第3話 勇者には記憶がない。
勇者ヴェルクトには記憶がない。
気が付いた時には炎の中、ローデスという小国の城内にいた。魔王軍の幹部であるメキラという上級魔族の軍団に襲われ、焼け落ちる直前だった。
自分が何者であるのか、なぜローデスにいたのかはわからない。
ただ、義務感があった。
戦わなければならないという意識があった。
だから、戦うことにした。
まずは敵の頭を潰す。燃える城から飛び出して敵の指揮官メキラに襲いかかり、首をねじ折って殺した。
あとはメキラが持っていた剣を使い、混乱する敵をはしから切り捨てた。
ヴェルクトという名前はそのときの剣にあった鷲の刻印に由来している。
その頃のヴェルクトは推定十歳。魔王軍を蹴散らした存在の正体に気付いたのは、偶然近くに居合わせたバラドだけだった。
ローデスで金物屋をしていたバラドは当時三十歳。軽薄で飄々として、胡散臭げな雰囲気の男だったが、世間知や対人能力には長けていた。学ぶべきことがあると思ったヴェルクトは、バラドと一緒に旅をすることにした。
戦わなければならない。
そんな意識と、義務感の赴くままに。
何と戦わないといけないのかはわからなかった。だが、世界には魔族や魔獣、魔王軍といった敵がいた。だから、思うままに戦おうとした。
そんなヴェルクトに、バラドは無償の戦いの問題点を語った。
命をかけて戦う者には相応の報いがなければならない。ヴェルクトが思うまま、無償で戦えば、ヴェルクトに守られた者は他の戦士にも無償の戦いを望んでしまう。人は無償では生きられない。ヴェルクト以外の戦士がいなくなってしまうから、無償で戦うのは必ずしも良いことだとは言えないと。
その理屈に納得したヴェルクトは、タダ働きは避けるようになった。商売のやり方はバラドが教えてくれた。守るべき相手に金がなくてもやりようはある。金のあるところに理と利をといて金を引き出せばいい。小都市にドラゴンが現れれば近くの大領主を説き伏せて報酬と支援を確保して討伐する。海にスキュラやカリュブデスが出れば海運ギルドに話をつけてから倒し、その牙や鱗、内臓などを売りさばいて儲ける。そんなやり方だ。さらに魔王軍や魔物の動きによる地価や物価の変動なども利用して儲けを出していたようだが、細かいことはヴェルクトにはわからなかった。
闘争と金儲けの旅を続けるうちに、ヴェルクトという名は大きくなってゆき、やがて勇者と呼ばれるようになった。そしてアレイスタという大国から勇者の称号を授けるという使者がやってきた。
誰かが魔王と戦わなければならないなら、自分が戦うことにした。
「勇者になるよ、私」
ヴェルクトの言葉に、バラドは「そうか」と言った。アレイスタ王国、マングラール地方の湖都リッシュでのことだった。
「お別れだな」
ヴェルクトは目を丸くした。
「お金はもらえるよ?」
勇者の称号を受ければ、アレイスタが褒賞を支払ってくれる。ヴェルクトが戦って、バラドが儲ける、そのことは変わらないはずだ。
「アレイスタからな。そうなると、それなりの格ってものが必要になるんだよ。ゆるふわ闘争バカのヴェルクトってガキなら俺が相棒でも問題ないが、大国公認の勇者様となると、もっと毛並みのいい仲間じゃないとダメだ。聖女様とか騎士様だとかな。俺みたいな平民出のおっさんの出番はもう終わりだ」
「よしやめよう」
バラドと別れ、知らない誰かと旅をする。そんなのは嫌だ。
バラドはため息をつく。
「今更やめようで済む話じゃねぇよ。魔王は本気で世界を滅ぼすつもりだ。人族がまとまらなきゃ生き残れない。人族をまとめるにはお前が必要だ。勇者っていう英雄がな」
「じゃあ、バラドが最初にまとまろう! そうしよう!」
年の離れた相方を見上げ、ヴェルクトは訴えた。
「まとまるのはいいが、一緒についていくのは無理だ。魔王討伐となったら、俺じゃ足手まといになる。俺のせいでお前や他の人間が怪我をしたり、死ぬようなことになったら取り返しがつかない」
「私が守ってあげる!」
「話を聞いてないなおまえ。俺を守らなきゃいけないのが問題だって言ってるんだ」
「問題なんかないよ!」
ヴェルクトは高い声をあげた。
「私が守る! バラドも、他の者も、みんな私が守る! だから一緒に来て! お願い!」
いつの間にかヴェルクトは涙目になっていた。バラドは気まずそうに息をついた。
「でかい声出すなよ。そろそろ十三だろうが」
「知らない。十二かもしれない、十歳かも」
ヴェルクトにはローデス以前の記憶がない、年齢も多分それくらいという話でしかない。
「そういう話をしてるんじゃないんだがな……。仕方がねぇな。他の連中と馴染むくらいまでは付き合ってやる。最後まではつきあわないぞ、俺が魔王討伐隊のメンバーなんてどう考えてもおかしい」
