第六章 兵法の片鱗

第21話 ヨハンの占い

 初陣は「戦わずして勝利した」ことでヨハンは占い師として強い求心力を得た。しかも相手はミロス王国に所属する大陸最強の将軍クローゼである。

 クローゼと戦場で相まみえ、損害を出さずに帰国できた。王国軍の兵数が少なかったこともあるが、ヨハンの非凡さは公国軍の中でも重きをおくだろう。


 次にいつ王国軍が攻めてくるかはミロス王国が奉ずるエルフ神のみぞ知る、フランツ王の占いの結果次第だ。

 だからこそ、いつでも迎え撃てるだけの準備が欠かせない。


 人間族のみで構成するA隊とB隊、フェアリー族を交えた魔法に特化したC隊、ドラゴン族で構成されるD隊に分けて編成している。

 とくにドラゴン族のD隊は敵にドラゴン族がいると戦闘から離脱されるので、遊軍としての立ち位置となる。

 強い攻撃力を有するもの、扱いに困るため一隊として組織することとした。そして戦闘では初撃で痛打するために、真っ先に敵陣へと切り込んでいく役割を与えた。

 ただし、ドラゴンの姿をしていると王国軍にその存在がバレてしまうため、亜人の姿となって組み入れている。これなら見た目にドラゴン族とはバレにくいだろうから、真っ先に戦うとしても敵に素性が割れることは極力下げられる。

 おそらく敵のドラゴン族には気づかれるだろうが、軍の統制を考えればあえて将軍を無視して攻撃に転ずることは少ないはずだ。

 敵のエルフ族を先制で強襲するにはうってつけの部隊となる。前回の戦で判明した欠点を解消するための策だ。


「D隊の先制後、敵のドラゴン族が咆哮するだろうから、策を用いて敵のドラゴン族をすべて帰国させる。それでD隊は帰還してかまわないが、D隊の目標はあくまでエルフ族であり、エルフ族へ打撃を与えれば任務は完了する。D隊は隊長のよきように計らってください」

「はっ、ヨハン様。私めをご信頼いただきましてありがとうございます。ご期待に必ずや応えてみせましょう」

「期待しておきましょう。兵数が少ない公国軍ではドラゴン族の奮迅ぶりが戦況を左右します。ドラゴン族にぶつけようとはいっさい考えておりませんので、そのあたりはご安心ください」

 隣でヨハンの練兵を見ていたフィリップはいたく感心したようだ。


「お前がこれほど熱心に練兵に臨むとは思わなかった。どんな状況でも〈兵法〉でなんとかすると思っていたのだがな」

 その言葉にかるくムスッとした表情を浮かべるヨハンは、さも当然というような口ぶりだ。


「戦はいくら将軍が優秀でも兵がそのとおりに動かなければ数ほどの力は発揮できない。とくに次戦は王国軍の宿将ゲルハルトだ。兵たちから慕われることクローゼ以上だろう。負けないためにはゲルハルトを上まわる機動力が必要だ」

 胸を張って豪語するヨハンを見ていたフィリップは急に声を潜めた。


「それより、最近どうも何者かに軍の内情を探られているようだ。こちらの体制を今さら知っても意味はあるまいし」

「おそらくだが俺の素性を知りたいのだろう。前の戦で目立ってしまったからな。そのときに間諜を放たれていたとしても不思議はない」

「いいのか、お前の素性を知られると、なにかと不都合が起こりそうなんだが」

「まあ知りたいのは兵たちや部隊編成のことではあるまい。であれば俺の素性を調べ上げたとしても得るものはない」

「お前、たしか孤児だと聞いているが本当なんだろうな」


「ああ、だから出生届や軍高官の一覧に載っている生年月日時はまったくのでたらめだ」

「逆にいえば、お前の才能や弱点などを占っても的外れになる可能性が高いのか。それがわかっていたら、これ以上の探りは入れられないかもしれないが」

「まあ間諜はなんのために送られているのかはわからないからな。素性を探るだけで終わるとは思えんな」

「じゃあ他になにを探る必要があるんだ」


「俺の占いだな。どれほどの高度な占いなのかをクローゼも知りたがるはずだ。実際には占いではなく〈兵法〉なのだがな」

 〈兵法〉が頼みの綱である公国軍としては、それを白日の下に晒されると打つ手がなくなりかねない。


「まあ、今のところ〈兵法〉の知識は俺の頭の中だけだからな。盗もうと思ったら分厚い古書を何百冊と持ち運ばなければならん。現実的ではないだろう」

「だといいのだがな。それにしても〈兵法〉で戦おうというのに根拠となる書物ひとつもないのは不都合なのではないか」

「いや、伝説の皇帝も〈兵法〉に関する書籍は残していない。すべて史官が書き残した対話集でしか存在しないからな」


「それをあらかた収集して分析しているなどという変わり者はヨハンくらいなものだろうしな。それなら〈兵法〉が占いのように一子相伝でも不都合はあるまい」

「まあそういうことだ。だから〈兵法〉を盗みたければ俺をさらうしかない。公国もクローゼをさらえないのだから、俺をさらえる道理もないしな」


 ヨハンは中間指揮官に自律的な部隊運用を可能にするべく、なおも練兵を続けていくのだった。部隊運用が完了すれば、たとえ兵を分断されてもそれぞれの部隊長の指揮で戦闘を継続できる。そこまで鍛えなければ、数に勝る王国軍に勝つのは難しいのだ。



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