第4話 秘め事
相変わらず変わらない毎日が続き、ついに夏休みになった。
クラスのど真ん中で桜庭に夏休み中にどっか行こう!と誘われた。お陰でクラスの男子ほぼ全員に桜庭と付き合っているのかを聞かれ、全て否定するという果てしなく無駄で虚しい時間が流れた。
結局夏休みの三分の一くらいが桜庭に奪われた。
そしてその最初の日。
ばあちゃんの言っていたことの意味は考えてはみたが、一向に思い浮かばなかったから一度時間を置くことにした。
そして。
足音が段々近づいて来て…
桜庭が現れた。
私服姿の桜庭を見たのは初めてではないが、着飾った桜庭はお世辞抜きで美人だった。
「待った〜?」
と笑顔で聞かれて正気に戻り、
「い、いや。待ってない。」
となんとか答えた。
「ふふふ、さてはキミ、私の美貌に見惚れていたね?」
「何言ってんだ。」
「私ほどにもなれば日本中の男子を虜にするなど造作もないんだよ。はぁ~美しいって罪深い。」
散々うぬぼれを聞かされてやっとこっちが口を開けた。
「それで、今日は何をするんだ?」
「ラウントワンに行きます!キミのおごりで!」
「俺のおごりかよ!」
ラウントワンとは、ボウリング、カラオケ、テニスコートにバッティングセンターなど、まあなんでもある人気の施設だ。
何回か行ったことはあるが、最近行ってなかったから楽しみだ。
俺のおごりだけど。
「いいじゃんいいじゃん!今度ラーメンおごるから!今日お金持ってないし!」
「値段釣り合ってないんだよ。てか昼飯代くらい持ってきこいよ。」
「大丈夫大丈夫。差額分のうめぇ棒あげるから。」
「口の中カラッカラになるだろ。新手の嫌がらせか?」
そんな下らないやり取りをしょうもない、と思いながらもどこか心に心地よさを覚えていた。
さて、話(もちろん下らない)に花を咲かせながら歩いていると、ラウントワンに着いた。
「じゃあ、最初は何をするんだ?」
ものによっては最初からへとへとになる可能も十分ある。
そのようなものは出来るだけ避けたい。
「ん?はぁ~もぉ、そんなことも分からないからキミはいつまでもぼっ…いやなんでもないなんでもない。華のJKがこういう所に来てやる事と言えば一つ!」
そう叫んで突如走り出す桜庭を追いかけ、ヘトヘトになって着いた場所は…
「バッティングセンター?」
「そうだよ?今どきのJKと言ったらやっぱコレでしょ!」
早速準備を始めながら答える桜庭
「いや分からん。」
そうなのか?
今どきの女子高生はココ来てバカスカ打ってんのか?
「ってかお前野球やってんの?」
「そうだよ。毎月球場まで観戦しに行ってるから実質やってるようなものだよ。」
「つまりは経験0…「うおおー!江川卓を彷彿させる桜庭さんのスーパースイング!」
俺の突っ込みは準備を終えた桜庭の謎の叫びにかき消され、突然バッティングが始まった。
あと江川選手はピッチャーだ。バッターじゃない。
でも、そんなことを言いながら全力で空振っている桜庭の顔は、とても楽しそうだった。
結局、桜庭は一回もバットにボールを当てることができなかった。
「むぅぅ…いつもなら9割方当たるのに…」
「そんな当たんのか?」
「うん。9回に1回は当たるから実質9割のようなものなのだよ。」
「どんな計算だよ。どう考えても2割切ってるじゃねえか。」
「9÷1。よって9割。」
「逆だ逆。お前小学生の算数からやり直せ。」
「全くキミという奴は…こんなハイレベルなご愛嬌は理解できないおこちゃまだったか。」
「自分の運動音痴を俺のいじりでうやむやにすんな。」
「さぁ、次はどこ行くか!」
やっぱり誤魔化すのかよ。
「んじゃあ…無難にカラオケとか?」
そう言うと桜庭はニヤリと笑い、