そんなやりとりを経て、バラドは魔王討伐の旅に同行することとなった。ヴェルクトと出会った頃のバラドは三十歳、魔王討伐が始まったときは三十三歳。ヴェルクトは推定十三歳。アレイスタ王国は勇者パーティーとして四人の男女を同行させた。アレイスタの第二王子である魔導騎士メイシン一八歳。メイシンの補佐役としてつけられたアレイスタの密偵であり
若く才気煥発なメンバーの中、一人体力低下傾向の中年商人バラドは息を切らしながらも、それでもなんとかついて来てくれた。
自分の身分や年齢を気にしていたバラドだが、パーティー内での評価は決して低くなかった。元から世間知に長けていたカグラはバラドの商才や調整力、手配力を高く評価しており、ファレムも『
ラヴァナスは商人というものを下賎とみなしていたが、下賎なりに旅には欠かせぬ男として上から目線なりの評価をしていた。
バラドに冷めた目を向けていたのはメイシン王子。はっきり敵対的な態度をとった訳ではないが、身分違いの商人バラドとは一定の距離を崩さなかった。
旅立ちから一年後には聖女ターシャが仲間に加わり、それからさらに一年後、魔王討伐パーティーは壊滅した。
力をつけ、人族の精神的支柱となり始めたヴェルクトを危険視した魔王軍の参謀デギスが奇襲を仕掛けて来たのだ。ヴェルクトの力はデギスには通用せず、ラヴァナスとファレムは惨殺され、バラドは片腕を魔獣に食いちぎられた。深手を負ったヴェルクトとターシャはカグラによって古井戸に隠され、カグラが自身の変身能力でヴェルクトになりすまし、身代わりになることでヴェルクトを救った。
襲撃時は別行動をとっていたメイシンはパーティーの再編を提案、バラドにパーティーを抜けるよう要求し、バラドもそれを受け入れた。
ヴェルクトも、それを止められなかった。
ヴェルクトは仲間を守れなかった。バラドやラヴァナス、ファレム、カグラを守れなかった。
もう、自分が守るとは言えなかった。
そしてヴェルクトはメイシンとターシャ、メイシンの手配で仲間に加わったカグラの兄アスラとの四人で再び旅に出た。
だが、バラドが本領を発揮し始めたのは、むしろそれからだった。なくした右腕に魔導水銀の義手をつけて再起したバラドはそれまでに溜め込んでいた財貨を放出、さらにターシャの所属するマティアル教会から勅許と資金提供を受け、マティアル勅許会社という組織を立ち上げた。魔王討伐に必要となる物資や武具などの調達や生産、戦いで荒廃した土地や物流網の復興事業などを行う武装経済組織である。勇者パーティーのメンバーとして構築していた人脈、情報網を生かし、地力がありながらも戦乱によって土地や資産を失い、事業継続が困難となった商会や工房、農場などを吸収することで急成長した勅許会社は、創設からおよそ二年と言う異常な速度で大陸最大の経済体へとのし上がる。
その活動によって人族諸国は急速に国力を回復、魔王軍の侵攻を押しとどめはじめる。
ヴェルクトのパーティーも勅許会社の支援で力を増し、ゾンダ平原で行われた第一次ゾンダ大会戦でラヴァナス、ファレム、カグラの仇である参謀デギスを破った。
この時のヴェルクトの武器は、アレイスタから提供されたアガトス・ダイモーンと、勅許会社から提供されたオリハルコン・アダマンティア合金鍛造刃の短剣ソーマ・レキシマ。大陸五剣の一本に数えられるアガトス・ダイモーンだが、やはりデギスに傷を負わせることはできず、組み打ちに持ち込んだ上でソーマ・レキシマで喉笛を搔き切る形で決着をみた。この戦いで有効性を証明したオリハルコン・アダマンティア合金鍛造刃は、マティアル教聖堂騎士団の槍を皮切りに順次各国に提供されていくことになる。
オリハルコン・アダマンティア合金鍛造刃の製造技術は実戦を重ねることで更に改良、洗練されてゆき、ヴェルクトの剣ヴァイス・レキシマという形で一つの完成を見た。
オリハルコン・アダマンティア合金兵器の量産技術が確立したことで魔王軍との戦局は人族連合優位に傾き、ゾンダ平原で行われた第二次ゾンダ大会戦で、戦争としての魔王軍との戦いはほぼ決着する。
魔王軍主力を粉砕した人族連合軍は破竹の勢いで魔王領を進撃、魔王ガレスの居城であるゴーマ城を包囲した。だがゴーマ城の守りは堅く、また優勢ゆえに生じた人族連合のおごりと足並みの乱れもあって、ゴーマ城攻防戦は長引き、膠着状態に陥った。
その戦いに決着をつけるのが、勇者ヴェルクトの最後の仕事になった。
メイシン、ターシャ、アスラ、そして融和派魔族のイズマと共にゴーマ城に乗り込んだヴェルクトは大魔王ガレスと対決し、滅ぼした。
そして、殺された。
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