Act.1 花嫁救出・2
「
「ベアトリーチェ、ジィクをリトラで出すわ。
ベアトリーチェの報告とネルガレーテの指示を耳にしながら、ジィクが
「ベアトリーチェ、見えてるな? リトラの離艦シークエンスを開始しろ」
アモンが機戴してる大型の宙空機材は2種類ある。1つはバルンガと呼ばれる宙空汎用トランスポート機材で、もう1つがこのリトラだ。
全長22.2メートル、可変後退翼を備えた大気圏内外兼用の要撃用機材で、縦立尾翼2枚、横並尾翼2枚のロングノーズ・スタイルに青の濃淡迷彩を施してある。フェラーリ・ピース・アンド・ギャラクシー社のアーキテクチャ・シャシを元にカスタムメイドされた機材で、コックピットが機体のほぼ中央部に位置し、機体の大きさに比してエンジン部の容積が大きい。マイナス・スタビリティ設計されているので、大気圏内でも機動性に優れ、姿勢制御に
開いていたキャノピーからシートに腰を落とし、慌ただしく
「ジィクはラ・ボエムの
手慣れた手付きで兵装をチェックするジィクに、ネルガレーテの声が入る。
基本的な
「
「まあ、空軍の方たちが、自分の仕事だって言うんだから任せましょ。旧式の大気圏戦闘機3機なら、空軍機でも充分排撃可能な筈だし。それにその要撃行動への
「
「んじゃ、ラ・ボエムを頼むわね。こっちは処理が済んだら、そのままサンジェルスへ直行するから、後はよろしく」
ネルガレーテの柔らかい声と入れ替わるように、ベアトリーチェの無機質な声が届く。
「ジィク、
ベアトリーチェの声がヘルメットのスピーカに入って、くの字型のフレームに支えられた、リトラが載る
「
ベアトリーチェのカウントダウンに、ジィクが耳を澄ます。
「・・・1、
そうベアトリーチェが言い終わる前に、スティックを握るジィクが目一杯スロットルを押し込むと、まるでスリングショットで放り出されたように、アモンからリトラが離艦する。
本来、大気圏内での
強風に煽られ糸の切れた凧のように、三角形をしたリトラのシルエットが、あっと言う間に後方へ弾け飛んで行った。
目の前の、トラの異形をした大男は、一言も口を利かなかった。
メルツェーデスを乗せた衙衛隊機ブラック・ドルフィンは、ジョド川を
どことなく重苦しい雰囲気なのだが、トラ男が手荒に扱うことは無論、直接触ってくることもしない。ただじっと睨んで威圧してくるだけだった。
本当に生きているのか疑わしいほど、身動きをしない。ひょっとして目の前の獣人は大きなぬいぐるみで、リサが誕生日プレゼントに用意してくれたものではないかと思えてしまうほどだった。
メルツェーデスが飽きずに眺めているうち、気が付いた。
トラ男の左腕外側の手首に近い毛が、どす黒い色に染まって固まっている。ピアッツァが咄嗟に反撃したときに負った、
それを見たメルツェーデスが、自分でも意識しないまま立ち上がると、楚々と獣人に歩み寄る。そんな皇女を、トラ獣人が首から上だけを僅かに動かし、黙って見詰め返す。
「さっきはピアッツァの命を奪わずにいてくれてありがとう」
メルツェーデスが、空いている隣の1人掛けソファに斜め座りする。
間近で見ると、半ば剥き出しの歯牙がぞっとするが、何故かトラ男自体には然程に恐怖を感じない。大きなトラ猫のようにさえ見えてきて、メルツェーデス自身ちょっと感覚が麻痺してるのか、と我が身を疑った。
「──良いかしら・・・?」
遠慮がちに言いながら、トラ男の傷口に目を落とす。
出血自体は治まってきているようだが、脈の鼓動に合わせて血の塊が揺らいでいた。
メルツェーデスは、頭に着けていた真紅のスカーフを外すと手際よく畳み込み、獣人の太い腕の内側に手を回して包帯のように巻き始めた。
「止血にはならないでしょうけど、傷口が何かに触れるのは防げるでしょ?」
何故そんな情けを掛けたのか、メルツェーデス自身も分からなかった。
“ひょとしたら、怪我をした子猫を放って置けないのと同じ感覚かもしれない”
──子猫? 目の前の獣人が? と改めて我に返ったメルツェーデスが、そんな事を考える自分に可笑しくなって、独り
メルツェーデスはエプロンの紐を結わえながら、ついにこんな疑問までが頭を
“撫でたら、やっぱり喉を鳴らすのかしら?”
