第13話 王は妖人と語らう。
『参謀デギス』の名はアレイスタ上層部を震撼させた。
魔族であるイズマにとっては同格、同郷の友人の名にすぎないが、人族連合にとっては勇者パーティーを全滅寸前に追い込み、魔王軍の中でもっとも多くの将兵を殺し、もっとも多くの都市を焼き尽くした恐怖の将の名である。
前線に出ることが少なかった魔王ガレスよりも現実的な脅威として恐れられてきた名だ。
「確かにデギスと名乗ったのだな?」
王都衛士隊の隊長エンダイム
「デギスという名については騙りの可能性も否定できませんが、上位魔族であることは間違いないかと思われます」
「行方は」
「王都衛士隊が非常線を張り、密偵七家と合同で情報収集に努めておりますが、所在はつかめておりません。ですが、現場に居合わせたマティアル教の修道士たちを取り調べたところ、デギスと名乗った魔族はエリクサーを所持していたとの証言が得られました」
エリクサーはマティアル勅許会社が製造している特殊な治癒薬だ。勇者パーティーのメンバーだった商人バラドが古代錬金文明の遺跡を買収し、大量の研究者を投入して製法を確立。勇者パーティーや人族連合に少量を提供していた。
「魔族とマティアル勅許会社に接点が?」
ダーレス王は眉根を寄せる。
勅許会社は危険な組織だ。オリハルコン・アダマンティア合金やエリクサー製造といった新技術を多数独占し、アレイスタの国庫を上回る資産、さらには大陸全域に渡る巨大な物流、通信網を持つ前代未聞の経済体。
魔王軍亡き今、最大の潜在的脅威と言っていい。
あの組織が魔族の残党と繋がるようなことがあれば、アレイスタの命運は危うい。
だが、好機であるとも言えた。
魔族との接触容疑はマティアル勅許会社を叩き潰すためには格好の大義名分となる。アレイスタは覇権国だ。大義名分さえ用意できれば正面切ってかばいだてをする者はないだろう。問題になるのはマティアル教だが、厄介な女傑ターシャも今はない、残っているのは日和見主義の教皇だけだ。強く圧力をかければどうとでもなる。
ダーレス王は決断を下す。
「エンダイム。マティアル勅許会社の支社を封鎖し、全関係者を拘束しろ。魔族との内通の証拠を引き出せ」
内通の有無を探れという命令ではない。マティアル勅許会社を人族への反逆者として葬るための証拠を用意しろという指示である。関係者を捕らえ、自白するまで拷問すれば適当な書面が出来上がるはずだ。
エンダイム兄は、表情を硬くした。粗暴で強力な戦闘者であった弟とは逆に、エンダイム兄は官僚型の人間だ。実務手腕には長けるものの、現場での荒事は切込役である弟に任せきりだった。弟という手札を抜きに、勅許会社、そして『参謀デギス』を相手取ることに恐怖を覚えたのだろう。
ダーレス王としても、今の王都衛士隊の戦力で勅許会社と『参謀デギス』を制することができるとは考えていない。
魔王軍の残党の出現は予見できた事態だ。後先も考えずに勇者を処分した訳ではない。
代わりの武器は用意してある。
こう付け加えた。
「衛士隊に
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エンダイム兄への指示を終えたダーレス王は、王立魔導騎士学校より学長のゴルゾフを呼び寄せた。最初の魔導騎士と呼ばれる稀代の剣士にして魔術師、錬金術師として名を馳せたアレイスタの伝説的英雄である。齢は百歳超。体の肉のほとんどが削げおち、骨と皮の寄せ集めのようになりつつも不気味な精気と凄みを帯びた、妖怪めいた怪老人である。背中が大きく曲がっていなければ、身長は七フィートにも及ぶだろう。
その背後には、純白の全身鎧をまとった四人の
鼻の良いものなら、かすかな異臭を嗅ぎつけただろう。
「何かありましたかな」
ゴルゾフは嗄れ声で飄々と言う。ゴルゾフはアレイスタ王家の武術や魔術の指南役であり、ダーレス王自身の師でもあった老人だ。ダーレス王に対しても好々爺めいた余裕を崩さない。
「参謀デギスを名乗る魔族が現れた。
「敵の人数は?」
「確認されている限りでは一人。だが、勅許会社とも戦うことになる。魔族と内通している可能性がある」
「なるほど」
ゴルゾフは好々爺の風情のまま頷いた。
「上位魔族はともかく、あの組織と全面対決をするとなると今の配備数では不安がありますな。ある程度の損耗も覚悟せざるを得ないでしょう、予備の素体をご提供いただけますかな」
「平民枠の奨学生では足りぬのか」
「筋の良いところは使い切ってしまいましてな。騎士枠や貴族枠の生徒を使わせていただけないでしょうか」
「ならぬ」
ダーレス王は切り捨てる。騎士階級と貴族階級は、ダーレス王の支持母体である。
支えるものがなければ、王権は成り立たない。
「では、王都衛士隊の副隊長はいかがでしょう。元より鼻つまみ者ですし、聞いた通りであれば、再起は叶いますまい」
「知っておったか」
「エンダイムの小僧は目立ちますゆえ」
「よかろう」
エンダイム家は名家だが、ゴルゾフの指摘通りエンダイム弟はその粗暴さから貴族、騎士階級からも評判が悪い。今回の失態の責を問う形であれば、
「あとは、魔王城から引き上げてきた兵士をいただきたい。緑龍兵団のサムス、アラン、ラシッド、工作魔導団のザハーク、ニンブル……」
ゴルゾフは魔王戦争で軍功のあった平民出の将兵の名を挙げていく。
「その人数となると、余の指示で送り込むのは無理だな。身柄の確保はそちらで行え。魔王軍残党の仕業として処理しておく」
「ありがとうございます」
ゴルゾフは口角を吊り上げ、魔性めいた笑みを見せた。
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