第23話 兵法の手始め

 普通に考えれば、王国軍は自ら国境を侵したのだから攻勢に打って出ればよいものの、なぜかゲルハルトは防御に徹している。

 その様子を見てヨハンは、敵将ゲルハルトが占いで動けなくなっているのではないかと看破した。

 そして、陽動のために部隊を動かしてさらに攻勢を誘ってみるものの、いっこうに乗ってこない。


「フィリップ、どうやら敵将は占いで動けないらしい。こちらから仕掛けてもおそらくは当面耐えるだけだろう。どうする、戦端を開いてみるか」

 将軍のフィリップに問いかけるが、どうやらこちらも占いで縛られているらしい。


「せっかくの敵を追い返すチャンスなのにな。お前まで占いに縛られてどうする」

 しかしフィリップは慎重な姿勢を崩さない。

「お前が動かないのであれば、俺の直属を動かすぞ。かまわないな」

 ヨハンは敵が占いで攻勢に出る機会を窺っているのだろうと判断していた。

 だからこそ、ある程度の反撃を計算に入れてもこちらから仕掛けるのが得策なのだ。


「わかった。今回はお前の〈兵法〉がどこまで敵に通用するかを査定するのが目的だ。敵に付け入るスキがあるのなら、それに乗じるのも一手ではある。今のにらみあった戦況を一気に打開できるのなら、やってみるがいいさ」


 許可が出たヨハンは、フェアリー族のカルムからサイコロを受け取るとただちに振り出した。

「よし、これより攻勢に転じる。ただし敵も反撃の機会を窺っている。もし敵の反撃が始まったらただちにこの場所まで戻ってくること。これを徹底させよ」

 司令部から四隊へ指示が飛ぶと、王国軍に向かって重厚な前進を開始した。


「さて、ゲルハルトがいつ反撃してくるか、だな」

「そればかりは敵の占いの結果次第だ。それに引きずられるのは主導権を相手に譲り渡しているに等しい」

「つまり、今のゲルハルトのように、か」

「そう。占いで行動を決めるかぎり、後手にまわるのは決まっているようなものだ。例外は神速のクローゼくらいだろう」


「いつ占ったのか、どう解釈したのかはすべてクローゼが担っている。だから素早い部隊運用が可能となる。しかしすべての将軍がそうではなく、クローゼだけが突出しているのだから、他の将軍なら戦いようはいくらでもある」

 その口ぶりからフィリップはヨハンが自信に満ちていると感じたはずだ。

 ヨハンの言はそれほどに力強かった。


「お前ならクローゼにも勝てそうだな」

 ヨハンは胸を反らせて拳でひとつ叩いてみせた。

「ああ、やつが占いで戦っているかぎりは必ず勝てる」

「それほどまでに〈兵法〉というものはすごいものなのか」


「数が多いほうが少ないほうに勝ち、充実している者が虚ろな者に勝つ。〈兵法〉の原則だな。戦におけるすべての行動は〈兵法〉のことわりを出ない。だからこそ先に〈兵法〉を確立した国が次の覇権を担うだろう」

 馬上から前線の様子を見ていたヨハンは、攻撃距離に入った部隊へ攻撃を指示した。

「ここから、だな」

「ああ、ここからだ」

 フィリップの言葉にヨハンが答えた。


「いつゲルハルトが反撃に転じるのか。これは〈兵法〉を使う者として見逃せない潮目だ。いくら〈兵法〉に従おうと、見逃したら手厳しく反撃されてしまうからな」

 事前に仕込んだ機動戦は今回用いる機会がないはずだ。

 じわじわと圧力をかけて、味方の損失を出さないように心得て、王国軍の勢いを削いでいく。

 自分たちから仕掛けられなくなるほどの損害を出させれば、冷静な将軍なら反撃に出たと同時に退却するはずだ。

 そしてゲルハルトはそれがわかる将軍だと確信していた。


 まだ王国軍は動かない。いや、占いに縛られて動けないのだ。

 いくら神託だからといって、客観的に見て明らかに不利な状況にいるのに退却することすら叶わない。

「ゲルハルトはまだよい卦が出ないらしいな」

「こちらも占ってみるか」

 フィリップがウィルからサイコロを受け取った。


「アルスの神にわがブロンクト公国軍の進退を伺う。アルス暦二百二十三年七月一日九時四十五分。わがブロンクト公国領リューガ山麓において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」

 サイコロを投げて出た卦を解釈させる。

「退却するべし、だな」


「ここまで優勢に進めていて退却するつもりか」

「アルスの神はそう思し召しだ」

「この言葉、そのまま敵に言ってくれ。王国軍が退却するべし、だとな」

「お前は本当にアルスの神への信仰というものがないんだな」

 その言葉にヨハンは頬を膨らませた。


「アルスの神は俺に平凡な暮らしすら体験させてくれなかったからな。俺にはアルスの神の加護はないんだよ」

「だから〈兵法〉を極めようとしているわけか。アルスの神を時代遅れにするために」

「そういうことだ」


 そういうとヨハンは部隊を横列から半包囲に変更し、ゲルハルト率いる王国軍にさらなる出血を強いた。

 半包囲下に取り残されたら、いくら宿将ゲルハルトといえども打ち減らされて消滅するのを待つしかない。


 ゲルハルトに気づかれることなく半包囲を完成させたら、勝利は疑いようもないのだが。

 果たしてゲルハルトの奉ずるエルフ神の思し召しはどう出るのだろうか。



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