第2話 商人は勇者に剣を渡す。

 翌日。俺はマティアル勅許会社マイラ支店の応接室でヴェルクトたちと向き合っていた。

 本社ではなく支店。本社は会社の名前通り、マティアル法王国の法王都にある。

 勅許会社側の人間は社長の俺とハーフエルフの女秘書のグラムの二人、勇者パーティー側は勇者ヴェルクト、聖女ターシャ、魔剣士イズマ、密偵アスラ、魔導騎士メイシンで五人。

 目的は勅許会社で製作した新しい装備品の受け渡しだ。


「こいつだ」


 応接室のテーブルの上においた長い木箱の蓋に手を触れた。


「オリハルコン・アダマンティア合金第五世代鍛造剣ヴァイス・レキシマ。全長五フィート、重量五〇ポンド。ボーゼン型の大型魔導回路を八連装で組み込んである。重くてデカいのが難点だが、お前なら使いこなせるはずだ」


 そんな口上を言いつつ蓋をあける。ぎっしり詰め込まれたおが屑の上に、一振りの大剣が乗っている。


「うわぁ」


 箱の中を覗き込んだヴェルクトは目を輝かせ、子供のような声をあげた。


「触っていいっ⁉︎」 

「もちろん」


 そのためにオリハルコンの鉱山を開発し、加工技術を研究し、武器の試作を繰り返して来たのだ。

 全てはヴェルクトのため、かつて一緒に旅をした十年来の友人のため。

 俺がヴェルクトに出会ったのは十年前。魔王軍の攻撃で滅亡したローデスという小国だった。王都の陥落直後、どこからかふわりと現れ、信じられないような戦闘力で魔王軍を叩き潰した謎の小娘、それがヴェルクトだった。闘神のような戦闘力を見せつけたヴェルクトだが、同時に信じられないような経済感覚の持ち主でもあった。とにかく何もかもがお人好しで慈善主義、自分自身が腹ペコでボロボロになりながらも誰かに手を差し伸べたり、戦ったりしてばかりで、見返りも支援もまるで求めない、東洋宗教の即身仏ミイラにでもなりたがっているような振る舞いをしていた。

 家業であるローデス王都の金物屋を焼け出されていた俺はそんなヴェルクトに目をつけ、一緒に旅をすることにした。なんでも良心の赴くままにやりたがるゆるふわ娘に無償主義の問題点を説き、スポンサー探しをしてタダ働きを回避、マージンをもらうというマネージャーのような役回りだ。

 戦えないが金勘定に細かい三十路のおっさん商人と、滅法強いが金勘定ができない推定十歳のゆるふわ武闘派娘の二人旅は、それなりにうまく回っていた。だが、だんだんと大人になったヴェルクトは強さと声望を増し、勇者の再来と言われるようになった。そして最後には魔王軍に対抗する人族連合の最強国アレイスタより『勇者』の称号を受けることになる。

 俺の居場所は無くなっていった。

 金勘定しかできない俺と、勇者の称号を受け、魔王討伐隊として優秀で毛並みのいい仲間に囲まれるようになったヴェルクト。

 俺が真剣に進退を考え始めた頃、ヴェルクトは負けた。

 ローデスでの出会いから五年後、今から五年前のことだ。

 人族の精神的支柱となったヴェルクトを危険視した魔王軍幹部、参謀デギスが少数の精鋭と共に奇襲をかけてきたのだ。当時のパーティー七人のうち三人が殺され、変身能力者シェイプチェンジャーだった女密偵のカグラが身代わりとなることでヴェルクトはかろうじて生き延びた。

 その場にいた俺はなにもできず、魔獣に右腕を食いちぎられた。

 それを機会に俺はパーティーを離れた。もはや算盤、交渉専門の商人を連れ歩く余裕などないと宣告したのは勇者パーティーの初期メンバーの一人で、アレイスタの第二王子、魔導騎士のメイシン。

 気分のいい話じゃないが、良い機会でもあった。勇者パーティーの一員としての旅の中で、自分にできること、やるべきことは見えてきていた。それは勇者パーティーのメンバーとして前線にいてはこなせない仕事だった。

