第2話 比類なき才幹のクローゼ
ミロス王国かつ大陸で随一の将軍であるクローゼは、戦場の場所と現在の時刻を雑用係の者に尋ねると、書記官に向かって
「エルフ神にミロス王国軍の進退を伺う。ミロス暦三百五年五月一日九時ちょうど、ブロンクト公国領リューガ山麓において、いずれに進むべきか退くべきかまたはとどまるべきか」
書記官が日時と場所を紙に書き付けて、クローゼのさらなる言葉を待った。
「卦は出た。〈北から攻めるべし〉。ドラゴン族に咆哮をあげさせよ。それをもって敵の戦意を挫くとともに、全軍北から南へ進んで敵をなぎ倒さん」
直ちに命令は実行に移された。
王国軍は北からブロンクト公国軍へと襲いかかったのだ。
公国軍もドラゴン族が咆哮して上空へと浮かび上がる。ドラゴン族は同族とは戦わない姿勢を貫いていたので、公国軍にドラゴン族がいるのを確認すると、双方のドラゴン族はともに戦場から飛び去っていった。
「先手はとれたな。よし、このまま突撃して敵の陣形を乱れさせよ」
クローゼの占いは、場所と時刻から計算で割り出す占いであるため、他の将軍のように
そしてその解釈もすべて頭に入っているので、他の将軍のように出た卦を雑用係に解釈させる時間も短縮できる。
しかも同時に三つの伺いも立てられるのだ。
そもそも人間族のブロンクト公国が用いる占いはエルフ族のミロス王国に端を発している。
もとは「エルフ神」を祖神とする占いで、出た卦の解釈はゆうに五百とおりを超えるのだ。
すべての卦の解釈を憶えておけば問題はないのだが、実際問題として五百を超える解釈をそらんじる人間がどれほどいようか。
さらに人間族の前身である神族に伺いを立てることになるので、エルフ神とは解釈違いが数多く出てしまい、それがさらなるミスを誘発しうる。
その点エルフ神の後継たるエルフ族の国・ミロス王国では、占いはそのまま用いられるので必然的に占う速度は早くなるのが道理だ。
他の将軍が用いるエルフ神への占いをもとにして、計算で卦を割り出せるようにしたのが、占いの天才クローゼである。
だからこそ、用いるのが唯一かつ最短の時間で卦のわかる最強の占いとされているのだ。
「〈火炎〉の魔法を十時の方向に放て。敵を右手に誘い出す」
クローゼの鋭い声が戦場に響き渡る。
エルフ族は魔法に長けており、程なくして王国軍から〈火炎〉が放たれ、公国軍は隊列を乱されてクローゼの言ったとおり右手に誘い出された。
これがクローゼの得たふたつ目の卦である。
公国軍は〈冷却〉の魔法を発動して延焼を食い止める。同時にフェアリー族の〈困惑〉の魔法によって王国軍の進撃速度はじょじょに鈍っていく。
フェアリー族はエルフ族・人間族の手の大きさほどしか背丈はないが、魔法に特化した種族で空が飛べる。
人間族とともに生活することを選んだフェアリー族は、契約によって衣食住を保証されることで、その人のために日頃から魔法をかけている。
家庭では炊事場で火を扱ったり、風を起こして
新たに家庭を持つ上級の人間族は、フェアリー族との間で魔法の契約をするのが一般的とされている。
契約できない家庭は下流と判断され、税の優遇を受けることもできるらしいが、生活水準は当然下がってしまう。
あえて契約しない上級家庭はよほどの変人だけだとされている。
それはクローゼも知るところであり、事実敵将フィリップに付いているウィルというフェアラー族が魔法を指揮する場面を何度となく見てきた。
体が小さいので弓矢で狙ってもまず当たらない。それだけでなく風の魔法で直撃するはずの矢も逸らされてしまうのだ。
だからクローゼはフェアリー族は意図的に狙わないように厳命していた。無駄なことにのめりこむ必要はない。
「一時の方向に突撃せよ。これで勝利はこちらのものだ」
進撃する王国軍の右斜め前へおびき出された公国軍を、クローゼは確実にとらえようとする。これが三つ目の卦である。
この攻撃が終わると再度占いを立てて卦を得なければならない。
クローゼの占いは一刻につき三つの卦が自動的に決まってくる。
それ以上占いたいときは、再度場所と時刻から卦を出し直さなければならない。
あまり頻繁に占っても同じ卦しか出ないが、頭の中で計算して卦を得るため、クローゼは他の将軍と比べて圧倒的な速攻に定評がある。
初めの攻撃を
これまで戦場において、占いを再び立てることなどなかった。それだけ公国軍を圧するほど一撃の力が強いのだ。
初太刀で公国軍に継戦できないほどの破壊力を見せつける。
それができるのも、つねに最速で卦を得て、解釈を行なって実行に移す。
誰もクローゼの域に達することはできない。
よって大陸最強の将軍としてその名が轟いていた。
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