第11話 宿将ゲルハルト
先輩将軍のゲルハルトのもとへ足を運び、クローゼは門番に彼とのとりなしを頼んだ。
しばらく待ってくださいとのことだったで、門から見える中庭の様子をそれとなく眺めていた。青年と妙齢の女性が立ち、そばでは男の子と女の子が土いじりをして楽しんでいるようだ。ゲルハルトの娘夫婦とふたりの孫なのだろう。ここは戦いの悲壮感とは無縁である。
「クローゼ様、ゲルハルト様がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
門番とともに戻ってきた執事のベルナーが声がけた。
平和な景色が繰り広げられている中庭をもう一度覗いてから、ベルナーに従って本館へと踏み入った。
玄関を通ると初老の男性が厳しい顔をして出迎えていた。
「クローゼ。お前がわしの館へ来るのは何年ぶりか」
「半年前にお邪魔しておりますよ、閣下」
ゲルハルトが
「ハハハ、そうだったな。まあ上がれ。なにか飲みたいものはないか。朝から酒を飲むなんてのもけっこう乙なものだぞ」
「いえ、現在も職務時間中ですので。兵たちには戦の準備をさせております。そこに朝から酔った将軍がやってきたら、皆が従いますかね」
「まあ、侮られるのが関の山だな。二度とこの将軍のためには働きたくない、と思われるだけだろう」
砕けた話題もそこそこに、クローゼはゲルハルトに聞いてみたいことがあった。
「ゲルハルト閣下。私は此度の出兵を任されておりますが、神託によると、兵を挙げても損ねるな、とされていて、フランツ王も単に兵を連れて行って、戦わずに帰ってこいとおっしゃいました」
「ということは、卿の見立ては違うのか」
しばし考えたふうでクローゼは言葉を選んでいるようだ。
「私の占いの卦では、戦うべからず、でした。兵を挙げて国境を侵犯する。それだけをやってもけっして戦ってはならない、と」
「それではエルフの神の思し召しと、王命と、卿の得た卦はすべて一致しているのか。さすがだな」
「できましたらゲルハルト閣下の占いの結果も知りたくてまいりました。私はまだ自分の卦に自信が持てません。長年軍務で占いを駆使されてきた閣下の得た卦を試しに聞いておきたいのです」
初老の将軍は真顔に戻って白いあごひげを撫でている。
「よかろう。それで卿の迷いが晴れるのであれば。ただ、異なる卦が出る可能性もあるからな。いずれを選択するかは卿に委ねるとしよう。それが他人の卦を聞くときの心構えだ」
「承知しております」
「では少し待て」
大声で執事を呼び出した。
「ベルナー、執務室からサイコロと解釈事典を持ってきてくれ。今からひとつ卦を立てる」
かしこまりました、と一礼すると執事のベルナーは執務室へと歩いていった。
「これでもし、戦うべし、との卦が出たらどうする。当初の想定通り敵とにらみあったら退却してくるのか。私の戦うべしに従って戦端を開くか」
「エルフ神と王命が私の卦と矛盾はしないので、やはり戦わずに撤退する予定です」
「もし、殲滅するべし、の卦が出たとしても戦わないと誓えるか」
「はい、もちろんです」
お待たせ致しました、と執事のベルナーがサイコロの入った袋と大きく分厚い解釈事典を持ってきてゲルハルトへ手渡した。
ゲルハルトはさっそくサイコロを振ろうとする。
「ちなみに開戦時期と戦場はわかるか」
「はい、五月八日九時ちょうどに、ブロンクト公国領リューガ山麓です」
「前回の戦場か。地理も詳しいだろうから今回もそこがよかろう」
初老の将軍がうんうんと頷いている。手の中でサイコロを振リ始めた。
いよいよ老練の占いの始まりである。いかなる卦が得られるのか。
「エルフ神にミロス王国軍の進退を伺う。ミロス暦三百五年五月八日九時ちょうど、ブロンクト公国領リューガ山麓において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」
サイコロを振り出して卦を得る。時間をかけて解釈事典をめくっていくと、右眉をわずかに上げて顔をしかめている。
「これを見てもらえるかな、クローゼ」
解釈事典にはサイコロの卦がどういうことを示しているかが書かれている。近年クローゼは独自の占いを操ることで、解釈事典を不要としたが、大陸の将軍としての基礎知識である伝統の占いの見方も憶えている。
「これは、とどまるべし、ですか。吉方位は北。意外ですね」
「うむ。戦場で動くべからず、との卦だが、今この時間を考えれば出兵自体をとどまるべし、ということかもしれないな。どうだ、迷うだろう」
確かにこれは迷うところだ。
「ちなみに卿の得た卦はなにかな」
「戦うべからず、避けるべし、退くべしです。いずれも吉方位はありませんでした」
「ということは戦いの形を望んでいるのは、エルフ神とフランツ王ということになる。だから戦場には赴くが、戦闘をせずに時間を待って退却をするべきなのだろうな」
クローゼの占いの実力を知っているゲルハルトは、青年然とした彼に覚悟を決めるよう促した。
「迷うのは今だけにしておくのだな。将軍は戦場で迷いを見せてはならない。自らの得た神託に忠実に指揮するからこそ、兵たちは将軍の言うとおりに動くものだからな」
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