 俺が離れることでアレイスタの国益で動くメイシンの影響力が強くなることが心配だったが、幸いマティアル教の女傑、もとい聖女ターシャが生き残っていてくれた。ヴェルクトの保護者役を彼女に託し、俺はそれまでの冒険で培ったコネやツテを使い、そしてマティアル教の支援と勅許を得て会社を立ち上げた。

 マティアル勅許会社。

 魔王軍に対抗するための軍需物資や生活物資の手配、魔王軍から解放された地域の復興支援などを行う武装経済組織だ。 

 並行して、上位魔族に対抗するための新兵器の開発にも手をつけた。参謀デギスの奇襲を受けた時、ヴェルクトが持っていたのはマティアル教から提供された宝剣ホルス・レイ。大陸五剣の一本に数えられる名剣だが、デギスには歯が立たずへし折られた。

 デギス、そしてその上にいる魔王ガレスを倒すためにはホルス・レイを上回る武器が必要となる。だが、ホルス・レイは大陸最強格の剣だ。

 新しい武器を作る必要があった。

 折れたホルス・レイに含有されていた希少金属オリハルコンに目をつけた俺は、その鉱山を探し当てて開発し、あらゆる種族、あらゆる世代の職人や技術者、魔術師や錬金術師たちを招聘してオリハルコン装備の設計、開発を依頼した。何百、何千もの試作と失敗、実戦投入を繰り返して完成したのが、ヴェルクトに用意した大剣ヴァイス・レキシマだ。強度は神剣と讃えられたホルス・レイの二七倍、注ぎ込まれた魔力に応じて様々な効果を生み出す魔導回路の出力はホルス・レイの四十倍。強度と出力をひたすら重視した結果、超大型化、まともな人間にはまず扱えない、化け物じみた重さになってしまったが。

 ヴェルクトは大剣を取り上げる。通常の大剣の四倍以上の重量をもつ超肉厚、高比重の剣だが、ヴェルクトは片手で軽々と持ち上げ、鞘から抜き放つ。

 重いとは思わなかったらしい。わくわくした顔でふんふんと鼻歌を歌っている始末だ。

 刀身は白銀。剣の腹の部分には魔導回路が組み込まれており、細かな魔術文字が淡く、金色に輝いていた。


「すごい、きれい」


 ヴェルクトは初雪でも見たような声をあげ、目を細めた。武器というより、単純に綺麗なものを見ている顔だ。きちんと品定めできているのか不安になる。むしろ、後ろの仲間たちのほうがちゃんと見てくれているようだ。聖女ターシャは「へぇ」と声をあげた。仮面剣士イズマは今日も顔が見えないが、それなりに感心してくれたようだ。

 豪奢な鎧にマントをまとったアレイスタの魔導騎士メイシン王子が無言で瞠目する。

 メイシンの傍に控えたアレイスタの密偵アスラが耳障りな声をあげた。


「出過ぎたことを」


 今日も毒気の強い声だ。アスラはヴェルクトの身代わりに死んだ密偵カグラの実兄なのだが、彼女との血の繋がりはまるで感じられない可愛げのなさだった。


「勇者の剣はアレイスタの宝剣アガトス・ダイモーンをおいて他にない」


 アガトス・ダイモーンというのは今ヴェルクトが使っている宝剣の名だ。ホルス・レイと並び称される大陸五剣の一本で、最近ではアレイスタの勇猛な王太子アスールの手によってふるわれ、邪悪なエルダードラゴンを倒した逸話で知られている。

 やや座が白けたが、当のヴェルクトは話を聞いていなかったようだ。ヴァイス・レキシマの白銀の刀身を鞘に収めると、満面の笑顔を見せた。


「すごい! バラド! ありがとう!」


 もう少し勇者らしい言い方はできないものだろうか。俺は苦笑しつつ頷いた。


「光栄だ。社員、出資者、協力者一同を代表して感謝する」


 ヴァイス・レキシマは俺一人で作った剣じゃない。人や資金を集め、必要な仕様をまとめたりはしたが、オリハルコンやアダマンティアなどの希少金属を採掘してくれたのは各地の坑夫たちで、剣を打ってくれたのはドワーフの職人たち。柄や鞘を整えてくれたのはエルフの職人で、刀身に魔導回路を組み込んでくれたのは大賢者ボーゼンを筆頭とする魔術師たち、金主として投資や、素材の聖別処理などをしてくれたのはマティアル教会だ。素材や人材などの護送に携わってくれた陸運、海運関係者、傭兵や冒険者などの活躍も忘れることはできないだろう。


「お待ちください勇者様」


 アスラはキィキィした声で繰り返す。


「あり得ません。勇者にふさわしい剣はアレイスタのアガトス・ダイモーンのみ。下賤の商人ごときが金で用意した剣など勇者にはふさわしくありません」

「金ならうちの教会も出してるんだがね」


 マティアルの聖女ターシャが低く、冷めた声で言った。

 うちの会社はマティアル勅許会社。ターシャの紹介でマティアル教会の出資を受け、マティアル教諸国での自由経済活動を勅許された組織だ。アスラがそれを知らなかったはずはないが、アレイスタのメンツを主張することに夢中で、失念していたのだろう。


「あんただってわかってるだろう。アガトス・ダイモーンはガレスには通じない。デギスを殺したのだって、結局勅許会社で作られたオリハルコンのナイフだった。デギスにさえ通じなかった宝剣が、ガレスに通用すると思ってるわけじゃないだろう? この戦、ヴェルクトが負けたらあとがない。国の面子がどうこう言ってられる場合じゃない。王子様のケツを舐めたいなら見えないとこでやっとくれ」


 魔女みたいな調子で続けるターシャ。マティアル教はアレイスタだけでなく、数多くの人族国家で信仰される巨大宗教だ。アスラも口をつぐまざるを得なかった。

 ざまあみろ・・・・・、といいたいところだが、子供みたいな憎まれ口を言っても仕方がない。この場は知らない顔を決め込んだ。


「聖女ターシャのいうとおりだ」


 メイシン王子が言った。金髪碧眼、長身に均整のとれた体躯、王子様の見本のような容貌の美丈夫。俺にパーティー離脱を求めた張本人だが、恨みつらみはさほどない。

 信用できるかどうかはまた別問題だが。

 良い意味でも悪い意味でもアレイスタの王子様、アスラのような下品さはないが、冷徹な国益主義者で独特の付き合いにくさの持ち主だ。


「今はアレイスタという国の面子を言っている場合ではない。アガトス・ダイモーンより優れた剣が生まれたならば、それを使えばいい。アスラの非礼を許してほしい。バラド社長」


 メイシン王子は物静かな調子で言った。


「とんでもありません」


 俺も商売人の笑顔で応じる。


「ありがとう。だが、アスラの言うことにも一理はある。我が国が用意したアガトス・ダイモーンを手放し、民間で作られた新しい剣を勇者の剣とするとなると、角が立つ部分もある。私としては構わないが、うるさ方からつまらない苦情が出ないとも限らない。名目上は引き続きアガトス・ダイモーンを勇者の剣とし、ヴァイス・レキシマは予備の武器という形にしてはどうかと思うのだが、どうだろうか」


 どうだろうかときたか。


 ヴァイス・レキシマの使用は認めるが、勇者の剣という名誉はアレイスタのアガトス・ダイモーンに残しておけということだろう。


「それは名案です」


 商売人の顔のまま、そう応じる。

 アレイスタの都合だけで言っているのだろうが、落とし所はそのあたりだろう。アレイスタとの関係を悪化させて勇者の支援に支障が出ては元も子もない。


「いいの? バラド」


 ヴェルクトが俺に問う。目には俺を気遣うような色がある。そんなヴェルクトに、俺は友人として笑ってみせる。


「いいさ」


 ヴァイス・レキシマの製作に関わった連中には申し訳ないが、必要なのは名誉じゃない。魔王を倒せるかどうかだ。ヴェルクトの戦いを終わらせられるなら、剣の名前なんてどうでもいいことだ。

 あの御仁・・・・は、逆に「余計な気を回すな」と怒るような気もするが。


「ごめんね」


 ヴェルクトが詫びる。


「気にするな。勝ってくれればそれでいい」


 勝ってくれればいい。生きて帰ってくれればいい。

 俺がヴェルクトに望むことは、それだけだ。

 そしてヴェルクトはヴァイス・レキシマを手に魔王ガレスとの決戦に赴いた。

 生き残ったのは、メイシンとアスラの二人。

 ターシャ、イズマの二人は戦死、ガレスを討ち果たしたヴェルクトもガレスが最後に放った呪いに倒れ、息を引き取ったという。

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