占い魔法全盛の世に、兵法で戦いを挑むとある青年の無双戦記

カイ.智水

戦は神の思し召し

第一章 神の代行者

第1話 占いによる伝統的な戦

 リューガ山頂に騎馬を止め、ヨハンはフェアリー族の女性カルムへ〈遠見〉の魔法を頼んだ。用意が整うと、眼下に広がる戦場を俯瞰する。


 ヨハンが属する人間族の国・ブロンクト公国とエルフ族の国・ミロス王国が軍勢を率いて対峙しているのである。

 そして公国軍フィリップ将軍と王国軍クローゼか互いに相手の出方を探っていた。


「今回もクローゼの勝ちだろうな。伝え聞く用兵の素早さは、いかにフィリップがよい占いを使いこなしていても追いつけるものではない」

 ヨハンはカルムに声をかけた。


「では今回も公国軍の負けですか。ウィルは生きて帰れるのやら」

 フィリップに仕える同じくフェアリー族のウィルのことを心配しているふうでもなく軽口を叩いている。

「まあフィリップが付いていれば心配なかろう。あいつは自らを滅ぼすような短慮はしない。よく考えられるからこそ、占いなどという旧習にとらわれていては敗北は免れないがな」


「それって王国軍のクローゼがあえてフィリップを見逃していると思われてしまわないか」

 王国軍の陣を拡大してくれとヨハンが頼むと、はいなと威勢よくカルムが応じて〈遠見〉の魔法を調整する。


「クローゼがどのように占いを立てているのかを看破できれば、対策の立てようもあるんだがな。フィリップの占いも早いほうだが、それを上回る秘訣を知れたら対処のしようはありそうだ」

「戦に加わらずそんなことを考えているから、公国でも冷遇されるんですよ、ヨハン様は」


「減らず口を叩くなよ。勝てるかどうかわからない戦なんて、バクチに出るのとなんら変わらない。そんな不確かなものに命を懸けられるかって。必ず勝てるとわかっていれば、俺だって戦うんだからな」

「誰だってそう思っていますよ。でも不平を鳴らさず従軍しているじゃありませんか」


 カルムの言葉は右から左へ流された。

「クローゼはなにか持っている様子はないな。周りの者が控えているのかもしれないが。そばに控える書記官へなにか伝えているように見えるが。もしかしてすでに占い終わっているのか」

 疑問が確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。


「やはり大陸で最速の占い師はクローゼだったな。すでに全軍へ命令を発している。カルム、フィリップに焦点を合わせてくれ」

 はいなとカルムは事もなげに〈遠見〉の魔法を調整した。


「フィリップはサイコロだな。まあぜいちくよりも早いのは確かだが。卦が出てから書記官にその内容を確認させている。そんなことをしているからクローゼに出遅れるのだと、いつになったら気づくのか」

「それを教えるために、今日ここまでってきたんでしょう、ヨハン様」

 フェアリーはさも当然かのような態度だ。


「それもそうなんだけどな。まさかクローゼがほとんど占っているような素振りを見せていないとは思わなかった。あれはサイコロも筮竹も使わないだけでなく、卦の内容が頭の中にすべて入っているのだろうな。どのような占いなのかぜん興味が湧いてきた」


 素早く占いの卦を出すクローゼがつねに主導権を握り、公国軍は振りまわされ続ける理由はそんなところにあるのではないか。

「でもヨハン様は占いをいっさいなさいませんよね」

「言っただろう。占いで戦うか退くか決めるなんてバクチでしかないって」

「でも占いは神の思し召しなんですよね。ただのバクチではないと思うんですけど」

「フェアリーのお前がそこまで信心深いとは思わなかったよ」


 占いは神からの啓示を聞く手段であり、戦も神の意志を反映したものとされていた。

 だから、とくに戦の場では占いを立てて神の意志を聞き、それを過たず実行に移せる者こそが優秀な将軍だとされている。

 ブロンクト公国で暮らしているヨハンは、そのような馬鹿げた戦い方に嫌気がさしていた。


「まあ占いでより素早く行動に移ったほうが信心深いし、神の恩寵を得ているとされているからな。クローゼはよほどエルフ神に愛されているのだろう」

「私には嫌みにしか聞こえませんけれどもね」

 確かに嫌みだな。


 戦いは数が多いほうが勝ち、不意打ちをしたほうが勝つ。

 町のケンカでも見られるほどきわめて単純なものなのだ。

 ケンカの際、いちいち占いを立ててから殴りかかる者など誰ひとりいない。

 にもかかわらず国家の存亡を懸けた戦では、なぜか占いを立てて運用している。

 そんな馬鹿げたことがあるだろうか。


「戦には法則があるはずだ。弱い者が強い者に勝つのは理不尽極まりない。しかし大陸での戦は占いによって決まる。弱い者でもそれなりに戦えてしまうし、いくら強くても消極的になって自ら撤退することだってある」

「そんな理不尽を解消するのが、ヨハン様のおっしゃる〈兵法〉なのかしら」

「ああ、〈兵法〉はすべて合理的だからな。理不尽なことなど起こりようもないし、入り込む余地もない」

「それならフィリップ様に教えて差し上げたらよかったんじゃないですか」


 ヨハンは後頭部を掻いている。

「俺は〈兵法〉を研究してきて、今まで戦いには出てこなかったからな。門外漢からの指摘なんて誰が素直に受け入れると思う」

「言われてみれば確かに」


「〈兵法〉も形になってきたし、そろそろフィリップに教えられるところまで理論が進んでいるからな。あとは敵のクローゼがどのような用兵を見せるのか。その確認ができれば、次回から遅れをとることもなくなるだろうな」


 眼下に広がる戦場でこれから占いによる戦が始まろうとしていた。



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