第十章 出会い
第37話 出会い
クローゼが前線に復帰したと伝え聞いたヨハンは、おそらく自身が狙われるだろうことを察した。
自分の情報をいくら収集したとしても得られるものはたかが知れている。
不確定要素の多いヨハンは、クローゼからすれば不気味な存在に映っているはずだ。
ヨハンはそれまで目立つことはせずに暮らしてきたので、有力な情報が漏れたおそれはまず考えられない。
戸籍や高官名簿を調べても、ヨハンの生年月日時や生まれた場所、本当の名前を知ることはできない。
自身が孤児として養護施設で育てられたときから、それが大きな武器になることに気づいていた。
養護施設にも占い師はいたが、どの孤児も占いが当たった試しがないのだ。正確な生年月日時や生まれた場所、本当の名前がわからないので、そもそも占いをしようにも命式が導き出せないのである。
とりあえず養護施設が戸籍に登録する際、生年月日は預かった日付であるし、名前は本人が気に入ったものか養護施設が付けた仮の名前である。
ヨハンも養護施設で育っているので、生年月日時や生まれた場所、本当の名前を知らなかった。
当初は知らないことにコンプレックスも持っていた。
しかし〈兵法〉に触れたときにそれらを知らないことが圧倒的に有利なことがわかると、積極的に偽の名前や生年月日時を吹聴して生活するようになった。
そんなある日に出会ったのが名家の出のフィリップだった。
当時少年だったフィリップはたいせつにしていた亡き母の髪飾りを紛失してしまった。それを探す姿を見たヨハンが探すのを手伝ったのだ。
日が暮れる前までになんとか見つけ出してフィリップは感謝の意を伝えようとしたが、その際には名前も告げられずに別れてしまった。
それからフィリップはヨハンを探してお礼がしたいと思ったのだが、どこにも見当たらなかった。
幽霊にでもあったのだろうかと不思議に思ったが、以来そのことは記憶の片隅でくすぶったままとなる。
単にヨハンが養護施設に戻っただけなのだ。
しかし世間と養護施設内には接点がない以上、いくら探しても見つけ出せる道理もない。
フィリップがヨハンを再び見つけたのは、彼が養護施設を退所した十五歳になってからだ。
就職先は小さな書庫で、書籍を管理する司書補としてである。
養護施設で文字の読み書きも習っているし、休憩時には蔵されている書籍をいくらでも読めたので、どんどん歴史に詳しくなっていった。
ヨハンが司書補を務めていた書庫にフィリップが偶然やってきたのである。
「やあ君、久しぶりだね。僕のことを憶えているかな。髪飾りを探してもらったフィリップだけど」
「ああ、そういえばそんなこともあったな」
「なぜ突然都からいなくなったんだ。あれからどこを探しても見つからなくて。それに帰ってきたのなら教えてくれてもよかったのに」
「それがなあ。お前は恩人が孤児だとしたらどうするつもりだ」
「えっ、君って孤児だったんだ」
「そっ。あの後すぐに養護施設に帰ったからな。世間の中に養護施設は入っていなかっただろう」
「そういえば。でも、君もあのとき孤児だと言ってくれればよかったのに」
「お前は孤児を相手になにができると思っているんだ。金品をもらったところで施設に取り上げられるだけだ。まさか養護施設から出てくる手伝いができるとでも思うのか」
孤児の実態を知らない高官の息子が、彼になにをしてくれるというのだろうか。それは持てる者のわがままでしかない。
なにも持たない者が世間で生きていくには、まだ国は開明に向かっていない。
ご子息と孤児の圧倒的な身分の差がふたりを遠ざけてきたし、これからも遠くなるだけかもしれない。
「僕も来年は士官学校に入学するんだ。そこで占いを習って優秀な将軍になる。そうすれば君のような孤児をこれ以上増やさないで済むからね。ところで君の名前はなんて言うんだい」
「ヨハンだけど。まあこれも仮の名前だけどな」
「仮の名前って」
「孤児は正式な名前なんて授からないからな」
それはそうと、フィリップは将軍になりたかったのか。
「まあこれから孤児が増えなければそれに越したことはない。だが俺になにかしたいと思うのなら、もう少し待ってくれ。今〈兵法〉というものを読み始めたんだ」
「〈兵法〉、なんだいそれは」
「占いで戦争をするなんていつの時代の話なんだかってことだよ。古来戦は〈兵法〉に則って行なわれてきたんだ。占いは〈兵法〉に勝てっこない。占いなんてしょせん当たるか外れるか、という代物だ。しかし〈兵法〉は戦の絶対の法則であって、当たらないということがないんだ」
「ほう、面白いね。ではいつか僕が将軍になったら、手合わせしようじゃないか。僕の占いが勝つのか、ヨハンの〈兵法〉とやらが勝つのか。まあ恩人とはいえ負けるつもりはないけどね」
「いいだろう。それじゃあフィリップが将軍になったら挑ませてもらおうか。それがあのときの俺への褒美でかまわない」
「身のほど知らずだね、ヨハンは。ミロス王国が覇権を握っているのは占いの力によってだ。〈兵法〉とやらが占いよりも強いのなら、覇権が移っていても不思議じゃない」
「それは多くの国が覇権を握る王国を真似して占いに勤しんでいるからだろう。もし〈兵法〉を捨てなければ、きっとその国が次の覇権を握る道理だからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます