第九章 争覇の時来たる
第33話 争覇の時来たる
フランツ王は次回の出兵時期をエルフ神に占った。
「われらが祖たるエルフ神のおかげを持ちまして、前月もわがミロス王国は大いに栄えました。戦で敗れは致しましたが、多くの兵が帰国を果たしております。今月はいかにして政を治めるべきか、御心をお示しくださいませ。またミロス王国軍はいつ攻勢に出るべきか引いて備えるべきか。将軍クローゼはいかな戦果を挙げるのか」
ということは八月十五日に出征させるのがよかろう。そして今回は「争覇の時」である。いよいよ公国を降す日が来たのだ。
首都へ戻るとさっそくクローゼを呼び出した。
「クローゼよ。此度エルフ神が出征の時期を定めた。来たる八月十五日に公国軍と雌雄を決する戦いをせよ。準備を任せる」
王の御前で控えるクローゼが頭を深々と下げた。
「はっ、ただちに出征の準備に取りかかります」
そう言ったきりクローゼは微動だにしなかった。
「なにか言いたそうだな。申してみよ」
「畏れ多きことながら、雌雄を決する戦いを、とのことですが、相手を完璧に打ち負かしてブロンクト公国を降すのが目的でしょうか」
「そうだ。いよいよ大陸を平定するときが到来したのだ」
クローゼには気がかりなことがあったようだ。
「陛下、まず敵を知らなければ勝ちようがございません。前戦で敵占い師ヨハンと対峙したゲルハルト閣下から状況を詳しくお教えいただきたく存じます」
「うむ、確かにゲルハルトが手玉に取られた所以を知らねば、対処のしようもないか」
「はい、それといっとき捕虜となって帰国した者たちにも話を聞きたいと存じます」
「そういえば、なぜブロンクト公国は捕虜を返してきたのだ。戻ってきた兵たちからはどのような話を聞いておるか」
丞相がフランツ王に答えた。
「戦いに参加しないと確約すれば帰国を許す、と言いつけられていたそうです」
「であれば、前戦で捕虜となった者は連れていかないほうがよろしいでしょう」
「なぜか。どうせ口約束だろう。連れていけばよいではないか」
「いえ、おそらく兵たちは手を抜くはずです。一度捕まって釈放されたら、二度目は躊躇しないでしょう。危ないと思ったらすぐに降伏しかねません」
「まあそれでも二万の兵は集められよう。公国は六千だから三倍だ。クローゼならば当然勝てような」
「微力を尽くします」
片膝をついたクローゼが身を縮こまらせながらも、周囲を圧するように決意を表明した。
「ゲルハルト閣下、前戦でのヨハンの手並みはいかがでしたか」
ゲルハルトの公邸のリビングでクローゼが切り出した。
「そうだな。圧倒されてしまった。とにかく打つ手が速いのだ。おそらく神速のお前と同等の速さがあるだろう」
「私と同等ですか。ということはヨハンは独自の占いを用いるということを意味している可能性がありますね」
「まずドラゴン族をひとり寄越してこちらのドラゴン族を全員帰国させてしまった。しかし公国軍は多くのドラゴン族を戦場に残していたのだ。あのような奇策はどのような占いで実現できるのか。興味深いな」
「それが占いだとすれば、稀に見る逸材ですね。私の占いでもそこまで細かくは指定できませんから」
「ほう、お前でも駄目か。やはりヨハンは偉才らしいな。此度副将軍の地位を与えられたというから驚きだな。孤児出身で将軍に比肩するとは。王国でもそれほどの出世は見られない。クローゼ、お前にしても名家の出身でありながら、占いを独自に進化させた。まあそれだけの余裕があったわけだが」
「そうですね。私は本格的に仕官するまでに占いを築き上げましたが、何年もかかっています。寿命の短い人間族の、しかも孤児という出自から独自の占いを編み出したとすれば、まさに占いの神と呼べるかもしれませんね」
「人間族の祖先はアルスの神だからな。先祖の遺徳にすがれば占いを進化させられるやもしれん」
「しかしヨハンは“神に見捨てられし子”だぞ。おそらく生時に祝福を授かっていないはずです」
「だろうな。まあ人間族の慣習まではわからんが。エルフ族は生時にエルフ神の祝福を授かり、名前を得る。ヨハンの名が祝福によらないのであれば、生年月日時だけでなく名前で占うこともできないのか」
「そうですね。ですからかなり厄介なのは確かです。おそらくゲルハルト閣下もそれで苦戦されたのではないか、と」
ヒゲを撫でていたゲルハルトはその手をピタリと止めた。
「なるほど、そういうわけか。確かにわしは手合わせ前にヨハンの名前で占っておったわ。ということは、やはりヨハンという名も祝福されていなかったわけか」
「とんだ占い殺しですね。少なくとも相手の将軍について占えるのはフィリップだけで、ヨハンはまったく占えない。だからどんな手段を使うのかも想定できない」
「まあヨハンも副将軍ということだから、次もフィリップと一緒に出てくるのだろう。であればフィリップさえ占えれば、ヨハンの行動も予測できるのではないか」
「それならよいのですが。前回同様、ヨハンが実質的に占っていたのであれば、フィリップだけを理解しても打つ手は見えてきませんね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます