第4話 あっけない幕切れ

 両軍が距離を置いて対峙したまま時は過ぎていく。

 クローゼの占いの早さを考えれば、おそらく「とどまるべし」または「退却するべし」の卦を得たのだろう。

 だから今公国軍が退却しても追撃してくることはない。

 フィリップはそう確信した。


 王国軍が退却していくときにいくらか兵を損ねさせることは可能だろうか。

 先ほど出た卦は「本国へ退却するべし」だった。そこで彼はもう一度占ってみることにした。

「ウィル、サイコロを」

「えっ、いいんですか。同じ状況での二度目の占いはご法度なはずだよ」

 相棒のフェアリー族は意外そうな表情をしている。

 フィリップはウィルが不承不承手渡してきたサイコロを受け取って、改めて振ることにした。


「アルスの神にわがブロンクト公国軍の進退を伺う。アルス暦二百二十三年五月一日九時十五分。わがブロンクト公国領リューガ山麓において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」


 得た卦の解釈は「追撃するべし」だった。先ほどの「本国へ退却するべし」とは異なる解釈にフィリップは迷いが生じた。

「だから一度決まった卦をもう一度占うべきじゃないんですよ。アルスの神に失礼じゃないですか」

「そうはいっても、明らかにチャンスじゃないか。ここで追撃をかけたほうがよさそうだし」

「それじゃあアルスの神に占いを立てた意味がないでしょうに」


 ウィルの嫌みを聞きながら、フィリップはただちに公国軍の隊列を整え、クローゼが退却を始めるまで待つことにした。

 公国軍は陣の再編を完了し、王国軍の出方を待っている。


 しばし時が経ち、王国軍は整然と戦場から退く素振りを見せた。

「よし、追撃だ。ただちに敵へ打撃を与えるぞ」

 フィリップが叫ぶとブロンクト公国軍は一斉に王国軍へ襲いかかる。


 大波が押し寄せるかのような公国軍の進撃を受けても王国軍は動じることなくいったん退却をやめ、迫りくる矛先へ軽く一撃を加えた。

 王国軍から手痛い反撃を被った公国軍が追撃速度を鈍らせたところで、クローゼは軍列を乱さずにゆっくりと退却していった。


 フィリップはそれ以上の追撃を断念せざるをえなかった。

 王国軍が戦場を離れたのを最後まで見届けた公国軍も、フィリップの指揮のもと帰国の途に就く。


 王国軍が撤退を開始した時点で、戦はすでに終了していたのである。

 それなのにアルスの神の卦に背いてしまったフィリップは、再度頭を悩ませることとなった。


 戦えば勝てそうだと思ってしまった。

 結果としてアルスの神の卦に背いてしまったのだ。

 だがもし卦が神の思し召しなのであれば、二度目も同じ卦が出てしかるべきだ。

 なぜ神は異なる卦を出したのだろうか。フィリップの悩みは尽きなかった。




 今回の戦はクローゼの評判をいやし、フィリップが後手にまわる将軍であると大陸で再認識されることとなるだろう。


 そもそも占いに頼った兵の運用では、偶然の要素が強すぎてバクチを打っているも同然だ。

 フィリップはけっして凡将ではない。ただ占いに頼りすぎているがゆえに、用兵に一貫性がないのだ。

 大陸最強の呼び声高いクローゼも、誰より素早い占いで主導権を保ってはいるものの、占いを打ち止めさせれば勝てない相手ではなかろう。

 それには占いに頼らない兵の運用が求められるのだが、今のブロンクト公国軍がそれを受け入れるのかどうか。


「カルム、今回の戦いをどう見るかい」

 ヨハンは左肩にとまって〈遠見〉の魔法を片付けていたフェアリー族のカルムへ問いかけた。

「そうですわね。なにか動き方がぎこちないですよね、両軍とも。いくら神の思し召しだからといって、占いに頼っているからどうしようもないんでしょうけど」

 彼女の言葉は真実を穿うがっている。


「酒場で気が大きくなってケンカを始めるとする。そのとき双方占いを立てながら殴る・蹴る・投げる・める・走る・かわす・避けるなどを決定してやつなんて誰ひとりいやしない。

 なのに大勢の人命と国家の威信がかかる戦ではいちいち占いを立てている。不合理このうえないよな」


「それでも大勝ちも大負けもしないから、戦が長引くのでしょうね」

「カルムの言うとおりだな。神の思し召しだとして、どちらも偶然に任せて戦っているにすぎないからな。双方に殲滅するべしとの卦が出ないかぎり、大きな犠牲は出ようはずもない」

「そういう意味では、危険の少ない戦ではあるのですよね」


 そう。占いで行動が決まっているのだから、よほどひどい卦が双方に出ないかぎり、全面戦争になることはありえない。

 そう考えれば大国の嗜みとしての戦ならそれでよいのかもしれない。しかしそれではいっこうに平和が訪れることもないのだ。


「フィリップも〈兵法〉を取り入れてくれればいいんだがな」

「それじゃあヨハン様が将軍になればよいではありませんか。長年研究されている〈兵法〉を活かせるチャンスかもしれませんよ」

「いや、まったく軍歴がなく指揮官すら経験してない人に務まる役職ではないな」

「それだから口先ばかりって陰口を叩かれるんですよ。いいじゃないですか、未経験でも。そのくらいのほうがかえって斬新な策が提供できそうですし」

「そのためには、フィリップをなんとか丸め込むしかない、か」

「私もウィルを説得してみますよ」

「それは心強いな。ウィルがこちらに付いてくれれば百人力だ」


 リューガ山頂から交戦の一部始終を見守っていたヨハンは、カルムを伴って公国首都へと馬を走らせた。




(第一章完。第二章第五話は五月二日十九時十分に予約投稿致します)。

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