第6話 ヨハンの指摘

 雑用係にヨハンを呼びに行かせたフィリップは、此度の戦の反省をしていた。

 神託の卦を無視して追撃を仕掛け、反撃を被ったのは大陸での戦ではご法度である。

 なんのためにアルスの神に伺いを立てるのか。

 それが大自然や人々を生み出した「アルスの神の思し召し」だからである。

 人知の及ばない大いなる力である以上、小賢しい人間が自らの判断に従っては、神の意志に勝つことなどできやしない。

 ヨハンは占いに頼らず、人知の及ぶ範囲内で勝ちを拾うべきだと主張している。

 神託によらない戦いでクローゼに勝てるのだろうか。


 そう思案していると、雑用係がヨハンを連れて戻ってきた。

「よう、フィリップ、元気そうじゃないか」

 あいかわらず嫌みを含んだ声色である。

「まあアルスの神に背いた勇気だけは褒めてやろう」

「お前が見てもまずい手だったのか。じゅうぶん追撃可能だと思っていたのだけど」

 含み笑いを浮かべているヨハンの肩から降りたフェアリー族のカルムは、同族かつフィリップの相棒であるウィルのそばまで飛んでいった。

「ウィル、あなたなんでフィリップ様を止めなかったのよ」

 若干迷惑そうな素振りをウィルが見せている。


「俺はちゃんと卦を守るよう進言したんだけどな。フィリップ様が同じ場面でもう一度占ってしまったんだよ。それに従って反撃を食らったんだ」

 この場ではフィリップの分が悪そうだ。

「占いで追撃を選んだのは悪手だったな。きちんと〈兵法〉のことわりに従っていれば、あの場面での追撃など頭の隅にも入らないんだがな」

「それじゃあどう戦えばよかったんだ。お前は今回も私の戦い方を見ていたはずだが」

 ここはフィリップの頭を柔軟にしておく必要があるな、とヨハンは判断したようだ。


「まず対陣してすぐにクローゼが攻め寄せてきた。しかし距離はあるのだから、しっかりとどう動こうか見極めていれば、遅れをとることもなかっただろうな。それは占いでも〈兵法〉でも同じだ。正対しているときにはすでに策を持っていてしかるべしだ」

 カルムもウィルもヨハンの言い分を聞き逃すまいと耳を傾けている。


「どうせ占いなんて半分も当たればよいほうだ。であれば、前もってアルスの神に伺いを立てておくべきだった。敵に後れをとっては勝てる戦も勝てないからな」

「勝てたと思うのか、お前は」

「ああ、楽勝だろうな」

「あのクローゼを相手にしてだぞ。やつの占いは神速と謳われている。お前はやつよりも素早く占えるのか」


「いや、占いは俺の領分ではないな。やはり〈兵法〉あったればこそだ」

「それじゃあ私に勝ち目なんてなかったことになるな」

 気落ちしたフィリップはやや捨て鉢になっているようだ。


「まあ聞いておけ。クローゼは最初の三つの行動と吉方位・凶方位、進退の是非などを一度に立てているようだな」

「そんなことができるのだろうか。ひとつの神託が正しかったかどうか検証もせずに三つずつ占いを立てていたのであれば、お前の言うバクチと大差なかろうに」

「そう、バクチだ。だからこそ最初から三つの行動をセットで占っているんだよ。そうすれば当たり外れが半々であろうと、ひとつは正しい行動が取れるはずだからな」

 黙って聞いていたフィリップはなにかに気づいたようだ。


「それなら、私も三つの卦を一度に立てるようにすれば、クローゼにも勝てるのか」

「いや、今の占いでは無理だろうな。クローゼは卦を立ててから解釈事典を開いていないのは今回も確認している。すべて頭の中で完結しているようだな」


「そんなはずはない。都度都度占いを立てなければ戦況に応じた神託は得られないはずだ。一回の占いで三回の行動を定めるなんてできるわけがない」

 頭を掻きながらヨハンは言葉を返す。

「俺は山の上から実際にクローゼの動きをつぶさに観察している。やつが占いを立てた素振りは三回に一度くらいだったぞ。書記官に記録されていたものだけを見ると、最初の動き出しと突撃をフィリップにかわされて距離をとったときの二回だけだった。その間に占いを立てた様子はなかった。つまりクローゼは三度に一回しか卦を立てていないことになる」

 彼は考え込む表情を浮かべている。


「フィリップが三つの卦を一度に得たとして、解釈事典に当たる時間がどれほどかかると思っているのか」

 どうやらフィリップは合点がいったようだ。

「つまり占いで勝負しているかぎり、私はクローゼに勝ちえないということか」

「いや、占いである以上バクチだから、まぐれでもクローゼに勝てる可能性がなくはないだろう」

「勝てたとしてもまぐれ当たりだけ、か。ヨハンは厳しいことをずけずけと言ってくるよな」


「だから俺と気が合うんじゃないか。直言を受け容れようとする態度は、おそらくクローゼにはないはずだ。やつは自らの占いに絶対の自信を持っているだろうからな」


「やつの占いは百戦百勝と言っていい。今回だって私はやつの打つ手に振りまわされてしまったし、退却するところをとらえて反撃を試みても簡単にあしらわれてしまったからな」



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