第20話 孤児を相手に

 対するヨハンは孤児であり、生年月日時が当てにならないとクローゼは暗に告げた。

「そうなると、占いでヨハンの弱点を突くのは不可能か」

「あえて戦う必要はないでしょう。私のような憂き目を見ないともかぎりませんからね」

 それで思い出した。


「そういえば、お前は先の戦いで、戦うべきでないとの卦を得ていたはずだな。神託も王命も、すべて戦うべからずだった。それなのになぜ攻勢に転じようとしたのか」

 クローゼは言葉を選んでいるようだった。しばし沈黙が支配する。


「なにやら得体のしれないものを感じました」

「得体のしれないものとは」

 世界最強の将軍であるクローゼが、神託も王命も無視して私利私欲のために攻撃へ転じたとは思えなかった。


「来月の戦いではブロンクト公国軍の反応を注意深く観察してください。なにやら不穏な空気を感じるはずです。それがなにかはわかりませんでした。こちらから動いてみたらわかると思って軍を前進させたのですが、なにか罠に誘い込まれているかのような印象を受けました」

「それで前進を試みたのか。戦前の予想どおり、お前は前線から外されたのだから、情報を得ることを優先したのだな」


「はい。後任のゲルハルト閣下が立ちまわりやすいよう、敵の能力をさらけ出す必要がありましたから。しかし、あのまま前進を続けていたらどうなったか」

「占いの素早さはお前と同等以上という話だが」

「問題はそこですね」

 占いの素早さになにか問題があるのだろうか。


「占いとはそもそも門外不出のものです。だから一子相伝の占いが多い。私は父から受け継いだ占いから自分流に理論を構築していきました。それには占いの流派を数多く学び、正否を比べて取捨選択するだけの時間と頭脳が必要です。孤児にそれだけの時間と頭脳があるのでしょうか」

「そう言われれば確かにおかしな話だな」


「孤児は日々の暮らしにも事欠きます。学校にも通えず、高等教育も受けられない。門外不出で一子相伝の占いの継承者でもないし、学校で占いの基礎を教わったわけでもない。なのに私に匹敵する素早さを誇る。操る占いの正否の割合はわかりかねますが、私と大差なければ王国にとっては脅威も甚だしいですね」


 どこからか湧いて出た占い師が、大陸最強のクローゼに匹敵する素早さと正当性を有しているとしたら。かなりでたらめな話だ。

 もしかしたら占いの神が降臨したかのごとき状況にもなりうる。


「ゲルハルト閣下がブロンクト公国軍と戦うのであれば、可能なかぎり敵の情報を収集してください。なにかおかしな兵の構成や配置が見られたら近寄らないことです。おかしいと感じるのは私たちの常識が通用しないからです」

「留意しよう。他に対策はあるか」


「そうですね。私は一度の占いで三つの卦を同時に得ています。敵の占い師ヨハンがどれほどの素早さで占えるかはわかりかねますが、私と同等だと思えばよいと存じます。であれば、閣下も一度に三つの卦を得ることをオススメします」

 ずいぶんと簡単に言うものだな。だが、それは私の占いの原則からは外れている。


「一度に三つの卦をと簡単にいうが、占うとき、ひとつの場所と時間でひとつの卦を得るのが占いの基本だ。三つも卦を立てようにも、前提が変わってしまったらどんどん当たらなくなるのではないか」

「おっしゃるとおりです。ですが無理を承知で一度に三つの卦を立てられなければ私と同等の占い師には勝てません」

 確かにクローゼと戦って勝てと言われても自信はない。であれば同等の占い師にも勝てない道理だ。


「ですから、戦場では基本として防御に徹してください。敵に付け入るスキを与えないようにすれば、どんな占いを用いているのかを判断できるでしょうし、反撃のチャンスに付け込む態勢を維持できるでしょう」


「神託と王命では、戦うべしとされておるからな。防御に徹するのは難しい。こちらから打って出るとして、どうすればよいと思うか」

 額に両の握り拳を当てたクロードは、なんとか策をひねり出した。


「であれば、戦端を開く直前ではなく、一時間前に開戦の是非を占ってください。その方針をもとに兵を運用すれば先手がとれるはずです。先手先手で行動できるうちに暴れておいて、敵の打つ手が早まってきたら、即座に撤退してください。これならじゅうぶんな戦果を得て、損害も少なくして戦いを終えられるはずです」

「わかった。その方針で対処しよう」

 険しい表情だったクローゼが、柔らかな笑みを浮かべている。


「それでは紅茶をもう一杯いかがですか。今度はミルクと砂糖をお入れしましょうか」

「ああ、そうだな。これほどの銘茶はまたと味わえない。飲めるうちに飲んでおこうか」

「それでは茶葉の仕入先をのちほどシルビアに書いてもらいましょう。閣下が紅茶で心を落ち着けていらっしゃるかぎり、そうたやすく敗れるとは思えませんからね」


「わしは紅茶さえ飲んでいれば幸せな男に見えるのか」

「私と同様、無類の紅茶好きには見えますね」

 空のカップにクローゼがティーポットから紅茶を注ぎ、ミルクと砂糖を入れてかき混ぜた。



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