第12話 後事を託す

 クローゼの心づもりを知ったゲルハルトは、彼の背中を押した。


「まあエルフ神の占いでも当たり外れは発生する。必ずしもすべて正答というわけにもいかないだろう。戦場で占いをためらえば、敵に乗じられるスキを生むだけだ」


 大陸での戦は双方の占いと魔法を駆使して繰り広げられてきた。政の税率や刑罰なども神託によって定められる。社会の根本は占いと魔法によって出来ているのだ。

 それにしてもクローゼには、挙兵と不戦は相容れない問題に思える。その迷いを晴らすためにゲルハルト邸を訪ねたが、今のところ解決策は導き出せなかった。


「エルフ神の思し召しだとして、いたずらに兵をかき集めるのは論外だ。新兵を初めて戦場に連れていけば、いつ暴発しないともかぎらない。此度は損害を出さずに整然と帰ってこなければならないのだから、新兵は用いずに正規兵だけで組むべきだろう」

 部隊編成も一任されているとはいえ、どのような兵士を集めるのかは実に大きな問題であった。ゲルハルトの言うように、新兵は彼に練兵を任せ、正規兵をかき集めて戦場に赴くのが最善だろう。


「では暴発しないほど沈着な正規兵だけを連れ出してまいりましょう。その代わりと言ってはなんですが、ゲルハルト閣下には新兵の練磨育成をお任せ致します」

「よかろう。さっそく陛下に上奏して取り決めることとする」

 満足そうな表情を浮かべるゲルハルトを見て、クローゼはいくらか疑問も湧いてくる。


「ゲルハルト閣下はこのような迷いを経験したことはございますか」

「ないな」

 即答だった。

「変に考えず、上位の神託に従えばよいだけだからな。エルフ神の思し召しは至上の卦、フランツ王が導き出したのは次善の卦。そして戦場における指揮を司る将軍が立てた卦はさしあたり兵を動かすときにのみ範囲を限定すればよいのだ。優先順位さえ間違えなければ、たとえ負けても大敗は喫しない」


 その言は理解できる。大陸で戦う将軍としては当然の原則だからだ。

 将軍の卦は国王の卦に及ばず、国王の卦はエルフ神の卦に及ばず。

 迷ったらエルフ神の言葉を思い起こせ。さすれば道は開かれん。


 であれば此度の出兵もエルフ神の思し召しであるし、フランツ王の占いの卦でもある。ひとりの将軍に過ぎないクローゼの卦は上位者の占いを覆してはならない。

 戦に赴く将軍の心構えとして、至極当たり前のことが頭から抜け落ちていた。


「やはりこちらへ伺って正解でした。おかげで迷いが晴れました」

 ゲルハルトは柔らかに笑みをたたえていた。

「私は兵を引き連れて戦場へ赴き、戦果をあげずに帰国します。おそらく前線からは外されるでしょう。そのとき代わりを務められるのはゲルハルト閣下だけだと存じます。後事を託すことになりますが、その際はよろしくお願い致します」


「そこまで割り切れておれば問題なかろう。おそらく私が敗北すれば貴公が再び軍を率いることになる。その日まで占いと魔法、部隊運用の腕を磨いておくのだな」

「そう致します。ゲルハルト閣下が戦に赴いた際は、戦場を見下ろせる位置から互いの兵の動きを確認し、後学としましょう」

「それがよい。広く戦場を知ることは、占いの正確さを担保するからな。目先の行動だけを占っては、大局を見誤ることがある。つねに大局から戦況を把握する心構えが必要だ。まあ貴公には今さら無用な助言ではあろうがな」

「いえ、宿将たるゲルハルト閣下のお言葉です。千金の価値を有します」

 ゲルハルトはひとつ頷くと、昼食を一緒にするか問うた。


「ありがたいお言葉ですが、妻が待っておりますので、今日はこのへんで失礼致します」

「たまには以前のように孫たちと遊んでいけばよいのにな。大陸最強の将軍という敬称を得てからはなかなか遊びに来なかったからな」

「ゲルハルト閣下とたびたび会っていては、己の栄達を図っているように見られるでしょう。なにより閣下は宿将であらせられます。陛下にも直言できるほどのお方ですから、あまりに近寄りすぎるとあらぬ疑いを招きかねません。私としては軍を預かるだけでも過分です。政治的野心を疑われるのは本意ではありませんゆえ」

「まあ美人の奥方と暮らせるだけでもありがたいということかな。卿に彼女を紹介したのは、私の先見の明ということにしておこうか」


「シルビアは私には過ぎた女性です。よく働くし頭も回るし器量もよい。閣下がとりなしてくだされたからこそ、妻に迎えられたと思っております」

「まあ私の縁者から彼女にふさわしい人物を、と頼まれていたのでな。最強の将軍であれば家名にも傷はつくまいて」

「閣下の見立てに沿えるよう努力致します」

「その意気だ。今度奥方とともにうちに来てくれ。わしもそう長くは戦場で暮らせないだろう。頼りになる人物の後ろ盾となれれば、余生も安泰だろうて」

「はい。妻に相談して閣下と日取りを決めたいと存じます。妻もゲルハルト閣下にはお世話になったのですから、文句など出るはずもありませんからね」


 シルビアはゲルハルト閣下とは遠いとはいえ縁者である。嫌がるはずもなかろう。

「そろそろお主も子をなすべきかもしれんな。子どもがいれば戦い方も変わってくる。敵を倒すこともたいせつだが、自らの身体を全うして帰国するのが最重要だと気づくだろう」

「私としては、妻のためにも怪我などせぬよう努めておりますが」

「いや、子どもが生まれると環境はガラリと変わるぞ。将軍は兵士たちの父親であるべきなのだ。そして実際に将軍に子どもがいれば、自分たちもそのひとりと認識して奮戦してくれるものだ」

「そういうものなのですね」



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