第五章 ヨハンの素性

第17話 クローゼ降格

 戦場に赴いて、わずかに前進しただけで退却して帰還したクローゼは、フランツ王への戦況報告の場に臨んでいた。


「われは卿に出兵はしても戦うなと厳命したはずだ。なぜ王命に背こうとしたのか」

 フランツ王の言葉は当たりが強かった。

 「勝利せよ」との王命があったわけではないものの、公国軍に勢いをもたらしかねない。さらに軍官吏と書記官の申告によって、クローゼが攻勢に転じようとしていたことも明らかとなった。


「敵に不確定要素がありましたゆえ、その本質を解き明かそうと試みました」

「不確定要素とな。どのようなものか」

「敵軍に見慣れぬ将軍を見かけました、陛下」

「見慣れぬ将軍とな。ブロンクト公国の発表ではどのような人物とされているのか」


 丞相が答えた。

「新たに軍列に加わったのは、ヨハンという占い師ですな。将軍フィリップの盟友であり、その占いは神速をもってなるクローゼもかくやとされております」

「ほう、クローゼに匹敵する占いを使える者か。それは確かに気になるな」

 フランツ王も興味を覚えたようだ。


「占いの実力はわかったか」

「いえ、私が布陣して少し経ってから、敵の行動が始まりました。もちろん素早く占って卦を得ていた可能性もあります。その場合は兵たちに作戦を伝授するのに時間がかかったとも考えられるでしょう」

「まあ新任の占い師であれば、その卦が当たっているのか外れているのかは、実績がないので判断のしようがないな」


 フランツ王は実戦経験こそないものの、エルフ神の神託を得たり、国政を占って運営したりする達人として知られ、その治世で大陸の覇権を握り続けるほどの傑物である。


「まあ此度は戦うなと申しておいたし、実際そなたは軍を前進させたものの剣を交えたわけでもない。一兵も損ねず帰還したのだから結果も申し分ない。されどエルフ神の思し召しと王命を軽んじて攻勢に打って出たことは疑いようもない。いっとき前線を離れ、占いの基礎を履修せよ」

 クローゼはぬかずいて王命を拝した。


「丞相、ゲルハルトを呼べ」

「ゲルハルトをここへ招き入れよ」

 はっ、との声のもと謁見場の扉が開いて、侍従のあとからゲルハルトが入場してきた。そのままクローゼの隣に片膝をついて腰を下ろす。


「ゲルハルト、卿を将軍として前線で働いてくるのだ。クローゼはいっとき前線から外すこととした。就任にあたって意気込みを聞きたい」

 横目でクローゼの様子を確認したゲルハルトは、今後のことも加味して所信を表明する。

「神国ミロス王国のご威光を広く大陸の隅々まで行き渡らせ、もってエルフ族が覇権を握り続けるために奮迅致します」

「うむ、よかろう。今月中の出兵はないので、翌月以降までに兵の統制を確立するのだ」

「かしこまりました」

 ゲルハルトもその場でぬかずいた。


「クローゼは大儀であった。新しい職場で環境も変わるが、卿ならじゅうぶん有益な時間とすることを期待しておるぞ」

 はっ、と声を返したクローゼはその場から片膝をつきながら三歩下がると、反転してゲルハルトの入ってきた扉から表に出た。




 将軍の交代式を済ませたクローゼは控室でゲルハルトを待っていた。それを知っているかのように彼が立ち寄った。

「クローゼ、此度は割りを食ったな。いかに神速の占いを擁し、部隊の運用でも劣るところのないそなたでも、エルフ神の思し召しと王命には逆らえん。最初から出兵しても勝つな、と言われれば、わしでも少しは抵抗したくなるからな」

 クローゼの返答がない。なにか思いつめているような雰囲気だ。


「やはり連戦連勝の令名が傷ついたのがしゃくか」

「確かに気に食わないといえばそのとおりなのですが、私は一度失敗したほうがよかったように思えます。おそらくエルフ神と王の得た卦は、私にそれを教えるためだったのではないか、と」

「なるほど。確かにお前の言うとおりかもしれんな。連戦連勝が続けば、兵たちはどんな戦い方をしても勝てると過信してしまうからな。神速の占いでも敗れることがあるるのだと知るのはいい薬になるだろう」


 どんなにすぐれた将軍でも、部下の慢心は抑え込めないものだ。抑えたくば罰で萎縮させる以外にない。兵ひとりでも自分勝手に動けば、将軍が飛ばされる。これ以上ないほどの見せしめである。

 エルフ神はそこまで見越して思し召したのか。陛下の思惑はなんだったのか。

 神速の占いを駆使するクローゼは、自らに課された試練を翻るに、上位の存在を意識せざるをえなかった。何者にもとらわれず、自由な采配を振るには、自らが王となる以外に道はない。しかしクローゼにはそんな野心は微塵もないので、不遇をあえて受け入れることにした。


「卿は自らに課せられている役割をじゅうぶんに心得ている。戦えば勝つとはいえ、百戦百勝とはいかない。占いだって力のないものが使えば五分五分でしかない。わしだって六分ほどだろうし、卿とて七分程度のはずだ。これまでの五年で四十戦ほど戦い、今までよく負けずに済んだものだと感心しておる」


「誰に勝つではなく、自分の占いを信じております。もちろん標準的な占いは基礎ですが、いつまでも基礎しかできないのであれば、赤子のままと同じです。そこからどのように進化させていくのか。私はそれだけを考えておりました」

「それで連勝するのだから、卿の努力は正しかったわけだ」


「しかし、ブロンクト公国もよい占い師を雇ったと見えます。間諜は放っておりますから、あとは素性を聞き出して今後の判断材料にすればよいでしょう」



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