第三章 宿将と名将

第9話 兵、盛んにして挙げるべし

 ミロス王国首都から北へ一日向かったところにエルフ神を祀った廟堂があった。広大な森林の中に構えられているが、木で造られた廟堂は石では出せない温かみを感じさせる佇まいである。

 フランツ王は毎月ここでエルフ神からの声を聞き、ココナツの実をあぶってヒビの入り方、割れ方などから「神の思し召し」を知って政の方針を定めるのだ。


 占いを始める前にさいかいもくよくで身を清め、真っ白な衣装に袖を通すと、まず神前に供え物を差し出し、深く一礼した。


「われらが祖たるエルフ神のおかげを持ちまして、前月もわがミロス王国は大いに栄えました。今月はいかにして政を治めるべきか、御心をお示しくださいませ」

 頭を上げたフランツ王は、焚き木の前に座った。横にはこの儀式に用いるべく持ち込んだココナツの実を手にとって、慎重に火で炙っていく。


 ゆっくりと時間をかけて炙ると、実に軽くヒビが入った。さらに丁寧に炙っていくと、大きなヒビが入って割れる寸前になった。

 それを見届けたフランツ王は、ココナツの実を火から外して卦の解釈を儀典長に委ねた。解釈事典を手にした儀典長が、ヒビや割れた部分の形状に合致するページを探していく。


「王よ、見つかりました。これが今月の卦にございます」

 解釈事典で開かれたページを見て、ヒビや割れた部分が等しいことを確認する。

「これに相違ないな。ご苦労であった」


 政、平らかにして穏やかに。兵、盛んにして挙げるべし。


 この卦では、政は穏やかであることが求められている。しかし軍事では「出兵するべし」との卦だ。

 政が穏やかなのに、軍事は戦えと言っている。これはなにを意味しているのだろうか。兵を挙げても戦うなということかもしれないが、それでは「出兵するべし」の卦と若干食い違いがありそうだ。

 フランツ王はさらに注意深く解釈事典を読み込んでいく。


 兵、挙げるも争わず。損ねるは大欲と戒めよ。


 つまり出兵しても戦ってはならない。戦って兵を失うことは欲をかきすぎだとのことである。

 これまで出兵して連勝のクローゼを擁して戦えば必ず勝ってきた。

 それが「出兵しても損害を出すな」の卦では、彼の才覚からすれば不本意だろう。

 別の将軍に任せることも考えられるが、そうすると敵に手のうちを読まれかねない。

 勝つつもりで出兵したうえで、兵を損ねずに戦場を去る。並みの将軍では付け入るスキを与えるようなものだ。ここは意に沿わなくても最強の将軍であるクローゼに委ねるほかない。

 他、政の要点などの解釈を得て、フランツ王一行は首都へと帰還した。




 フランツ王が王城に入った。ただちにクローゼが呼び寄せられる。

 大陸最強のクローゼは得意の神速の占いで今月の出兵を占っていたが、「戦うべからず」との卦を得ていた。もし王から「戦え」と命じられたらどうするべきだろうか。

 断固として拒否するのも一手ではあるが、それでは王命にも神の思し召しにも反することになる。それではただ憂き目を見るだけになってしまう。

 思惑を抱えたまま王の前にぬかずいた。


「クローゼよ、今月の出兵を任せたい。ただちに兵を整えてブロンクト公国との戦場へ赴くのだ」

 やはり「戦え」との下命だった。まずは王の機嫌を損ねないよう気を遣わなければならない。


「陛下、前月に戦ったばかりです。今月も出兵では兵たちに要らぬ負担をかけることになります。日頃の収穫にも影響を与えますゆえ、今回は控えたほうがよろしいかと」

「どうも、クローゼは此度の出兵に反対のようだな」

「いえ、エルフ神の思し召しであり王命とあれば、それに背くつもりはございません」

 自分としては不本意であると匂わせつつ、命令には従うことを誓約する。


「エルフ神の詳しい思し召しを明かすことはできない。しかし今月は、兵を挙げても損ねるな、ということらしい。戦に詳しいクローゼなら、どのような戦い方が求められているのかわかるのではあるまいか」


 これはまたエルフ神の思し召しの不確かなことよ。

 兵を挙げるのは戦うためであるのに、兵を損ねずに戦いを終えなければならないとは。国境を侵すだけで、相手の対応を見て分が悪そうなら帰ってかまわないということだろうか。


「クローゼの戦い方に期待はするが、なにひとつ得るものがなければいったん降格させることはあるやもしれぬ。兵を連れ出す以上、必ずなにかを得てまいれ」


 これはいったん降格させるのが狙いだろうか。

 やはり連戦連勝だからこそ、それを妬む者が何名かいるだろうか。もしやフランツ王自らが疎んでいるとは思いたくもないが。


 しかし出兵するなら兵糧や装備などを整えなければならない。それを費やしながらも戦いで兵を損ねないで帰ってくる必要がある。相当の無茶振りと言ってよい。

 だが王命であり、なによりエルフ神の思し召しなのだから背くことは重罪に値する。


 クローゼはしばし逡巡したようだが、意を決したようだ。

「かしこまりました。王命謹んでお受け致します」

 フランツ王に深々と一礼し、儀典長から采配を受け取った。



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