第二章 仕官
第5話 帰国の報
軍を率いて公国首都へ帰還したフィリップは、トパール公爵と謁見して此度の戦の内容を報告した。
「将軍フィリップよ。汝が神託に背いて兵を損ねたこと、あまり感心せぬな」
「は、誠に申し訳ございません。いささか欲をかきました」
「欲をな。機を見るに敏とはいうが、一度定まった神託の卦を裏切るのはアルスの神に背く行為だ。今後そのようなことがないよう肝に銘じるのだな」
「恐縮です」
トパール公爵は厳しいことを言ってはいるが、激励の表れであろう。
もし不興を買ったのであれば、ただちに配置転換されるはずだからだ。
「まあよい。全体的には負け戦に類するが、此度は失った兵も少ない。ミロス王国軍を先に戦場から追い出した功がフィリップにあることは疑いようもない。勝敗が定まったのち追撃をかけようとして神託に背いたことだけを教訓として、引き続きフィリップが兵を率いるのがよかろう。この結果では恩賞は出せんからな」
此度の戦は兵をいささか損耗したものの、結果的には王国軍を追い返すことには成功している。
やるべきことは行なっているのだから飛ばされることはまずありえない選択だ。
だからこそ、恩賞を得るには最後の要らない追撃を行なって反撃を食らったのが失点だった。
「ありがたきお言葉、身の引き締まる思いです」
謁見が終わると全軍が待つ広場へ赴いて、今回の処分を伝達した。
その報は兵たちを安堵させた。最高指揮官が処分を受けなかったことで、下で働く自分たちにも処罰はないとわかったからだ。
結果的に損害が軽微だったため人間族の兵の士気は依然として高く、中間指揮官と契約しているフェアリー族にもいっさいの処罰はなかった。いや、魔法でエルフ族の突進を威圧を抑止できた功績は評されてもよいほどだ。
人間族でも魔法を使える者はいるが、圧倒的に数が少ない。生まれながらにして魔法が使えるフェアリー族とドラゴン族は、魔法を駆使するエルフの軍に対抗するには欠かせない戦力なのである。
そこでフィリップは自らの蓄えの中からフェアリー族の戦士たちに恩賞を与えることを発表した。これからも戦場で実力を存分に発揮してもらいたいからだ。
本来将軍が部下へ恩賞を与えるのは、賞罰権の観点からは望ましいことではない。しかしフェアリー族の力を借りなければミロス王国とは満足に戦えないため、彼らをブロンクト公国軍に参加させ維持するためには、大負けしないかぎりは恩賞を与えてつなぎとめる必要があった。
ドラゴン族は戦場から飛び去ったのちすぐに集落へ戻っていることを軍官吏から聞かされた。
彼らはプライドの高い種族であるため、人間族に命令されることを嫌う傾向がある。
戦場でウィルが言っていたように、力を尽くさせたいのなら、相手のドラゴン族とは向かい合わせないようにするのがよかろう。
フィリップはフェアリー族に恩賞を授け終わると、散会とするために広場から退出した。
公国首都に構えられた宮殿の中へ設けられている軍官僚の執務室に戻ると、フィリップは見張り番から旧友のヨハンが尋ねてきたことを知らされた。
国政や軍事、つまり官職や権限には興味がなさそうな男だが、今訪ねてきたことに若干の違和感を覚えた。
負け戦ではあるが損耗は軽微でクローゼの軍を戦場から先に退却させることには成功している。これでヨハンから文句を言われるのは割に合わない。
いや、確かにあまり意味のない部隊運用だった点は認めざるをえない。
しかしそれは対戦したクローゼが唯一無比で最速の占いができるからである。
もしブロンクト公国が大陸に覇を唱えたければ、クローゼを凌ぐ早さで正しい神託を得る占いを手に入れる以外にない。
単純に言ってしまえば、クローゼを引き抜くか、彼から占いを学ぶかする必要がある。
ミロス王国で盤石の地位を占める将軍があえて敵国であるブロンクト公国に寝返ったり最速の占いを伝授しようとするだろうか。王国側に傾いている均衡が崩れるのを良しとするエルフはまずいないはずだ。
そこでヨハンの存在が浮かび上がる。
常日頃から〈兵法〉を唱えており、戦は〈占い〉ではなく〈兵法〉とやらで戦うべきだと何度も進言されていた。
此度の戦もどこかで見ていて、〈兵法〉を使えば勝てたはずだ。そう言うに決まっている。
ヨハンなら、退却を始めたクローゼを追撃することを是とするだろうか。
だが大陸の戦は双方が神を祀って〈占い〉を立て、卦を得て解釈する流れで意思决定がなされるものだから、仮に〈兵法〉を使いたくても全軍は従わないのではないか。
兵たちは「神の思し召し」だからこそ将軍に忠誠を尽くすのではないか。
此度の戦はクローゼが積極的に攻めてきた割に、攻撃の徹底はなされておらず、いささか手詰まりを感じたのも事実である。
おそらくエルフ神の選択は「人間族を殲滅するべし」というほど過激な内容ではなかったのだろう。
だとすれば、万一「人間族を殲滅するべし」との卦が立てられる前に、なんとかクローゼを打倒する以外に、ブロンクト公国が生き残るすべはないとも言える。
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