第5話 商人は疑念を抱く。
マティアル法王都。
俺は勅許会社の本社でヴェルクトの訃報を聞いた。
「あいつが、死んだ⁉︎」
報告を持ってきた秘書のグラムに確認する。栗色の髪と瞳にメガネをかけた美女。外見年齢は二十歳くらいだが、ハーフエルフのため実際は俺より年上だ。人族連合主要国の一つルーナ国の将軍の娘。ある不幸な事件に巻き込まれていたことから、ルーナで重用されることはなかったが、父親以上の軍才があり、軍事や兵站に精通している。勅許会社が勇者と人族連合を支援する武装経済組織として急成長できたのは彼女の手腕によるところが大きい。
「……ルーナ軍、マティアル聖堂騎士団からの情報によると魔王ガレスの討伐は成功。勇者ヴェルクトはガレスが死に際に放った呪いによって命を奪われたとのことです。ゴーマ城からの帰還者はメイシン王子とアスラ様のお二方。ターシャ様、イズマ様のお二方はガレスとの戦いで戦死と伝えられています。勇者ヴェルクトの遺体はメイシン王子とアレイスタ軍によってアレイスタ本国に移送中、帰国後、アレイスタの英雄として国葬される予定のようです」
青い顔、震えの混じった声でグラムは言った。
グラムと俺、ヴェルクトは勅許会社を始める前から友人だった。そしてグラムは、勅許会社の最初の社員でもある。ヴェルクトを支えるために力になりたいと、本人から押しかけてきた。それだけに、今は平静を保つのが難しいようだ。
「遺体? 遺骨じゃないのか?」
火葬されているならいいが、魔族の領域は熱帯だ。入念な処置を施さなければアレイスタに着く前に腐乱してしまうだろう。氷蔵用の魔導回路でもあれば別だが、あれはうちの会社の独占技術で、他所にはまだ提供していない。
「真偽は不明ですが、勇者ヴェルクトのご遺体は痛まないのだそうです」
「なんだそれは」
おかしな話だが、ありえなくはないようにも感じた。出会った頃からずっとヴェルクトは常識外だった。死んでも腐らないくらいのことはあってもおかしくはない。
窓の外を見る。もう夜だ。黒いガラスに、絶望したような目をした中年男の姿が映っている。
「どう、思う?」
つぶやくようにグラムに訊いた。
「都合が良すぎると思わないか? あいつは本当に呪いで死んだのか? ヴァイス・レキシマの魔導回路は機能しなかったのか? ヴェルクトも聖女様も、イズマ殿も死んで、アレイスタのメイシンとアスラの二人だけが生き残って帰ってくる。あいつが最後に送って来た手紙によると、魔族ってのは結局人族で、あいつとイズマは人族と魔族の平和を望んでた。聖女様はもう少し現実派だったようだが、魔王討伐後の戦争継続、殲滅までは志向していなかった。あの三人が生きて帰れば、魔族の根絶や、南方の完全浄化を謳う連中には面倒な存在になる。だから、アレイスタのメイシンとアスラが、ガレスを倒して疲弊したところでヴェルクトたちを襲い、殺した。そういう筋書きは考えられないか?」
「なんとも、言えません」
グラムは声を震わせて言った。
「妄想か」
俺は自嘲気味に言った。
ヴェルクトの死を、十年来の友人の死を受けいられず、感情のはけ口欲しさにアレイスタやメイシンたちに疑いをかけているだけなのだろうか。
頭が混乱している。
順序立ててものを考えられているか、自信が持てなかった。
「なんとも、言えません」
グラムは繰り返す。
「結論を出すには情報が少なすぎます。ただ、ガレスの呪詛については、マティアル聖堂騎士団からも疑念が出ているようです」
「どういうことだ?」
「人を死に至らしめるような呪詛というのは死後も遺体に残り続けるものなのですが、その気配が感じられなかったとのことです。証人がアレイスタのメイシン王子ということで、あえて問い詰めはしなかったそうですが、いわゆる
「二人の遺体の捜索は?」
「聖堂騎士団がゴーマ城でのターシャ様の遺体捜索の希望を出しているのですが、許可が下りないそうです。内部に魔王軍の残存勢力がある恐れがあるということで、アレイスタ軍によって封鎖されています。近くに流れる川の水を流し、城ごと水没させる方針のようです」
「落城後に水攻めか。探られたくないものがあるから、城ごと水に沈めてしまえって話か……邪推かね」
「いえ」
グラムは首を横に振った。
「なんとも言えません。調べて見ないことには」
「……そうだな」
ここで疑っていてもなにもわからない。
探ってみるしかないだろう。
本当にガレスの呪いであるならそれでいい。
だが、メイシンやアスラ、アレイスタの政治的意向が関わっているのなら、このまま終わりにはできない。
生かしてはおけない。
○
○
○
○
○
まずアレイスタ王都の友人に手紙を一通書く。ヴェルクトの死に疑念を抱いていること、調査に乗り出すと伝える内容だ。俺の疑念が真実に近いなら、手を貸してくれるはずだ。手紙の発送はグラムに任せ、次は勇者と魔王の決戦の地、ゴーマ城の調査に向かう。
スーツのベルトに小さな金の丸盾を引っ掛け、法王都を後にした。
金の丸盾の名前はリブラ・レキシマ。ヴァイス・レキシマと勇者の武器候補の座を争った装備の一つだ。名前の通り盾の表面には天秤をかたどった魔導回路を組み込まれている。左右の天秤皿の部分には一つずつ、カード型の魔導回路をセットするためのホルダーがついていた。
運用には脳内への魔導回路の埋め込み手術が必須となるため、
まずはゴーマ城への移動手段が必要だ。マティアル法王国の隣国ジースの勅許会社の造船所へ足を運んだ。
ドッグの小型船の前に立ち「ボーゼン先生」と声をあげると、マストの上で作業をしていたとんがり帽子の老人が振り向いた。
「おや社長、突然どうしたかね」
そう言いながら、老人はマストの上から綿毛のようにふわりと舞い降りる。
重力制御。
高難度の魔法だが、この老人にとっては便利な日常魔法に過ぎない。
大賢者ボーゼン。
ヴェルクトと俺の仲間だった魔術師ファレムの祖父にあたる人物だ。最初はヴァイス・レキシマの魔導回路の設計や組み込みを依頼するために招聘したんだが、会社の空気が肌に合ったらしく、ヴァイス・レキシマ完成後も会社に残り、ジース造船所のドックを占領して古代錬金文明の船舶に関する研究に精を出していた。
「ラヴァナス号を出していただけませんか?」
「何があった?」
ボーゼンはいわゆる研究の虫タイプで世事に疎い。魔王の討伐とヴェルクトたちの死については知らなかったようだ。一通りの事情を説明すると、ボーゼンは厳しい表情で「わかった」と言った。
「整備がちょうど終わったところじゃ。すぐに出航の準備をしよう」
ラヴァナス号は勇者ヴェルクトの最初の仲間の一人、今は亡き竜騎士ラヴァナスから名前をもらった魔導船だ。
魔王討伐の旅の最初の頃、ボーゼンの孫であるファレムが発見した古代魔導文明の船舶をボーゼンが研究し、再生したものだ。高度に自動化され、さらに魔導回路によって風や海流に逆らって航行できるが、操るには相応の魔法能力が必要になる。現時点でこの船を乗りこなせるのは、修復作業を取り仕切ったボーゼン一人だ。
名前が発見者であるファレムでなくラヴァナスなのは「実用品に孫の名前を使うのはどうもいかん」というこだわりかららしい。
と、いうわけで四十代の俺、推定七十代のボーゼンという苦み走った二人組は一路ゴーマ城へと出航した。
最短ルートは南方大密林を流れる大河アーゾンを遡上してゴーマ城に接近するルートだが、最短距離を流れる支流は例の水攻めの前段階としてせき止められているようだ。若干大回りの支流から上陸し、ゴーマ城近くに布陣したマティアル聖堂騎士団と合流する。
聖堂騎士団の面々とは以前から面識があり、武器や物資の供給を通じた信頼関係もある。手土産がわりに担いできた上等な酒も功を奏し、ゴーマ城周辺の状況を詳しく教えてくれた。とはいえ、特段大きな動きはないようだ。アレイスタ軍による封鎖は相変わらずで、内部から魔族の生き残りが出てくるような気配はないらしい。水攻めの準備は順調に進んでおり、早ければ明日にも始まろうというタイミングだった。
「あの城にもう魔族はおるまい。皆死に絶えておる」
聖堂騎士団の陣地からゴーマ城を見下ろし、ボーゼンは言った。
「ヴェルクトたちが?」
「いや、ガレスじゃろうな。中で強烈な瘴気をまきちらしたようじゃ、城内の魔族や魔獣は、それで死に絶えたんじゃろう」
「中に入るのは危険でしょうか」
「今は問題あるまい。ガレスの死によって瘴気も消えておる。早速出向いてみるとしよう」
「ええ」
ゴーマ城の周囲はアレイスタの兵士たちに包囲されているが、ボーゼンは大賢者と呼ばれる魔術師だ。短距離転移の魔法を使い、あっさり城内に潜り込む。通常この手の城塞には転移よけの結界が仕込まれているものだが、魔王の死後は機能を失っているようだ。
「行くとしよう」
ボーゼンが杖を掲げると、その先端に光が灯る。その光を頼りに城内を進み、玉座の間に足を踏み入れた。そこが魔王とヴェルクトの決戦場だったようだ。壁も天井も砕けて消し飛んで、荒れ放題になっている。調べまわってみたが、遺留品のようなものは残っていなかった。
代わりに大きな穴がある。
地の底まで続くような、深く暗いクレバス。
その奥から、何かが擦れるような、不気味な音が聞こえた。
獣の吐息のような音もする。
何かが、縦穴を這い上ってきている。
ボーゼンは杖の光量をあげ、穴の奥を照らす。
異様なものが見えた。
やせさらばえた体、爛々と光る目、爪がはがれ、ボロボロになった指で岩壁を掴んで、蜘蛛のように這い上がってくる悪鬼のような姿の女。
目が合う。
その途端、怪女は怪鳥のような声をあげた。
ヴァァァァァァッ!
血を吐くように咆哮し、怪女は距離を詰めてくる。
「なんじゃ!」
ボーゼンが杖を構えたが、紙一重で気がついた。
「あれは……聖女様です!」
痩せさらばえ、聖女というよりは
聖女に向けて手を
「ターシャ!」
アァァァァァァッ!
人の言葉を忘れたような雄叫びをあげ、迫ってくる聖女ターシャ、鳥肌が立ちそうになる姿だったが、ビビっている場合ではない。突き出された手を掴み、腕を縮めて床の上へと引きずりあげた。
地上に上がっても、興奮、狂乱状態が収まらないようだ。床の上にゴロゴロと転がり、爪のない指を床にたて、ターシャは奇声をあげ続ける。
「落ち着いてくれ聖女様。もう助かった」
スーツケースから出した水筒の口を開け、顔の上から水を注ぐ。やはり飲まず食わずだったようだ。ターシャは旱魃の中で雨に恵まれた獣のように大きく口を開けて水を飲み、そのまま気を失った。
「落ちておったのか」
「でしょうね」
魔王討伐から今日まで地下に閉じ込められていたなら、多少おかしくなるのは無理もないだろう。
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