一般人を招き入れる事はあり得ない。

「仕事でここに来る予定だったからな」

 リサの疑問を何となく察したアディが小さく頷くと、抱えていたリサを、ストレッチャーにそっと下ろした。

「仕事って・・・」

 救急隊員にブランケットを掛けられながら、リサがアディを見上げた。

「ああ、俺たちは傭われ宇宙艦乗りドラグゥンだ。あの船をここに回航フェリーして来ただけだ」

 後ろに見える宇宙船に、アディが頭を振った。

「ドラ・・・グゥン・・・!」

 思わずリサが菖蒲あやめ色の瞳を見開いた。伏せたライオンの、持ち上がった頭のような船橋ブリッジを見上げ、リサは初めて自分が宇宙船に救けられたのを知った。

「それじゃあ、あなたが・・・!」

 リサが驚愕したように言葉を詰まらせる。

 傭われ宇宙艦乗りドラグゥン・エトランジェなどと言う族輩やからは、一般人にしてみれば単なる与太者ギャングか、街角の破落戸ごろつき連中として違わない。出来れば関わり合いになりたくないのは当然で、リサの驚いたような態度も、まあよくある反応だ。

 救急隊員にブランケットを掛けられるリサに、アディは小さく苦笑すると、後はよろしく、と手を振って踵を返した。その後ろで搬送用脚車担架キャスター・ストレッチャーの運び出される気配が立つ。

「待って! 待って! お願い、待って!」

 遠ざかるアディ背中に、リサが慌てて声を掛けた。

 立ち去ろうとしていたアディが振り向いたが、ストレッチャーを押していた救護隊員は自らの任務に忠実に、リサを手際よく救急救助車輛アンビュランスに乗せ上げる。

「あなた・・・! あの・・・あなた・・・!」

 懸命に上半身を起こすリサは、言いたい事が山ほどあるのに言葉が出ない様子だった。

「ん・・・?」

 いぶかるアディが、少しばかり首を捻る。

「後で、必ず後で連絡するから、ここで待ってて・・・!」

「気にするなって。本当に仕事で来ただけだから」

「違うの、そういう意味じゃないの! あたしはリサ・テスタロッサ、必ず連絡するから、話をしたいことが・・・!」

 リサが精一杯の大声を張り上げた矢先、救急車の扉が閉まった。



★Act.1 花嫁救出・3/次Act.1 花嫁救出・4


 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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