第34話 ヨハン対策

「これほどまでに占いが発展していると、それに則らない人物はまったく想定できなくなってしまいます。承知でヨハンに占いをさせているのだとすれば、フィリップの慧眼ということになりますが」

「単なる偶然、にしては出来すぎか。ヨハンの素性をわかったうえで、対ミロス王国の切り札に仕立て上げたのなら、恐ろしいほど先見の明があったと言わざるをえんな」


「そもそもヨハンは誰から占いを教わったのか。それが問題ですね。師匠がわかればどのような占いなのかも推定できるのですが」

「お前の間諜を使ってもわからなかったのか」


「はい。若い頃から高官や公職にあった者ではないようで、素行はまったく調べがつかないのです。交友関係もフィリップの昔からの馴染み程度でしかありません」

「そうなればやはりフィリップが占いを教えたと考えるのが妥当か」

「しかしやつの占いの限界はすでに見切っています。万が一にも後れはとりません」


 事実、敵将フィリップとは幾度も手合わせし、結果一度も負けたことがない。

 つねに先手をとり続けて公国軍を翻弄したのだから、フィリップの占いの底は見えている。

「なのに、ヨハンの打つ手がわからない。おそらくフィリップの占いは習っていないのではないかと」

「クローゼのように占いの英才教育を受けてきて、自ら新たな占いを編み出したのなら納得もいくのだがな」

 再びゲルハルトはヒゲを撫で始めた。


「それには膨大な検証が不可欠です。兵を動かすときに用いるのであれば、実際に兵を動かして結果を検証し、当たらなかったときの理由を研究して磨きあげなければなりません。ヨハンが孤児であれば、誰が彼に用兵に値する占いを授けたのか。公国の孤児院には占いを教えるところがあるとでもいうのでしょうか」


 ゲルハルトは思いついたことを述べてみる。

「もしかすると、だが。占いは当たるか外れるかが五分五分だから、それならいっそ占いをやめて適当に動いてみる、という手段も使えそうだな。それならお前の神速と引けをとらない用兵も可能となろう」

「いくらなんでもそれでは兵たちが動かないでしょう。占いで神託が担保されているからこそ兵たちは将軍の命令に服すのです。まったくのでたらめを根拠にしたら、五分五分にすらならないと思います」

「やはりそうだろうな。かといってお前の神速の占いを盗まれた、とも考えづらい」

「あれは複雑な計算が必要なので、エルフ族でなければ使いこなせないでしょう。仮に盗まれたとしても、人間族とは伺いを立てる神が異なるので、そのままそのとおり使えませんからね」


「そうなると、やはりヨハンがどこからか占いを習ってきた、という説が有力になるが」

「間諜には引き続きヨハンのことを探らせましょう。今のままではどのような占いと戦うことになるのかすら見通せませんからね」

「そうだな。来月のお前の出征は失敗が許されない。すでに私が敗れた以上、次に控える最強の武将でも勝てないとなると王国のけんに関わるからな」


「元はといえば、初手合わせだった私がなんらかの手がかりを手に入れていなければならなかったのですが」

「まあお前は戦うなと言われていたから致し方ないだろう。逆にいえば、ヨハンにもお前の占いの真髄を見抜かれていないのだから、勝てる可能性も高いとは思うのだが」

「それでしたらゲルハルト閣下の占いもヨハンには見抜かれていないはずですから、勝てたのではないでしょうか」

「そこはそれ、お前と同等の神速の占いと言っただろう。速さだけでいえばお前と同等のはずだ。ヨハンを注視していたが、サイコロを振るものの解釈事典は開かせていなかった。となればやはりお前と同等の占いと見て間違いはなかろう」


 クローゼには大陸最強の占い師としての自負があった。

 エルフ神への信仰も篤く、どのような状況も占いで切り抜けてきた。

 仕官してゲルハルトの配下となってから、自らの占いを磨き続け、今では神速の占いが代名詞となるほどだ。

 そのクローゼの矜持をヨハンに突き崩されるかもしれない。これはエルフ神とアルスの神の代理戦争だと言ってよいだろう。

 まさにエルフ神最速の占いとアルスの神最速の占いとの激突である。


「そうか、ヨハンが使っているのがアルスの神最速の占いだったからこそ、私は警戒しまた興味をもってしまったわけか」

「どちらがより速いかを競うのか、どちらが正確なのかを競うのか。争う対象を決めておかないと、どちらも相手に振りまわされてしまうだろうな」


「速さか正確さか、か」

 クローゼは口元を手で覆って考え始めた。深く考えるときの独特の姿勢である。

「理想でいえば速さで勝り、正確さで圧倒したいところなのですが」

「まあそれができれば誰も不自由はしないだろうな。だが、相手がお前並みに速い以上、一度ヨハンに主導権をとられたら、奪い返すのは容易ではなかろう」

「となれば速さ勝負で先に主導権を握ったほうが圧倒的に有利になるわけですね。私も自分より速い者を相手にしたことがないので、もしヨハンが私以上に速ければ手を焼くでしょう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る