第3話 御使いの力


 「どういうことだ?キミにも死者が見えるのか?」


 それだったら俺の能力が分かるのもなんとか納得できる。


 「ん。なんか、白いモヤみたいなかかってるけどちゃんと亡くなる前の姿をしてるっぽい。見えるようになったのは四年前くらいだけど。キミにはどう見えてるの?」


 俺は能力のことを洗いざらい話した。痕跡の近くでは花の蜜の匂いがすると話したときに少し驚いた顔をしたのは気のせいだろうか…



 俺の話を聞き終わったあと、桜庭はいった。


 「そっか、そんな前から見えてたんだ。じゃあ、キミは私の先輩だね!よろしく!」


 何言ってんだか、と思いながら聞いた。


 「それじゃあキミの力も教えてくれ。」


 そして桜庭は語った。


 「私が自分の力に気がついたきっかけは多分事故なんだよね。四年前に私は車に轢かれたこそがあるの。生きていたのが奇跡だって言うくらいひどかったらしいんだよね。そして病院から退院したら、変なモヤが見えた。」


 それが桜庭の見ている死者か。


 「そして、声が聞こえた。」


 「そうだな。」


 「一緒に触れ合えることもあるね。」


 ん?俺は会話はできるけど、触れ合う事はできない。

 

 「実際に触れることができるのか?」

 

 この違いはなんだ?


 そして、洗いざらい桜庭の話を聞いた。


 どうやら、力の性能はほぼ同じだ。

 触れ合えるか触れ合えないかの違い以外は、あまり大きな差はなかった。


 そして。


 そういえば、と桜庭が付け加える。



 「この力のことを親に話したらおばあちゃんもその力があるって言ってたなぁ。どういうことだろ?」


 力は遺伝なのか?


 「お母さんにはなかったからわかんないけどね…」


 

 その話をした後、今の空気が嘘みたいにまたしょうもない話に戻った。



 あ。そういえば。

 「なんで俺のことは『キミ』呼びなんだ?」


 「ん?それはねぇ。私は伴侶として認めた者以外は名前では呼べないという鉄の掟で縛られているからね。」

 

 「そうなのか。因みにその『鉄の掟』とやらを定めたのは誰なんだ?」

 

 「私」


 「だよな。そんな馬鹿な掟を作るやつはお前くらいしかいない。」

 そう言ったら思いっきりはたかれた。

 やっぱり桜庭と話すのは疲れる。


 途中で道が分かれたので、最後は別々に帰った。



 本来なら男の俺が送っていくのが義務なのかもしれないが知ったこっちゃない。


 あいつを送るなんて言おうものならあいつにからかわれそうだしクラスのやつに見つかりでもしたらどうなるか分かったもんじゃない。



 そんなことを考えながら歩いていた。だが、一つ気になることがある。



 桜庭は"おばあちゃんが同じ力を持っている"と言っていた。



 能力が隔世遺伝するなら自分の親族にも能力を持っている人がいるかもしれない。



 よし、今度ばあちゃんに聞いてみよう。



 そう考えている内に一週間が過ぎた。

 …そろそろ聞きに行くか。




 そう考えて学校から帰ってきた時だった。


 「ただいま。」




 すると、母親が開口一番、こう告げた。





 ばあちゃんが死んだ、と。





 突然のことだった。



 頭の中が真っ白になった。



 お母さんは泣きながらも



 「これでおじいちゃんも寂しくないね、」


 と微笑んでいた。



 それから一週間、俺は放心状態で家にこもっていた。




 




 さすがに学校行かないとやばいな…



 そう考えていると、突然インターホンが鳴った。家に親が居なかったので、仕方なく玄関を開けた。



 そこには、桜庭 舞子がいた。





 「やっほー。お邪魔しまーす。」




 「おい、待て待て待て。」



 俺の静止が無いも同然に勝手に上がっていく。



 「もぉー、急に一週間も休むから死んだかと思ったじゃん。なーんだ。全然元気だね。ははぁ。さてはズル休みかな?悪い子だなぁ。」



 そう茶化してくる桜庭に少し腹が立つ。


 「死んだのは…死んだのは俺じゃなくてばあちゃんだよ!」


 怒鳴ってしまった。

 桜庭は悪くはない。

 それでも、俺は湧き上がる感情を抑えきれなかった。



 桜庭は一瞬固まった。




 それから、ととても小さい声で



 「そうなの…ごめんなさい。」


 と呟くように言った。




 珍しくしおらしくなっていたからか、謎の罪悪感が出てきた。こっちは何もしてないのに。



 「いや、こっちも急に怒鳴って悪かった。じいちゃんの時ほど気にしてないから。飲み物用意するから上がってけ。お茶でいいか?」


 と言ったら、


 「そうかそうか。精神弱者のキミは一人じや寂しいから私にいて欲しいんだね?もぉ~素直じゃないな〜」


 さっきのしおらしさはどこいったんだよ。まったく。



 「ちげーよ。ただ話があるだけだ。」



 「話!?まさか、愛の告白とか?きゃ〜!」


  本当に嫌になる。


 「俺とお前の力についてだ。」


  「私達の力?」


 おいおい、ついこの前話してたこともう忘れたのか?