「ほう。キミはこの私にカラオケバトルを挑むと。よかろう。キミの勇気に免じて受けて立とう。」
と唐突なバトル展開に転じた。
ちょっと待て。なんで俺がお前に勝負を挑んだことになってんだ。
「おいちょっと…「ルールは簡単!」
どうやらこの場で俺の発言権はないようだった。
「カラオケの点数で3回勝負で、敗者は勝者にジュースを奢る!これでOK?」
「ああ分かっ…ってお前金持ってないだろ!」
「さぁ行くよ!」
そう叫び走り出す桜庭を再び全力で追いかけるはめになった。
…1時間半後
「むぅぅ…キミがこんなに歌が上手かったとは…しょうがない、ここは潔く負けを認めてやろう。賞品にはキミがさっき買ってくれた飲みかけのミルクティーをあげるよ。」
「やっぱただの嫌がらせだろ。」
他にもボウリング・バドミントンなどを楽しんだが、桜庭の全敗だった。
「今回は花を持たせてあげたけど次は容赦しないからね?」
「それは負け惜しみの台詞な。」
「あ!ねぇねぇ。あれちょっと欲しいなぁ~。」
そう言って桜庭が指したのは…
「耳飾り?しかも俺が?」
雪の結晶を模った耳飾り。
価格は…かなりのお値段だ。
「今日私誕生日なんだよ!」
「そうかそうか。だから何で俺が?」
「もぅ、そこは男らしく素直に買ってよ。」
「男らしくなくて悪かったな。」
そう言うと…
「そうかそうか、キミはこの私という美人と一緒に出掛けられていることに浮かれて素直になれないんだね?ならしょうがないしょうがない…」
ここでムキになってしまったのは俺が悪いのだろうか。
結局ここで耳飾りは買わされ、全貯金の4分の1が吹き飛んだ。
「ね、似合う?」
でも、予想もできていたことだが、桜庭に耳飾りが似合わない訳が無かった。
「ふふっ、ありがと!」
眩しいくらいの笑顔でお礼を言われた。
こんな顔をされたら、何も言えない。
夕方の5時くらいにラウントワンを出た。
「ねぇ。少し寄って行きたいところあるんだけどいい?」
「場所による。」
「言っとくけどこれが本題だからね?」
「ちょっと待てじゃあ今までの時間はなんだったんだよ。」
「前置き。」
「お前本当滅茶苦茶だな。でどこ行きたいんだ?」
「内緒!」
そう言って歩き出す桜庭に渋々ついて行った。
そこは…
美しい海岸だった。
白砂に波が穏やかに打ち寄せる、どこか物寂しい雰囲気が漂う海岸。
「ね?寄って良かったでしょ?」
「ああ。そうだな。」
沈黙が流れる。
静寂を破ったのは、桜庭だった。
「ここはね、ずっと昔にお母さんと一緒に来た場所なの。
ずっと昔、それこそ6歳くらいの時。
前におばあちゃんに聞いた話、覚えてる?
御使いの仕事は、この世に未練を残した幻影をあの世に送ること。
私だって一介の御使い。
ちゃんと、自分の使命は果たす。
救うべき死者がいて、私は救う力を持っている。
私がするべきことは、一つだと思う。
これから私はこの世に留まる幻影を送っていきたいと思ってる。
これは、私が人生にけじめを付けるための自分との戦い。もしこの戦いに勝てたら、キミに一つの秘密を明かしたいと思ってる。
そして、キミは私のように死者と渡り合える。
このことを私は偶然の一言で片づけていいことじゃないと思うの。
だから、お願い。
キミの力を、貸して。
」
切実な、魂の叫びを聞いた気がした。
桜庭の澄んだ瞳には、強い生命の光が宿っていた。
俺の返事は、もちろん一つだ。
「分かった。俺はお前みたいな御使いじゃないが、力を貸すよ。全力で協力する。」
そう応えると、桜庭は
「ふふっ、ありがとう!」
と満面の笑みで、でもどこか儚い顔で言った。
夕日が沈み切る前に、俺達は帰路に着いた。
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