第2話 出会い
俺は死んだ人が見える。
一番最初に気づいたのは、おじいちゃんの葬式の帰りにおじいちゃんを見かけたときだった。
最初はショックで目がおかしくなったんだと思った。だって、死ぬ前の日まで元気だった、大好きだったおじいちゃんがいきなり死んじゃったんだから。小二だった俺には幻覚を見るのに十分なショックだった。一週間くらいは幻覚だと思ってたんだ。
でも、違った。一か月経っても、半年経っても消えなかった。
その中で、何となくわかったんだ。ああ、僕には本当におじいちゃんが見えているんだって。当然周りには見えていなかった。一回親に相談したんだけど、「まだおじいちゃんのことから立ち直っていないのね」って言われたから、それからずっと他の人には言っていない。
いつしか俺はそいつらのことを「痕跡」と呼ぶようになった。
そこから段々生きている人と痕跡との区別がつくようになってきた。まず、痕跡がいるところでは不思議と若い花の蜜の匂いがうっすらとする。そして、決まって声が聞こえる。
例えば、数年前には道路に立って、
「おばあちゃん…おばあちゃん…」
すすり泣いている女の子を見かけたことがある。
その後に何度かあって時々遊んだりしたのだが、決まっていつも突然どこかへ行ってしまう。
どんな過去があったのかは俺には解らない。
でも、あの子が自分の人生に満足しているとは、思えなかった。
小四にもなれば見えている痕跡すべてが何かしらの未練を抱えていることが分かった。まあ、わかったところで何もできなかったけど。
あの日、桜庭さんと出会うまでは。
君と出会ったのは高三の始業式の日だった。
俺はそこそこ勉強できる方だったから、まぁそこそこの学力の高校には入っていた。
春休みが終わってクラスの発表があった。俺は三年四組になった。その時に見えたのが、君の名前だった。
桜庭 舞子
俺は知らなかったけど学年では結構有名だったみたいで、通称「桜姫」。
見た目が可愛らしく、テストでは常に学年五位以内。人当たりも良く人望もあり、男女両方から慕われている。まあ、いわゆるマドンナだった。
俺はそこまで興味がなかったため、むしろ数少ない友達が同じクラスだったことに心底歓喜していた。
始業式が終わりクラスに来ると、出席番号順が張り出されていた。自分の席を確認し、自分の席につく。ちなみに俺は自分の席以外は確認しない派だ。そんな派閥があるか知らないけど。
席に座ってボーっとしていると、隣の席に人が来た。誰かを一応確認しておくと、特に知っている名前でもなかったから気にも留めていなかった。桜庭が隣じゃなかったことには別に何とも思っていない。
その時、隣のやつが手を挙げて、「黒板が見えないので前の人と席を交換してもらうことできますか?」と言った。
先生は「おー、いいぞ、適当に代われ。」と軽く流していたので前の席と入れ替わることになった。あいにく席の確認をしていなく、その席のやつは休んでいたので、誰かは結局わからなかった。
その後友達に、「今日桜庭さん休みだったんだな~」と言われやっと桜庭がいないことに気が付いた。
「あ、本当だ。」と言うと、「またまた~。本当は気づいたろ?だって今は隣の席だろ。」と言われ、初めて隣が桜庭になったことに気づいた。初日からマドンナの隣とは、面倒な予感しかしない。
その日はクラスのやつら(特に男子)から時々飛んでくる視線が気になりながらも、何事もなく帰った。
次の日、クラスに入ると何か空気が違った。二日目だということもあるかもしれないが、なにか詮索するような感じだった。
その空気を全く気にしないように、一人の女子がいきなり話しかけてきた。
「君が私の隣の席の人かな?一年間よろしく!」(奇しくもこの学校には席替えという文化がなかった。)
目の端でそいつを探しながらもそちらに顔を向けてあいなかったから、
「ああ、君が桜庭さんか?」
そう言いながら鞄を置きながらその声の方を向いて言った。
その時に一瞬、いや五秒くらい目を奪われたのは隠すまでもない。
それが、君との出会いだった。
五秒ほど硬直していると、
「…どうしたの?」
と声が聞こえた。同時に我に返る。
「い、いや、何でもないよ!」
「ふ〜ん?そうなんだ~?」
やたらと嫌らしい流し目でこちらを見てくる。
「…なんだよ。」
「ふふふ…別に何でも?」
初っ端から変な目で見られる事になったが、本人だけは面白がっているようだった。
くそ、いつもだったら”こっちは面白くもなんともない”とかみついているところだが、こんな顔されたら言葉が引っ込んでしまった。
結局その日は桜庭の謎の思い出し笑いを横目に眺めながら授業を受けるはめになった。
次の日。三時限目が自習だったため、堂々と寝た。自習時間=睡眠時間。これは俺の中で不動のルールなのだ。
…どれくらい寝ただろうか。
「…て …きて …起きて。…………起!き!て!!!」
驚いて10cmくらい椅子をずり落ちた。
桜庭の顔がすぐ近くにあった。かすかに花の匂いがしたのは気のせいだろうか?
「…驚かすなよ。」
隣にはちょっと頬を膨らましていたずらっぽく笑っている桜庭の顔があった。
「教えてほしいところがあったから聞こうと思ったのに全っ然起きないんだもん。キミ、頭いいんでしょ?なんかキミの友達"だった"って子が教えてくれたよ?」
「"だった"って何だだったって。」
誰が何を吹き込んだかは知らんけど、まあいい方なのは事実だ。だけど、
「桜庭さんも頭いいんだろ?いつもテスト五番以内だって噂だ。」
桜庭さんがからかうような顔をしながら言った。
「ん〜?まさか全部の噂が本当だと思ってるわけじゃないよね〜?五番以内だったのは一回だけだよ。そのときは山が当たっていい成績だったけど、別にいいわけじゃないよ。」
やれやれ。
「…分かんないのどこだ?」
その時間は桜庭に教えることで時間が過ぎてしまった。
俺の貴重な睡眠時間が…
あと、やっぱりその後のクラスメイト(やっぱり男子)からの視線が気になった。
こんなことが一年間続くのかと思うと、少し億劫になった。
何で初っ端からあんな視線を浴びなきゃいけないんだよ。
そんな文句を心の中で言いながら帰っていると、新しい痕跡を見つけた。
毎日人はそれなりに亡くなっているから珍しいことじゃないって思われそうだが、違う。
まず、痕跡になるには”未練”を抱えていなくちゃいけない。
そして、気付いたことが二つある。
一つ目は、亡くなってから痕跡になるまでに時間差があるやつがいる。
例えば、近所に元気なおばさんがいたんだけど、その人が亡くなってから痕跡になるまで四か月くらいかかった。
二つ目は、痕跡は基本同じところをさまよっているということだ。だから、同じやつを違う場所で見かけたことはない。
俺は毎日同じ通学路から登下校しているので、痕跡として見るのはほとんど同じメンツだった。
そうだ。言い忘れていたが、痕跡とは会話も出来る。最初はほとんど喋らないが打ち解けてみると中々話せるやつだった、ということもザラにある。
俺はいつも新しい痕跡を見つけたら話しかけているから、この通学路のやつらはほとんど顔なじみだった。
俺はいつも通りそいつに話しかけてみた。
今回は女子だ。
見る限り高校生くらいだろうか。
近づいて見ると、やっぱりうっすらと花の蜜の匂いがした。
「…こんにちは。」
しかし、話しかけて見るとそいつは振り返らずに走って行ってしまった。
その走り去る背中にはどこか見覚えがあった。
そして次の日。
登校してクラスに入ると桜庭が、
「ねえねえ、キミ帰り道どっち方向?」
といきなり聞いてきた。
今度は何だ?正直に答えるべきか?
「あっちだけど」試しに反対方向をさしてみる。
「ん~?本当にそうかな?本当は違うのに”正直に言ったら一緒に帰れないからあえて方向あわせてそれとなく一緒に帰ろう”とか考えてない~?あれ?いっつも方向違った気がするな~。」
違う違う、逆だ逆。お前がついてきそうだから嘘ついたんだよ。ったく。
「はいはい、本当はこっちだ。言っとくが一緒に帰るなんてこっちから願い下げだからな。」
こうなれば本当のことを言ってこっちから拒否るのが一番。のはず。
「なーんだ。正直に一緒に帰りたいって言えば帰ってあげたのに。方向同じだから。」
本当はお前が帰りたいんじゃないのかと言いかけたが周りに自惚れだと思われそうだから何とかこらえた。
「いや、遠慮しとくよ。」
とりあえず流そう。
帰り、桜庭に何か言われそうで警戒したが、特に何もなかった。
一人で帰りながら、昨日見つけた痕跡とどうしたら打ち解けられるかな、なんて考えてたら、後ろから思い切り肩を叩かれた。
「やっほ~ぼっちのキミとやさしいやさしい私が一緒に帰ってあげるよ~」
最悪だ。こんなところをクラスのやつに見られたら袋だたきに会うのは確実だ。
くそ、どうやって引き離すか。
そんなことを考えている俺とは裏腹にこいつは呑気なもんで、
「みてみて、あの樹の形独特だね」とか
「わーっ、ほら、ひこうき雲だよ」とか。
そうだなーと軽く流しながら聞いていると、突然桜庭が聞いてきた。
「キミも"見える人間"なの?」
意味が分からなかった。見える人間?どういうことだ?
ーキミ"も"ー?
さらに桜庭は続ける。
「キミには死んだ人の存在が分かるんだろう?」
なぜ知っている。どうやって知った。
頭の中で疑問が次々とでてくる。
「ふふっ。不思議でしょ?でも私は見たんだよ。一般人にとっての虚空に話しかけていたのを。でも、私とキミにとっては虚空じゃなかった。」
どういうことだ。
「何を言っている。お前は何者なんだ?」
桜庭はふふっ、っと笑って言った。
「簡単だよ。私もキミと同じ、死者が感じられる人種なの。」
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