Act.1 花嫁救出・3
アディは
「──その場合なら、ユーマが適任だ。オトコもオンナもお手の物だ」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないの!」
「
アディの突っ込みにユーマが憤る声を入れ、ジィクがさらに雑ぜ返す。
「だから、ジャミラは単なる
「おや、そうだっけ?
ジィクの素っ惚けに思わずくすっと笑いながら、アディが船底左舷側の
「いいぞ、ユーマ!」荷揚用の
「──多分真下だとは思うけど、モニター画像だけじゃあ、よく分からないのよ!」
ユーマの声と共に、
「ジィク、ちゃんと牽制してるだろうな!」
開き出した
「当ッたり前だ。白馬の騎士は譲ってやるから、有り難く思え」
「オトコだったら、お前に譲る」
「俺じゃなくて、ユーマだろ」
ジィクやスクリューボートはラ・ボエムの船尾方向に位置するので、開きつつある
枯れ葉を掃くように、ジェットボートを苦も無く横転させたスクリューボートは、すぐさま弧を描いて転針した。目の前を横切る材木運搬船を
そのリトラはなんと、可動翼を開いてノーズを下にテールを上に、垂直近くまで機体を逆立ちさせた姿勢で、だ。俗に言う逆コブラ
リトラの機首に固定装備された連装パルス・レーザー砲の火線が、水面を
これに慌てたのがスクリューボート上の黒スーツの男たちで、逆コブラ
それでもジィクはスクリューボートを逃さない。
ホバリングしながらゆっくりテールを下ろし、
スクリューボートは逃げるように最小回転半径で旋回し、くねるような航跡を残してリトラを抜こうと必死に右往左往する。船上に立った2人が、構えた
彼我の距離は約70メートル、ジィクが威嚇の1射の
スクリューボートの舳先を
「無茶な攻撃を仕掛けてくる様子はない。殺害が目的じゃないようだ」
ゆっくりと川面に向かって降下するラ・ボエムを振り返ってジィクが言った。川下側に先回りするラ・ボエムが、船体下部の《カーゴ・ベイ》庫外扉)を開き始めていた。
“──このまま溺れ死ぬかも・・・”
水面に必死に顔を出すリサは、尽きていく体力と積み上がっていく疲労感に、半ば観念しかかっていた。何かに掴まろうにも、投げ出されたジェットボートは自分よりも遥か先に流されてしまっていて、どこを漂っているのか見当さえ付かない。大きなばら積み船が下っているのが見えたが、気付いてくれている気配がない。水泳は得意な方だが、海水と違って塩分を含まない川の水は浮きにくく、ひらひらの花嫁衣裳が水を含んで纏わり付き、途轍も無い重しになって手足の自由がまるで利かない。
“──もう・・・これ以上・・・浮いて・・・られない・・・”
早くも腕も上がらなくなってきていた。
“──さよう・・・なら・・・”
そんな言葉が脳裏を
「いま助けに行くからな!」
そう声がした気がした。空耳だと思った。だが。
「動くな! じっとしていろ!」
今度ははっきりと、男の声が聞こえた。
「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」
声がしたと思われる方向に、辛うじて首を巡らせるが、髪の毛は勿論、睫毛からも次から次へと水が滴り落ちてきて、まともに目を開けることすら叶わない。
「大丈夫だ、何も心配することはない!」
その言葉を聞いて、リサはっとした。
“同じ言葉、どこかで聞いた・・・”
薄れ行く意識の片隅に、ある記憶が蘇る。
“──ああ・・・そうだ・・・ツィゴイネルワイゼンの・・・事故のときだ・・・”
何故かほっとした気持ちが込み上げてきて、滴る水の幕でぼやける視界の中に、大きく開いた鯨の口に立つ人影が薄ぼんやりと見えた。オレンジ色の何か板のようなものが川上側に投げられた。その沈みもしない板のようなものが、リサの背後から流れ近づく。
「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」
誰かに抱えられるように引っ張られ、身体を捩って伸ばされた手に、オレンジの板のようなものが触れた。表面は堅いが中身は柔らかい。リサが両手で縋り付いても沈む気配はない。
“──救かった・・・?”
