第24話 分断
ミロス王国軍を率いるゲルハルトが動く様子はまだない。
ヨハンはブロンクト公国軍で半包囲下に陥れようと両翼を絞っていく。
兵の厚みでは王国軍が勝るが、両翼の広さは公国軍に分がある。薄い両翼で膨大な王国軍を虜にしようとする戦術は、過去王国軍は経験したことがなかったはずだ。
「このまま半包囲で出血を強いてもいいが、それでは禍根が残るやもしれないな。フィリップ、作戦を変更する」
公国軍の将軍フィリップは意外そうな顔をしている。
「ここまでうまく事が運んでいるのに、なにをやろうというのだ」
「敵を分断して実戦力を可能なかぎり削ぎ落とす」
「分断するって、どうやって」
「方法は任せてくれ。お前は許可するかしないかの判断だけしてくれればいい」
その言葉にフィリップはムカッときたようだ。
しかし今回は〈兵法〉で戦うことが条件なのだから、仔細はヨハンに委ねてよかろう。
「わかった。お前の考えどおりに進めてくれ。ゲルハルトを捕らえるも追い返すもお前のよいようにしてくれ。今回の戦いはすべて任せる」
了解を得たヨハンはただちにサイコロを振って卦を得た振りをした。
そして部隊を再編し、左翼に展開していた強力なドラゴン族の部隊で王国軍の中央への突進を企図した。
「D隊、速やかに突撃せよ。B隊はD隊が孤立しないように連携して行動せよ。C隊は魔法で敵を撹乱、A隊はD隊とは反対側に位置して追い出された敵を捕縛せよ」
おう、と全軍から掛け声があがると、D隊による突撃が開始された。
ドラゴン族は魔法に対してある程度の耐性があるため、エルフ族が得意な魔法をあまり意に介する必要はない。そして全種族のうち最も頑強な体はエルフ族が用いる細剣程度では傷すらつけられないのだ。
まさに対エルフ族では無双の働きが期待できる。
それを見込んで、ひとりのドラゴン族を囮にしてミロス王国軍のドラゴン族を戦場から撤退させたのだ。
ドラゴン族の同族殺しをしないという制約がどこまで及ぶのかを、ドラゴン族の長から事前に確認してあった。
双方の攻撃範囲内のドラゴン族が対象になるとのことで、今回のようにひとりだけ突出している場合は、後続の主力部隊は戦場を去る必要はないのだ。
D隊が王国軍にくさびを打ち込み、王国軍を前後に分断しようとしている。
この期に及んで、ゲルハルトが動きを見せた。
おそらく占いの卦が出たのだろう。王国軍に指示が発せられた。
「全軍反撃せよ。じゅうぶんな距離がとれるまで敵を押し戻すのだ。その後ただちに撤退する」
ゲルハルトの言葉が戦場で実行されるより前に、D隊がゲルハルトの司令部に到達し、回り込みながら王国軍を分断していく。
進撃の勢いは凄まじく、ゲルハルトは同じ命令を出し直して統制を回復しようとしている。
突撃しているD隊を除く、半包囲に持ち込もうとしていた兵をいったん二十歩引き下げて距離をとった。王国軍に動ける場所を与えたのである。
退却するにしても、部隊の再編が最重要課題であり、そのための空間をゲルハルトが要することをヨハンは見抜いていた。しかしその空間は王国軍を誘い込んでより多くの兵を捕縛しようとする意図が隠されている。
「ヨハン、ゲルハルトは軍を引き上げるようだぞ。追撃で余計な損耗をすることはない」
「いや、ここはこのまま敵兵を分断する。指令が届かなくなれば降伏するほかないからな」
「しかし私がクローゼと戦ったとき、お前は追撃するべきではないと主張していたはずだが」
「あれは敵にじゅうぶん備えがあったからだ。今は混乱すら回復できていない。王国軍を削り取る好機なんだ」
フィリップはなにやら納得のいかない表情を浮かべていた。
自身の追撃は駄目で、ヨハンの追撃はよい理由がわからなかったからだ。
「詳しい説明は戦後に改めて行なう。今は可能なかぎり王国の兵を分断しておきたい。捕虜を大勢抱えることになるが、捕虜交換などの交渉で返還すれば恩に着せることもできるだろう。そうなればすぐには進軍してくることもあるまい」
そういうものかといったふうなフィリップの顔を見ていて、ヨハンはフィリップには〈兵法〉が合わないのかもしれないなと感じた。
またカルムからサイコロを受け取って振り出して卦を得た。
「A隊からC隊までに伝達。ゲルハルト将軍から分断された敵兵を捕縛して後方へ送るのだ」
それにしても、なんと占いの建前のまどろっこしいことか。
兵理にかなう動きを要求するために、わざわざ占った|体〈てい〉を兵たちに見せなければならない。
しかし実際にヨハンが戦場で初めて采配を振っているのだから、信用がそれほどないのも当然ではある。
前戦はクローゼが自ら退いたため、本格的な交戦は今回が初なのだ。
兵たちの信用を得るにはなによりも経験を積むこと。それさえできれば解消できる問題ではある。
さしあたりゲルハルトを手玉にとって大勢の捕虜を得れば、戦果としてじゅうぶんだろう。
そのためにもD隊による分断が成功しつつあるのは喜ばしいことだ。
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