第38話 急襲

 再び出会った頃のヨハンは、〈兵法〉について勉強を始めたばかりで、なんの役にも立たなかった。しかしフィリップが何度か書庫に通ううちに、少しずつ賢さが増していったように思えた。

 実際に戦っている場面を観たいとのことだったので、フェアリー族のカルムと契約させた。司書補でも養えるようフィリップもいくらか資金を提供した。


 主な戦場が広がるリューガ山に登り、〈遠見〉の魔法を使わせて特等席で戦を見せていたら、〈兵法〉の理解が進んだのか次第に適切なアドバイスをくれるようになった。


 占いが国体を維持するのに必要なのであれば、そんなバクチに付き合っていられるか。ヨハンの態度は万事こうである。

 国民の命がかかっているのに、戦うかどうか、戦い方はどうかなど、いちいち占って決めている。

 そもそも占いは百発百中ではない。おしなべて五分五分になるような代物だ。優秀な将軍や貴族になるとこれが六分四分、七分三分になるというが、本当かどうかは疑わしい。

 外れたら当たるまで占い続けたとすれば、それはそのうち当たりが増える道理だ。五分五分であっても当たるまで占い続ければ、六分四分くらいは問題なく出せてしまう。

 そして当たるからこそ占いから離れられなくなって、次第に傾倒していく国が増えてきたのだ。

 今ではどの国も占いができなければ公職に就けないところまで来ていた。

 そんな世の中なので、フィリップはヨハンに占いを仕込もうとした。

 だが、当人が〈兵法〉以外が信じられるか、という人物なので占いの際に用いる道具であるサイコロを渡し、占う前に唱える祝詞を教えておいた。


 後日、ヨハンが祝詞を唱えてサイコロを振る場面を見たが、どんな卦を得たのかヨハンにはわからない。フィリップが持っている解釈事典を開いてどんな卦か教えようとしたが、知りたくないと一蹴された。

 せっかく形を憶えたのだから、そのまま占いを極めてくれれば公職に就くこともできるのだが、当のヨハンは占いには見向きもしなかった。


 ではなぜ憶えたのかを問いかけたら、〈兵法〉を使うときに役立つとだけ言われてけむに巻かれた。

 それが今では副将軍として占っている振りをしながら〈兵法〉に基づいて指揮しているのだ。ミロス王国の宿将ゲルハルトさえ下してしまうほどの用兵の実力を見せている。


 そしてヨハンは孤児なので、生年月日時も生まれた場所も祝福された真の名前すらも持っていない。すべて後日作られた偽の情報である。ヨハンの名前すら本当ではないのだという。

 では本人は知っているのかと問うが、知るわけないだろうと事もなげだ。


 相手がいるときの占いは、相手の情報が不可欠である。生年月日時と生まれた場所から命式を導き出して、すぐれた点と得意な点、不足している点と欠点などを総合的に判断するのが大陸では常識だった。また名前がわかれば性格も見通せる。

 秀でた将軍は戦う相手の命式や性格を把握し、それを土台にして占いを立てるから当たるのだ。しかしヨハンはそれらをすべて持っていなかった。


 ゆえにヨハンは命を狙われるに足る人物である。

 宿将ゲルハルトの占いを超えた手腕は敵味方の嫉妬を買うのは必定だ。とくに占いで大陸最強といわれるクローゼからすれば、占いようもなく正体のわからないヨハンのような人物とは戦いたくないのではないか。

 であればヨハンは彼を除くためにクローゼが動くだろうと察した。


 そこで隠密部隊に周辺を警備させ、逆に敵の間諜をあぶり出そうと罠を仕掛けた。

 これまでの王国と公国の動きを考えれば、内通者がある程度の官職に就いているだろうことはヨハンの目にも明らかだ。いったいどこまでの人物が内通者なのかはわからない。だから罠を張ってでおびき出すのである。


 副将軍として公邸に住まいを移した際、さまざまな仕掛けを確認していた。

 しかしあえてそれらを外さなかったのは、今回のようにヨハンに歯向かおうとする者を一網打尽にするためだ。


 ある夜、安全のためクラレンスはフィリップ邸に預けておいて、書斎へひとり籠もって占いの勉強をしていると見せかけることにした。

 すると気配を消した者たちが公邸を取り囲み、頃合いを見計らって中へ踏み入ってきた。

 そこをフィリップから借りた間諜と新たにヨハンに配属された間諜が取り囲んでひとりも漏らすことなく捕縛することに成功した。


 間諜を捕らえたと報告を受けてヨハン邸へやってきたフィリップは、何者に頼まれたのか口を割らせようとしたが、ヨハンには詮無い質問に感じた。

 今ヨハンを害して得をするのは王国将軍クローゼ以外にいない。

 もちろんひとりの将軍が抱えるには人数が多いようだが、どうせ誰かから借りてきたに違いない。おそらくはゲルハルトからだろうこともわかっていた。


 つまり背後関係がわかったうえで〈兵法〉でも「最もたいせつなところを討つ」のが上策であると確信していたのだ。


 捕らえられた間諜たちをへいげいしていたヨハンは、自分に危害を加えないかぎり、命まではとらないと約束させて間諜をすべて釈放してしまった。


「お前もずいぶんと寛大だな。いくら背後がわかったからといって、全員釈放するのはやりすぎだ。ひとりくらいは捕虜として囲っておいたほうが、クローゼの次の手を封じるのによかっただろうに」



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