そう安堵したリサの目の前に、
「ユーマ!もっと後ろだ、後ろ! 流れを考えろ!」
白いドレスの花嫁の頭が一瞬水中に沈んだが、すぐさま紅の髪が水上に突き出て来た。
「いま助けに行くからな!」
「動くな! じっとしていろ!」
そうアディが怒鳴る間に、今度はラ・ボエムの方が花嫁を追い越してしまい、少しばかり離れてしまう。
「両腕、両脚を開いて、静かに浮いてるだけで良い!」リサに叫ぶ傍らで、今度はユーマに怒鳴り返す。「ユーマ! 左だ、左! あと1メートル!」
「無茶言わないで!」
「──大丈夫だ、何も心配することはない!」
「あと50センチ、高度を下げろ、ユーマ!」
そう叫びながら、アディは備え付けの
「やってるわよ! 聞こえない? 対地高度センサーが喚きっぱなしなのを」
「良いからもっと下げろ! 波に被ってもいい! 船内モニターでも確認できるだろ!」
と言い返すものの、ユーマへの言い草が結構無茶だとは、アディ自身も分かっている。ユーマは限られた外部モニター画像に小さく映る白い姿を頼りに、後は勘で操船しているのだ。花嫁は流されて移動している上に、ラ・ボエムの
「
ストレッチャーのマットを丸めた抱えたアディが、助走をつけて投げ込んだ。マット自体は発砲ウレタンフォームで、カバーには出血などに対する防水難燃ラミネーション加工が施されているので、吸水することなく水には軽々と浮く。
「胸から乗り上げろ! 掴まっているんだ!」
と言うが早いか、アディはブーツを脱ぐと
漂うマットを引っ掴み、あっぷあっぷの花嫁の傍まで近寄る。彼女の身体を抱えてマットに手を伸ばさせて掴まらせ、マットを少しばかり沈めると、彼女の身体を掬うように上半身をマットに乗せ上げた。これで顔だけは川面に沈まなくなるので、溺れる不安が無くなり
後は、ユーマが上手く高度を下げながら近づき、
必死に操船するユーマは、悪態をつきながらも何度か失敗した。間合いを考慮して接近しないと、
水の中で立ち泳ぎしながらアディがすかさず、びしょ濡れの花嫁のお尻を押して、
「いいぞ! 次は足だ」
白いストッキングを履いた、花嫁の長い片足が乗った。アディは、彼女の体を転がすようにして、さらに乗せ上げる。
それをモニターで確認していた
「
「
「違うわよ! 10度よ、10度だけ・・・!」
復唱を返すシステムの合成音声に、ユーマが色めき立った。
「
「このぉ! なんて融通の利かないシステムなのよ!」
同じ言葉を繰り返して来るシステムにユーマが珍しくも声を荒げ、
「待てッ! 待てッ! 待てッ! 俺がまだ乗ってないって! ユーマ!」
途中で止まる気配の無い
「だめ、全部閉めちゃ! アディがまだなの!」
「こなクソッ!」
閉じ上がる
「アディ! 早く!」
モニターを睨むユーマが叫ぶ。この
「アディ、大丈夫? 足は千切れてない?」
「──勘弁してくれよ、ユーマ・・・」
アディは安堵の息を吐き出すと、床に臥したまま肩で息をしている花嫁の元へ、四つん這いのまま近寄った。
「もう大丈夫だ。何も心配することはない」
アディがずぶぬれの花嫁の顔を覗き込んだ。
「あ・・・ありがとう・・・」
強張った顔付きで振り向くドレスの花嫁は、歳の頃なら15、6というところか。
燃えるように紅い髪が印象的で、少し癖のある
「水は飲んでないか?」
「平気・・・そんな・・・飲んで、ない・・・」ずぶ濡れの若き花嫁が、弱々しい笑みを
健気にも身を起こそうと、突っ張った腕が小さく震えていた。アディが後ろに回り込み、背中を抱えるようにして抱き起こす。紅い髪の花嫁がぐったりと、アディの
「タオルと何か羽織るものを持ってくる」
柔らかな肩越しに、アディが優しく声を掛ける。
「あ・・・」
我に返ったように振り向く彼女の唇は、まだ血の気が薄い。
「服を脱ぐの・・・手伝って・・・」
背中を見せる花嫁が、とぎれとぎれに息を
「ユーマ、あとどのくらいで着く?」
アディは歩きながら
「もう着陸のシークエンスに入っているわ。脚が着くまで7、8分ってところ」
「ローズブァド城の宙港に、救急隊を要請してくれたか?」
「そんなの、言わずもがなよ」
「それで追ってた奴等は? ジィクがうまく追っ払ったのか?」
「ええ、最初はジィクを
「さすが、お上の紋所の効力は違うな。皇室においそれと銃は向けられない、ってか」
自室に割り当てていた
アディが救けた花嫁は、床に座り込んだまま純白のブライダル・ドレスから脚を引き抜いたところで、
「これで髪を拭いて」頭にそっとタオルを被せ、シャツを肩に掛ける。「よれよれだけど、ちゃんと洗濯してあるからキレイだぞ」
小さく頷き、気怠そうにシャツに腕を通すのを、アディが背後からそっと手伝う。紅い髪の花嫁がすっと伸びた首を巡らせて、柔らかい笑みを初めて見せた。その途端、がくんと突き上げる衝撃が2人を襲った。
「──着いたわよ、アディ」
ユーマの声が、全船放送で響き渡る。
着陸態勢で降下しているのに、全く気が付かなかった。それだけリサに目を奪われていたのか──アディは無意識に眉尻を掻いた。
「既に
アディから借りたダンガリー・シャツの前身頃を掻きあわせ、気丈に立ち上がろうとする花嫁だったが、踏ん張りが全く効かずに
もたれ掛かるように、そのままアディの胸の中に倒れ込む。アディは腰を折りながら、
突然のお姫さま抱っこに、当のリサは
普段のリサなら、意地でも自分の足で歩いていた筈だ。何せ事もあろうか、見知らぬ男に抱き上げられているのだ。だが何故か、全身に力が入らなかった
リサがアディの腕の中で揺られながら
「ここは・・・?」
「ローズブァド城、ジョド川上流の。分かる?」
アディがリサに視線を向け、優しく微笑む。
「ローズブァド城!」
リサがそう声を上げた矢先、がちゃがちゃと音を立てて救護隊が
「そう。そこの城内宙港だ。既に救急は来ているから、すぐに医者に診てもらえるよ」
「着陸許可が下りたの?」
信じられない、といった顔付きでリサが目を丸くさせた。ローズブァド城は、現皇室直轄の御料地だ。いくら救急救護のためでも、一般人を招き入れる事はあり得ない。
「仕事でここに来る予定だったからな」
リサの疑問を何となく察したアディが小さく頷くと、抱えていたリサを、ストレッチャーにそっと下ろした。
「仕事って・・・」
救急隊員にブランケットを掛けられながら、リサがアディを見上げた。
「ああ、俺たちは
後ろに見える宇宙船に、アディが頭を振った。
「ドラ・・・グゥン・・・!」
思わずリサが
「それじゃあ、あなたが・・・!」
リサが驚愕したように言葉を詰まらせる。
救急隊員にブランケットを掛けられるリサに、アディは小さく苦笑すると、後はよろしく、と手を振って踵を返した。その後ろで
「待って! 待って! お願い、待って!」
遠ざかるアディ背中に、リサが慌てて声を掛けた。
立ち去ろうとしていたアディが振り向いたが、ストレッチャーを押していた救護隊員は自らの任務に忠実に、リサを手際よく
「あなた・・・! あの・・・あなた・・・!」
懸命に上半身を起こすリサは、言いたい事が山ほどあるのに言葉が出ない様子だった。
「ん・・・?」
「後で、必ず後で連絡するから、ここで待ってて・・・!」
「気にするなって。本当に仕事で来ただけだから」
「違うの、そういう意味じゃないの! あたしはリサ・テスタロッサ、必ず連絡するから、話をしたいことが・・・!」
リサが精一杯の大声を張り上げた矢先、救急車の扉が閉まった。
★Act.1 花嫁救出・3/次Act.1 花嫁救出・4
written by サザン
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