第35話 情報戦

「ヨハンとの初手合わせのとき、なにか感じなかったか、クローゼ」

「そうですね。なにか戦いづらい印象を受けました。妙にどっしり構えられているような」

「妙にどっしりと、か。それはわしも感じたな。占いが速いから対陣するときにはすでにどう動くか末端まで伝達済みだったのだろうな。お前のように三つの卦を同時に得ていたようには見えなかったが」

 クローゼはその言葉が引っかかった。


「ということは、ヨハンは一度にいくつの卦を得ていたのでしょうか」

「動きが変わる前に必ずサイコロは振っていたはずだから、ひとつの卦だろう。それを解釈事典を見ずに判断していたようではあったな」


「ということは、占い自体は旧来のものかもしれない、ということですね。五百を超える解釈をすべて頭の中に入れていたから実現できた速さなのでしょうか」

「わしは解釈事典を使っているが、ヨハンの動きは解釈事典には載っていないほど細かいように思えた。あれは普通に占い同士が向かい合ったようには見えなかったな」

「これまでの解釈とは違うとなると、やはり膨大な検証を経ていなければ使い物になりませんが」

 これでは堂々巡りになるな。


 クローゼの推論としては、自分と同等の速度で、アルスの神の神託を得られる占いであろうか。

 そうなればつまりエルフ神最速の占い師と、アルスの神最速の占い師との戦いとなるのだ。あとはどちらがどれほど素早いのか、細かな動作ができるのか。

 こればかりは実際に手合わせしなければわかりようもなかった。

 前戦は山頂から観察していたが、遠くから見るだけではどこまで手強いのかはわかりづらい。

 王国の将軍としてはまずクローゼがヨハンと対峙して退却、次いでゲルハルトが戦って敗れた。これでヨハンを調子づかせたのであれば、その浮ついた足をすくうこともできるだろう。

 しかしクローゼに勝ちながらも、ゲルハルト戦では強かな戦い方をしていた以上、浮ついたところは感じられない。


「ずいぶんと戦いづらい相手のようだな、ヨハンという男は」

「これほどまでに手のうちが読めない相手はおりませんね。生年月日時が定かでない。生まれた土地もわからない。祝福された名前も持っていない。占いを誰から教えられたかもわからない。用いる占いの素性すらわからないのですから」


「フィリップのほうから突き崩したらどうだ。そちらとは戦い慣れているのだから、与しやすいはずだが」

「私なら、それを見越して兵の配置を変えますけれども」

「そうか。こちらの狙いが丸わかりなら、あえてやられやすい布陣をするはずがないか」

「でもなんらかの策を打たなければならないでしょう。いつまでもわからない、だけでは戦いようもありませんからね」

「それではわしの間諜も使うがよい。数が多ければ情報も集めやすくなるだろうからな」


「ゲルハルト閣下、よろしくお願い致します。次の戦は情報が鍵を握ります。ヨハンの本当の生年月日時、生まれた場所、祝福された名前がわかれば、どのような人物かを占えます。それで弱点を見いだして突破口と致しましょう」

「こちらがそう考えていることをあちらも考えていないとは思えないがな」


「ええ、おそらく間諜対策は施しているでしょう。ゆえに物量で情報を得るのが得策です。どこまで正しい情報を集められるのか。間諜の働き次第で戦の難易度が替わってくるはずです」

「では、少し待っておれ」

 ゲルハルトは外に控える執事のベルナーに声をかけると、誰かを呼びに行かせた。

 しばらくして飄々とした風体の男性と目つきの厳しい女性が現れて互いに片膝をついてゲルハルトの言葉を待っている。


「お前たち、これからこのクローゼが統率する間諜に力を貸して、敵将ヨハンの素性を丸裸にするのだ。それが叶えば次の戦、万一にも敗れることはない。事の成否はすべてお前たちの働きにかかっている。ただちに総員を集めてブロンクト公国へと探りに行くのだ」

「はっ、ゲルハルト様」

 ふたりは深々と一礼すると、クローゼのそばまでつかつかと歩み寄り、再び片膝をついて控えている。


「それでは、私の公邸へ案内しよう。そこでうちの間諜の頭と役割を分担してほしい。狙いはゲルハルト閣下のおっしゃったように敵将ヨハンの素性だ。できれば彼の用いる占いについても調べてきてほしい。彼の占いの師匠は。流派は。卦からどのように解釈を導き出すのか。それらを知るのが最優先だ」

「わしの間諜十人を全員貸すゆえ、必ずやヨハンの弱点を見つけてくるのだ。けっしてクローゼの間諜に負けるなよ。しばしの雇い主の直属だからといって遠慮することはない。要は結果を出した者が最も称されるべきなのだからな」


「われらは王国一の間諜部隊です。誰にも後れをとることはございません。必ずや真っ先に任務を果たしてまいりましょう」

「もしものときは、そのヨハンを抹殺してもよろしいのでしょうか」

 間諜の頭と女性がいかにも息の合った調子で尋ねてくる。


「今は情報を収拾するだけでかまわない。それで不都合なことが判明したとき、初めて抹殺するかを判断する。それまではけっして手出ししないように」



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