「うほっ、さすがはアルケラオス空軍! 1機目撃墜!」
唐突に能天気そうな声が飛び込んできた。
「ああ、惜しいわね
ラ・ボエムの
「ああ危ない! ケツに付かれてるわよ! もっと機体を捻って回り込まないと!」
ネルガレーテの声が立て続けに届いて来る。
「おい、ジィク」うんざりした顔で、アディが声を上げる。「ひょっとして、ネルガレーテ、また呑んでるのか?」
「いや」
さも退屈そうなジィクの声とともに、青の濃淡迷彩をした機材が右横から飛び抜けて行ったのが、ラ・ボエムの
「少なくとも俺が出るまでは
アモンから
ラ・ボエムの針路の先で、いきなり顔を上げた鷲のように、可動翼を開いたリトラが機首を上げ、垂直近くまで機体を立ててそのまま飛翔していく。俗に言うコブラ・ピッチアップで、そのまま失速状態に陥ったかと思ったら、ヨーロール状態で落下して視界から消えた。
「──ほらほらほら、高度を取らないと、
そのネルガレーテの声とともに、今度は左側から上昇して来たリトラが、ラ・ボエムの目の前でバレルロールを見せた後、気持ち良さそうに錐揉みしながら急上昇していく。ジィクのお遊びにも見えるが、ラ・ボエムとリトラの積載エンジンの違いによる、
全長122メートルの宇宙船ラ・ボエムが、大気圏内でも失速せずに飛航可能なのは、
グリフィンウッドマックの機艦アモンのパワートレインも、基本的に同じ
なのでリトラを操るジィクにしてみれば、予備行動的な
「このネルガレーテの通信、筒抜けだろ? お馬鹿で一番評判を落としてるぜ」
「ジィクが出ていったから、きっと呑んでるわよ、あれ」
「気を使って、見えないところで呑んでるんだろ」
アディが口をヘの字に曲げ、ユーマが肩を
「──あーん、出だしは良かったのに、結構苦戦するじゃないの・・・!」
まるでスポーツ中継を見て興奮しているかのように、ネルガレーテの独り言は止まらない。
排除対象と評定されたコパスカー・ミリタリー社の戦闘機テロチルスの一団に対しては、アルケラオス空軍機が直接、高度7000メートル近辺で要撃行動を行っている。ネルガレーテのアモンはその空5000メートル上空を旋回しながら、テロチルス3機を攻撃対象として
「きたー! 2機目撃墜! 空軍強い!」
「どうやら
ネルガレーテの嬉々とした声に、アディが苦笑しながら言った。
ラ・ボエムは高度を1万メートルまで下げていたが、
「こっちも、ローズブァド管制に釣り上げられたわ。管制指示に従って進入コースにオンレーンするわね」
つまりこのラ・ボエムは、アルケラオス現皇室が建造依頼した新造御料宇宙船なのだ。
同じ虚時空ドライブを積んだ、アルケラオス最初の恒星間航行宇宙船である先代の御料宙船ステラートが凶事で失われてしまったため、孔雀座宙域にある太陽系国家ノルニルに現皇室が新たに発注したものだ。
当初の予定では、
と同時に首都サンジェルスのグレースウィラー城まで、国皇に対して
高度を下げて行くにつれ、ジョド川の川面が眼前に迫ってくる。
既に高度は1000メートルを切っていて、緑豊かでなだらかな山並みを縫い、ラ・ボエムが高度をさらに下げてジョド川沿いを上流へと向きを変える。川面は緩やかに流れ、幾艘かの運搬船が波紋を扇に広げて行き交い、観光船が気持ち良さそうに白波を立てている。そんな下りの水上バスの脇を、文字通りかっ飛ぶように凄まじい速度ですり抜ける小さなジェットボートが一隻。
「酷く飛ばしているな・・・」
アディが声を漏らした途端、
「危ねぇ・・・」
「けど、川遊びにしちゃあ、妙な服着てるわね」
「あれってウエディング・ドレスじゃないのか・・・? そう見えるが」
ユーマの
「アルケラオスでは、牛車じゃなくてボートでかっ飛んで嫁に行くのが流行なのかしら?」
スクリーンを見上げるユーマが、ぼそりと言った矢先。
側面にどこぞの店名が入った、リバークルーズ用の小型スクリューボートが、姿勢を立て直そうと川面を旋回するジェットボートの背後から一直線に突進していく。ジェットボートの舵を取る花嫁らしき人物が、後ろを振り返った時には遅かった。馬力に勝るスクリューボートが、左から擦るように追い抜きを掛けた。排水量では勝負にならないジェットボートが、スクリューボートの
「あ・・・!」アディが思わず色めき立った。「あいつ幅寄せしやがった!」
水上交通の法規なんぞ端から無視で、スクリュ−ボートがエンジン出力を振り絞り、白波をけたたましく上げて広い川面を縦断するようにUターンする。
辛うじて転覆を免れたものの、操縦者がスロットルを手放してしまったのか、少しの間水面を揺られていたジェットボートが、再びダッシュを掛けたが遅かった。戻って来たスクリューボートがジェットボートを目掛けて突っ込んで行く。正面衝突寸前で、スクリューボートが舵を切る。強烈な
「てか、あの花嫁、スクリューボートに追い掛けられてんじゃないのか・・・?」
「あいつら、明らかにあのジェットボートだけを狙ってる!」
ジィクの言葉に、憤った声を上げるアディが席を立った。
「手を出すのつもりなの? アディ」
少しばかり呆れたように、ユーマが振り向く。
「けど、あれは見過ごせないだろう。単なる嫌がらせの度を超えてるぞ」
「やっぱりね」ユーマが苦笑いを浮かべる。「あんたなら、そう言うと思った」
「ユーマ、高度を下げてスクリューボートの進路を遮れないか?」
アディの言葉に、仕方ないわね、と無言で肩を
スクリーンの中では、ジェットボートが白波をけたたましく蹴り上げて、左岸のほうへと小さく旋回して川上に舳先を向けていた。それより小回りの利かないスクリューボートの方は、右岸方向へ大回りしながらも再びボートの花嫁を追い掛ける。
「お前も結構お節介焼きだな、アディ」
そう言いながら、ジィクもラ・ボエムへの警戒監視のためにリトラの高度を下げ始めた。
「どろどろの三角関係に巻き込まれても知らねぇぞ」
「そン時ゃあ、ジィク、お前に任せるよ。三角関係は得意だろ? 他人の女を横取りして揉めるのは」
アディがユーマに、スクリューボートの先回りするように仕草する。
「女2人の三角関係なら引き受けた。だがな、アディ──」
ジィクがそう言いかけた矢先だった。
「あ、マズい・・・!」
アディが思わず声を上げる。
ジェットボートの右舷側から迫ったスクリューボートが、出力にモノを言わせて擦るように暴力的に真横に迫る。ボートの花嫁がちらりと横を向いた刹那、追い抜くと同時に舵を右に切ったスクリューボートのテールが、紙のようなジェットボートの艇体に接触する。
大きな凹みを
「──ジィク・・・!」
そう叫んだときには既に、アディは席を立って
「──ドレスを着ているからって、女とは限らんぞ」
そしてジィクも、そう言いながらも咄嗟にリトラの
★Act.1 花嫁救出・2/次Act.1 花嫁救出・3
written by サザン
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