第3話 戦を支配する占い
ミロス王国軍に先手をとられたブロンクト公国の将軍フィリップは、連れてきたドラゴン族が
「あいつら、もう少し協力してくれんものか」
フィリップの肩にとまっているフェアリー族のウィルが物知り顔だ。
「無理無理。同族殺しはしない性分だからね、彼らは。どうしても戦わせたいなら、エルフ族とだけ戦わせるしかないよ」
ずいぶんとあっさりした物言いだが、実際そうなのだから致し方ない。
「それよりクローゼの速攻をどうにか封じないとな。今のままでは戦いようがない」
そういうと、おびき出された兵たちがクローゼの軍に倒されそうになっていた。フェアリーたちが〈困惑〉の魔法をかけて王国軍の進撃を鈍らせている。
その間、ただちに雑用係の兵を呼んだ。フィリップはウィルから手渡されたサイコロを振るための祝詞をあげた。
「アルスの神にわがブロンクト公国軍の進退を伺う。アルス暦二百二十三年五月一日九時七分。わがブロンクト公国領リューガ山麓において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」
どのような策をとるべきかを占ったのだ。
そもそもこの占いはミロス王国から盗んだものを人間族に合うよう手を加えたものである。しかも解釈事典はエルフ語で書かれているため、読み取る雑用係も寝返ったエルフ族のひとりだ。
フィリップはサイコロで卦を得た。雑用係が解釈事典で結果を調べると「右方向・東へ転進して敵軍の側面をとらえよ」との卦を得た。
「この状況で東へ転進しても王国軍の側面をとれるとは限らないと思うんだけどね」
ウィルの言いたいこともわからないではない。
今から東へ転進しても、そのときには王国軍はさらに変化している可能性が高い。
しかも相手は速攻に定評のあるクローゼだ。こちらの意図をかわしてしまうかもしれない。
「だが占いは神からの託された言葉を聞くもの。それに背いては神の加護は得られない。ここは卦のとおりに動くほかない」
「それがエルフ神だってことは無視するんだね」
「だからわが人間族の祖先であるアルスの神に伺いを立てているのではないか」
「かなりの方便だよね」
軽口を叩きあっているものの、両軍の距離が詰まっていて王国軍を回避するゆとりはない。
だが神託の卦であるから、フィリップは状況を確認せずにただちにそれを実行に移した。
すると公国軍は追い立てられながらも、なんとか王国軍の側面をとらえることに成功した。
「よし、これで形勢は逆転だ。全軍突撃せよ」
しかし王国軍はかまわず前進を続けてフィリップの反撃を空振りに終わらせた。
クローゼの神速の占いはなにものにも代えがたい資質だ。もしわが軍に所属していれば、全軍を指揮するにとどまらず、国を動かす逸材ともなろう。
今はミロス王国の将軍を務めているクローゼだが、元々それほど高位でないエルフ貴族であったという。
しかし誰よりも素早く正しい卦が出せる占いを発案したことで、ミロス王国で最高の将軍と呼ばれるまでに上りつめたと伝え聞く。
「なんとかクローゼの占いを手に入れたいところだな。こちらの打つ手をことごとくかわされてしまうとは」
「まああれだけ早いと、本当に占っているか疑わしいけどね」
「まさか占っていないだなんてことがあるはずもない。戦は神聖な行ないなのだから、神を奉じなければ国民を危険に晒す意義がないはずだ」
いったん距離をあけられたが、直後に王国軍が反転してきて公国軍の側背をとらえられてしまった。
「やはりどうして打つ手が早い。ウィル、サイコロをくれ」
どうやら距離をとったわずかなスキに占って卦を得ていたようだ。
なんという恐るべき早さを誇る占いなのだろうか。
やはりクローゼは危険だ。
「それはいいんだけど、卦が出て解釈がわかるまで軍を動かさないのはまずいと思うんだけど」
「そう思わないこともないではないが、すべての行動は神託によらなければ独断で軍を動かすこととなって、アルスの神や公爵閣下に申し開きができぬからな」
フィリップがすぐさま占いでサイコロを振って出た卦は「東に退くべし」であった。
進行方向そのままに、交戦することなく東へ直進。
それほど損害をこうむることなく両軍が対峙する格好となった。
「攻めて、こない。クローゼはどんな卦を得たのだろうか」
「今のうちに兵の再編をするべきだよ、フィリップ」
ウィルの言い分が正しいだろう。相手が動かない理由を考えるより、こちらから攻撃できるだけの準備は整えておくべきだ。
「兵を所定の配置に戻すのだ。再編を急げ」
フィリップは部下に支持を与えると、その間にウィルからサイコロをもらってすぐさま占おうとした。
おそらくクローゼはすでに卦を得ているはず。
そのうえで動かないのは「とどまるべし」との卦を得たに違いない。
公国軍が向かっていかないかぎり交戦状態には入ることはないだろう。
占って得た卦を解釈させると「本国へ退却するべし」であった。今回の戦はここで終了ということになる。
こちらが退却するのに合わせて急進してくる可能性もあるが、クローゼはそれを待つ必要などない。
つねに先手がとれるのだから、戦いたいときにいつでも先に動けるからだ。
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