 「1週間ちょい前くらいに言ってた死者が見える力だよ。」


 「あぁ〜!あれね。どんな話?」


 俺はこの一週間考えていたことを話した。


 「なるほどねぇ。力の遺伝かぁ。」


 「そのことをばあちゃんに聞いてみようと思ったんだけど…」


 沈黙が流れる。


 「…そっか。んー…じゃあ私のおばあちゃんに話聞く?同じ力持ってるし何か参考になるかも。」



 なるほど。それだったら話は早い。



 「いいのか?できるならそうして欲しい。」



 「分かったよ〜。ふふふ…この私の家に行く口実が出来てよかったねぇ。」



 なんで俺が行く口実探してたみたいに言うんだよ。


 その後桜庭は親が帰ってくるまでうちに居座り続け、親に変な誤解をされた。





 3日後。俺は桜庭の祖母に話を伺いに行った。母に桜庭の家に行くと言うと面倒なことになることは明らかだったから、友達のうちの一人の家に行くことにしておいた。


 「お〜。いらっしゃい。上がって上がって!」


 「…お邪魔します。」

 相変わらず無駄に元気な桜庭に出迎えられて、俺は家に上がった。




 「……誰だい?」


 「私の根暗n…何でもない。友達だよ。」


 絶対"根暗な友達"って言おうとしたろ。

 まったく。


 「舞子さんのクラスメイトです。今日は訳あって話を…」

 と言いかけたが桜庭が、


 「あぁあぁ。そういう堅苦しいのいいから。」


 と言って無理やり座らされた。


 「それで、話というのが…」


 「いや、孫から聞いてるよ。あんた、舞子と同じなんだって?名前は?」


 いやもう話してんのかよ。



 「はい。花崎 悠といいます。あなたが同じ力を持っていると聞いて話を伺いに参りました。」



 「花崎…‥?珍しいこともあるもんだねぇ。そうかい。じゃああたしの知っていることの全てを話そう。かわいい孫の大切な"友達"だしねぇ。」


 意味有りげな目つきで急に見つめてきたのでうっかりお茶をこぼしそうになった。


 まったく、おばあさんも孫もいい性格してるな。




 そこからはずっとおばあさんの話をずっと聞いていた。


 桜庭のように死者と交流できる人は、「精霊の御使い」、そして見える死者のことを「魂の幻影」と呼ぶらしい。そして、魂の幻影は、「自分の人生に後悔、憎しみを残した者」が死んだらなるらしい。

 御使いは死者と触れ合うことが出来る。だから、この世に未練を残した幻影をあの世に送ることが使命なのだそう。


 「確かに精霊の御使いだ。」

 どこを見るでもなく、おばあさんが言った。


 「以前は2家系から生まれていたんだが数年前に途絶えたから、今は1家系しか無い。だからこの世に残る最後の御使いだ。」


 最後の御使い。

 桜庭は生まれた時からその重みを背負って生きてきたのか。


 

 御使いの家系は血を一子相伝で伝えていかなければならず、御使いはその家系以外にはいないため、御使いの子孫は血が穢れている家系など特殊な家系とは結婚できないらしい。

 もちろん数少ない二つの家系を残すために御使いの家系の者同士の結婚も禁じられていたそうだ。


 そして、一番興味深かった話は…


 「"生命の譲渡"?なんですか?それは。」


 「生命を譲り渡す。つまり自分の生命を他人にあげることができるんだよ。」


 俺が口を開く前に桜庭が聞いた。


 「それは精霊の御使いなら誰でもできるの?」


 「誰でもできる。しかし、ここ数百年はやった人はいないね。まず第一に方法が定かではない。諸説あるが、詳しい方法は二百年ほど前に途絶えてる。そもそも御使いの話は私の祖母の時に聞きそびれたまま逝かれたから、紙の記録しか持っていない。その記録によれば、御使いの血を引くのは桜庭家ともう一つあるらしいが…

  まあ、この世のどこかには知っている人がいるかもしれんがね。」


 俺は一番気になっていたことを聞いた。


 「それは譲った側と貰った側はどうなるんですか?」


 「一番古い記録によると、譲った側の寿命は半分に、貰った側は寿命が六十年きっかり伸びるらしい。でも、一つだけ例外がある。千六百七十年の記録で、一組の男女が生命の譲渡を行った。死にかけた女に男が生命を譲ったが、男の寿命は縮まず、女の寿命は七十年伸びたんだよ。どうしてかはわからんが、あたしゃなにか条件があるんじゃないかと睨んでるね。そもそも精霊の御使いは一世紀に一人いるかいないかだから確かめようもないが。」


 「そうなんですか…何はともあれ、ありがとうございました。」


 「このことで困ったり、わかんないことがあったらいつでも来な。こんな老いぼれで良ければいくらでも力になってあげるよ。」


 孫と同じで、根はいい人だと思った。


 桜庭のおばあさんから話を聞いてから、ずっと生命の譲渡について考えていた。ダメ元でおじいちゃんに使ってみようか…いや、その前にどうやるんだろう…


 そう考えながら帰った。

 家の前に着くと、そこには。




 おばあちゃんの痕跡、いや、魂の幻影がいた。




 「どうして、どうして?」




 気がつけばおばあちゃんに問いかけていた。


 なんで人生を憎んでいるの?

 なんで何も話さずに逝っちゃったの?

 なんで?

 なんで?



 おばあちゃんはゆっくりと微笑んでいた。



 そして、僅かに口を動かした。



 そうして、ゆっくり消えて行った。



 心なしか、俺の名字と言おうとしているように見えた。



 つくづくわからない人だと思った。

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