第7話 兵法なら勝てる
「それで、お前の〈兵法〉ならクローゼに勝てるというのか」
フィリップの言葉にはトゲがある。少し丁寧に論を進めるべきだろう。
「〈兵法〉はなにも俺の発案ではない。伝説の皇帝が大陸全土を平定するのに用いた、由緒正しい戦い方なんだよ」
「由緒正しい割りには、現在まで伝わっていないよな。大陸はどこも占いによって兵を動かしている」
「それはミロス王国が、占いによって覇権を握ったからだろうな。誰もが成功者の真似をしたがるものだ」
ヨハンは少しずつ持論を展開していく。
「クローゼが神速の占いを駆使して大陸最強を誇っているのだから、それにあやかりたい気持ちはわからないでもない」
「それならやはり占いを突き詰めるべきだろう」
「クローゼよりも素早く卦を得て解釈もできるというのなら止めはしない。だが、今から編み出して検証している暇はないと思うがな」
「であればやつの占いを盗んでくればよかろう」
「どんな占いなのか知らずに盗んではこれないよな。やつはとくに
「使っていないのか。それでどうやって神託を得るというのだ」
フィリップには占う道具がないなど、思いも及ばないのだろう。
「それはわからないな。ただ雑用係になにか聞いていたふうだったから、おそらく時間と場所が占断に欠かせないのだろうと推測はできる」
「どういうことだ」
「おそらくだが、時間と場所から一定の法則に基づいて計算し、卦を得ているのだろう。筮竹やサイコロに頼らないにはそのせいかもしれない」
「一定の法則に基づいて計算というが、そんな都合の良い方程式があるとでもいうのか」
「俺は占いの専門家ではないからな。感じたままを口にしているだけだ」
ではどのような方法で卦を得ているのか。
フィリップはあれこれ考えているようだが、それで思い至るのであれば、クローゼの常勝神話の底も浅いというものだ。
「だが、そもそも戦が占い頼みでは人事を尽くしたとは到底言えない。勝機を掴むのも運任せになってしまうからな」
その言葉でカチンと頭に来たようで、フィリップの嫌みを誘ってしまう。
「今回、お前なら勝てたような口ぶりだな。クローゼの速攻を封じる策があったのか」
「速攻には速攻で返すんだな。こちらから先に仕掛けていれば、クローゼを受け身にまわらせられる」
「対陣後、程なくして攻めてきたんだぞ。それより先に仕掛けるなんて不可能だ」
フィリップは気が立ってきたようだ。
まあ今まで占いに頼った用兵をして大敗を喫したことがないのだから致し方ない。
「冷静になるんだな。戦いは数が多いほうが勝ち、少ないほうが敗れる。虚を突いたほうが勝ち、実を突いたほうが敗れる。酒場での少数のケンカでもそうなのだ。きちんと戦いたいのであれば、多数で虚を攻めなければならない。この理屈はわかっているはずだよな」
「お前から何度も聞かされているからな。だからクローゼが退却するスキを突いて反撃を試みたわけだが」
「あの状態のミロス王国軍が虚に見えたというわけか。クローゼは隊列を崩さず整然と退却していった。反撃をじゅうぶん予想しての構えだ。あれは退却してはいるものの充実した態勢であることに疑う余地はない」
「つまり、俺は少数の兵で実を突いたから追撃に失敗した、というわけか」
「ご明答」
フィリップはヨハンの駄目出しが面白くないようだ。明らかに顔をしかめている。
「将軍なのだから感情を隠さずおおっぴらに表現するのはやめたほうがいいぞ。敵の策略に乗せられるだけだ」
「しかしだな。戦史をひもとけば、占いによって戦い、勝ちを得る軍のほうが多数なのだぞ。それに引き換え〈兵法〉など近年使われたためしがない。どちらが信用できるか。赤子でもわかると思うのだが」
「それは単に使用回数の問題でしかないな。現実に戦えば占いは〈兵法〉には勝てない。まぐれ勝ちがないとまでは言わないが、きちんと準備を整えておけば確実に〈兵法〉が占いに勝てる」
「しかし中間指揮官や兵たちが〈兵法〉に従うものだろうか。彼らにしてみれば、将軍の命令が神の思し召しを根拠としているからこそ言うことを聞くのだ。〈兵法〉などという神の意志が反映されていないものに信頼を寄せるのは難しいと思うのだが」
まあ確かに将軍が〈兵法〉を論拠にしたら、それまで「アルスの神の神託による卦」という建前がなくなるのだから、命令を崇め奉ることもなくなるだろう。
しかしそれが悪いことだろうか。どんな手段を用いても勝てばよいのではないか。もちろん建前として占ったことにして、〈兵法〉に則った指示を出す手段もある。
当面はそれで乗り切り、状況が安定したら少しずつ兵たちに〈兵法〉を馴染ませてもよいだろう。
今はまず〈兵法〉を操る人物に信頼を集める時期だ。フィリップが〈兵法〉を取り入れて戦いに勝つ。
繰り返すことで求心力を高めていけばよい。なにも最初から〈兵法〉へ大転換する必要もないのだから。
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