第32話 クローゼ対策
「今回のことを見るに、〈兵法〉が戦を様変わりさせうる技術であることに疑いはないな。神速のクローゼを相手にしても、余裕で勝てるのではないか」
フィリップの問いにヨハンが答えた。
「いや、どんなに〈兵法〉が完璧でも、主導権を奪われるとなかなか厳しいな。クローゼほどの速さで占いが立てられてしまうと、たとえこちらが〈兵法〉で立ち向かったとしても後手に回ることは否めない」
「主導権をとることがそんなに重要なのだろうか。逆転の一手を打てば形勢は入れ替わるだろうに」
「それは普通に占いを立てる余裕があるときに限られるな。クローゼはたとえ占いが外れたとしても、その素早さで〈兵法〉としての弱点を補えてしまう。〈兵法〉でも主導権をとるためには機先を制するのが上策とされているからな」
「つまり〈兵法〉に則らなくても、つねに主導権を握っていれば逆転は不可能ということか」
「そのとおり。クローゼの足が止まるところで奇襲を仕掛けないと主導権を奪うのは難しい。次戦がクローゼなのはほぼ確定しているので、やつよりも速く部隊を動かせないと、今度はこちらが多大な損害を被るぞ」
ヨハンはフィリップに釘を差した。
「釈放する捕虜がどれだけ素早くこちらに下るのか。そのあたりも勝敗を分けそうだな」
「クローゼがどこまで優勢を保つかによるな。なるべく早いうちに主導権を握って王国軍を振り回せたら、先に捕虜となった者たちが再び捕虜になる可能性は高い。そのためにも主導権はなんとしてでも奪わなければならない」
「もし主導権をとられたとして、どうすれば奪い返せると思うか」
一度主導権をとられれば、それを奪い返すのは難しい。とくに占いで戦っているかぎり、後手に回ると防御に徹しなければならない。
「そうだな。クローゼが思いもしない行動に出て、虚を突くのが一番だが。それも素早い占いが飛んでくると難しいな」
「なんだ、〈兵法〉といってもその程度か。それならまだ占いを主にして戦うのと大差なかろう」
占いは判断に迷っているときには役に立つ。だが、とるべき策がわかっているのに占いに頼って好機をふいにすることもあるのだ。
「実はもうひとつ秘訣がある」
「ほう、秘訣とな。たとえばどのようなものか」
「簡単な話だ。クローゼに占わせなければいい」
「占わせなければって、どうすればそんなことができるのだ。クローゼは計算で卦が立てられるんだぞ」
「どんな占いでも有効期限というものがある。それはわかるよな」
「ああ、ひとつの卦で三十分だな。これは全国共通だと思うぞ」
そう。三十分経つか場所を変えるかしないかぎり、占いの卦は継続してしまう。ゆえに前戦ではゲルハルトが場所を古戦場へ移したのである。
「ではその三十分の間でクローゼを奔命に疲れさせたらどうなるか」
「クローゼに占うスキを与えない、ということか。だがやつは一度に三つの卦を得るという。となれば一時間半は占いなしでも動けるのではないか」
「そういう考えもできなくはないが、おそらくクローゼの三つの卦は他と同じく三十分しか有効ではないと俺は見ている」
「そんなことが可能なのか。もしそうだとすれば、クローゼは三手先を読んで占いをしていることになるぞ」
「だから、占いでクローゼの上を行くのは難しいということだ。三十分で三つの卦が使えるということは、十分に一回策が変えられるということでもあるからな。だからクローゼが大陸最強なのだろう」
ヨハンの言いようでは並みの将軍がクローゼに勝つことなどできようはずもない。三つの卦を操るクローゼを相手に三十分にひとつの卦で挑むのは明らかに不利だ。
「たとえ三つの卦がでたらめだったとしても。三十分で三つの行動が任意で使えるのであれば、多少の不利はまず補いがついてしまう。しかもいつどのタイミングで卦を用いるかもクローゼの心づもり次第だ」
「そうであれば、ゲルハルトのようにこちらも戦場を変えたらどうだ。そうすれば新たな卦も立てられる。クローゼも場所を変える都度占いを立てなければならないから、付け入るスキを見いだせるかもしれないぞ」
「フィリップ、発想はいいと思うが、相手は頭の中で占いが完結するような将軍だぞ。お前はいちいちサイコロを振って解釈事典を読んでようやく方針が立てられる。この差が埋まらない以上、場所を移しても同じだ」
ヨハンの言葉を聞いて不満そうな顔をしている。
「なに、〈兵法〉なしで戦ってクローゼに勝てるかもしれない戦法がないわけじゃないんだ」
「占いで、大陸最強の男に勝てるというのか」
「ああ、ちょっとした着眼点の違いだけで、な」
「後学のためにぜひ教えてほしいものだが」
「お前に隠しごとをしても意味がないからな。クローゼに勝ちたいなら占いなどせず、とにかくでたらめに動き回ることだ。そうすればクローゼに付け入るスキを与えない」
「大陸最強に対してでたらめでは勝てるはずもないだろうに」
「いや、クローゼほどの男なら、自分よりも素早く動かれるのを極端に嫌うはずだ。スキを与えないことでクローゼの矛先は鈍らざるをえないからな」
「しかしだなあ」
「どうせ占いは当たるか外れるか五分五分なんだ。だったらでたらめに動いてもさして違いはない。それなら、先手をとって主導権を奪う意味でも、最初はとにかくでたらめに動くべきなんだ」
本当にそんなことでクローゼに勝てるのだろうか。
ヨハンは五分五分というが、クローゼは七分三分ほどの成功率を誇っているという。でたらめで勝てるとは思えないのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます