第8話 模擬戦
まだ迷いが晴れないフィリップを見て、ヨハンはひとつ提案した。
「それでは兵を分けて模擬戦をしようじゃないか。フィリップは占いで戦い、俺は〈兵法〉で戦う。その結果を見て決めればよかろう。〈兵法〉が神託に勝るところを体験すれば、お前だけでなく兵たちも意識を改めるはずだ」
実際に〈兵法〉がどのようなものなのか。占いよりも信じるに足るものなのか。実際に手合わせしなければわからないことが多い。
それに最終的には将軍であるフィリップだけではなく中間指揮官、末端の兵に至るまで〈兵法〉が浸透させなければ統一された軍隊とはいえず、数ほどの働きは期待できない。
そもそも兵の数は王国軍のほうが格段に多いのだから、まともに当たって勝てるはずがないのだ。だからこその占いなのだろうが、不確定要素が多すぎてあてになどできはしない。
そこでヨハンは総兵力の一割を率い、残る九割をフィリップが指揮することとした。
「それではお前の手並みを見せてもらおうか、ヨハン。日頃からの〈兵法〉講釈が口ほどでもないことを味わうのだな」
模擬戦だからこそ、双方とも防具は身につけるが、槍や剣、弓矢などは持たず木刀だけを手にしている。そして木刀で打たれた者は戦闘不能とみなして後方へと退避する決まりとした。
公国の郊外に広がる演習場において、ヨハン率いる〈兵法〉軍とフィリップ率いる占い軍が正対している。兵力差九倍による模擬戦である。
ヨハンは〈兵法〉で軍を率いることになるのだが、中間指揮官と兵たちが戸惑ってしまっては〈兵法〉の実力を発揮できない。
そこでフェアリー族のカルムにサイコロを持たせ、卦の解釈はさも自分が知っているかのように振る舞うことにした。
占いを信奉している中間指揮官と兵たちには「自分の上官の言うとおりに行動するように」と言い含めてある。つまり将軍であるヨハンの命令が下達されるのだ。
模擬戦を始める前にヨハンは兵たちへ向かって意気込みを語る。
「今回の模擬戦は、私の手並みを発揮する場である。本来なら互角の兵で査定したいところだが、王国軍はわが軍の十倍の兵を擁している。模擬戦でもそれに近い兵力差で挑まなければ今後の参考にすらならないだろう。数が少ないということは、それぞれの兵が手を取り合って、一致団結して事に当たらなければならない。少数でのケンカでも、一緒に戦う仲間とは息を合わせるものだ。数が少ないからこそ互いを信じなければならない。アルスの神の思し召しは、必ずや全力を発揮した者を勝ちとするだろう。諸君の奮闘を期待する」
フィリップは九倍する兵力を有し、万が一にもヨハンに敗れるとは思っていなかった。いつも上から目線で〈兵法〉を押しつけようとするヨハンに手痛い現実を見せつけてやろうかという気になっていた。
フェアリー族のウィルからサイコロを手渡されると、ただちに振って卦を得た。雑用係に解釈を聞くと「前進して攻撃するべし」とのことだった。フィリップは勝利を確信した。
「これから敵軍に攻撃を仕掛ける。全軍進撃せよ」
「ヨハンのやつ、今頃後悔しているだろうな。だが占いよりも〈兵法〉のほうが上だと言い続けるのかもしれない。叩けるうちに叩いておいて、減らず口を封じてくれるわ」
「カルム、サイコロを」
フェアリー族の女性からサイコロを受け取るとヨハンはただちに振って卦を得た。そこから先はまったくのでたらめである。占ったつもりで演じるだけだ。
「卦は出た。左回りで敵の突進を回避し、その側背へ攻撃を仕掛けるべし。全軍われに続け」
ヨハン軍はフィリップ軍の九分の一しか兵がいないが、それは部隊の敏捷性に影響を与える要素でもある。四千五百の兵は五百の兵ほど方向転換がスムーズにいかない。つねに五百の兵が先に動けるのだ。
その利点をヨハンは最大限に活かし、敵軍を華麗にかわしてその側背を突く。
敵軍はその場で停止している。どうやらフィリップが占いの卦を立てているようだ。フィリップが動き出す前までに倒せるだけ倒してしまおうと、ヨハンは全軍に猛攻を指示した。
そろそろフィリップの占いがわかるはずだ。こちらも「ふり」だけはしておかなければならない。カルムからサイコロを受け取ると、すぐさま振って卦を得る。
「神託である。全軍ただちに敵から距離をとれ。今はこれ以上の打撃は必要ない」
そう言うと、最前線にいたヨハンは味方の兵を押し返すようにフィリップの軍から距離をとった。将軍の動きに軍全体が同調する。
これなら問題はない。ヨハンは確信を持ったが、九分の一の兵しかいないことには変わりないので、絶えず動いて敵に的を絞らせないように立ち振る舞った。
対クローゼを想定するなら、フィリップが都度都度占うのではなく、一度に三つの卦を得ればよいのだ。そうでなければクローゼの神速の占いに対抗する準備にもなりはしない。あとでそこを指摘してより実戦に近い状況を作り上げるのがよかろう。
〈兵法〉を駆使したヨハン軍がフィリップ軍をこてんぱんに叩きのめしていったのも当然の帰結であった。
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