第24話 十五秒

 閃光、光還者が鬼に対して使う奥義である。これは鬼となってしまった魂への慈愛の一撃であり、決して鬼に対する恨みから編み出された技では無く、光還者本人への負担の大きいものだった。そのために技の性質上、殺気が弱いのである。デーツェは鬼王権現から魄を操作する能力と相手の殺気を読み取る力を授かっていた。これにより、戦闘中相手がどのような攻撃を繰り出してくるのかを理解できた。後者は能力というよりも強制的に発動するもので、刺激を求めるデーツェにとっては本来不必要なものであり、本人には当初不満があったが、いかに相手の攻撃を避けるか、というゲームのように戦闘を捉え始めることで刺激を求め続けた。だが閃光は例外だった。閃光は殺気が察知しにくい分、避けることが普段より格段に難しくなっていた。さらに、いかに堕天使と言えど鬼から授かった力を行使していたことで、鬼としての一面が色濃く出ていたデーツェにとって閃光はまさに危険な技だった。そして魄を操る能力も万能ではなく、複数人を同時に操ろうとすると負荷が強い分、効きが弱くなってしまうという欠点があり、それをデーツェは自覚していた。リアンはそこまで気づいていないようだが、一人が仮に操られても他の光還者がその隙をついて閃光を決めることができればデーツェを倒せると予想していた。全員が地面を蹴り、光還者は最後の力を振り絞った連携とデーツェ単身による攻防の決着が着くのにはかかった時間は、十五秒程だった。


—――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 最初に閃光を放ったのは白影だった。彼女は翼により天高く飛び上がり、紅く刃が輝いたハルバートを突き出しながらデーツェ目掛けて急降下した。モーションの大きい攻撃はデーツェならばいとも簡単に避けられるだろう、しかし攻撃が閃光であるが故に自分の予測に確信を持てていなかった。デーツェは白影の突きを避け、着地の隙を狙おうと大鎌を振るおうとした。だがここでデーツェには白影以外の光還者への意識を消すことは出来なかった。白影の隙を奴が突くことを光還者たちは理解しており、すぐさま次の閃光が繰り出されたのだ。それを放ったのは白城であり、彼の閃光の特徴は緑色の光と武器の数である。彼は五つの武器までなら閃光を放つことができ、今回は三つの手裏剣と二本のくないを選んだ。まず手裏剣を全て横一直線に投擲し、白影へのカウンターを試みたデーツェの意識を逸らす。この時点でデーツェは白影へのカウンターよりも白城の閃光へと意識を向けざるをえなかった。奴は大鎌を振るうのを止め、迫りくる手裏剣を大鎌で弾き、白影と白城から距離を取るためにバックステップをして仕切り直しを試みる。しかし、そのタイミングを見計らってスコープを覗いていた者が一人いた、白百合奏である。彼女の青白く輝いた閃光は特大の銃弾としてデーツェへと放たれた。閃光の中でも弾丸のように高速で放たれる種類を持つ白百合は予知能力が機能しにくいデーツェにとってまさに天敵と言える。奴はこれをさらに後方へと跳躍することでかわす。これにより光還者に囲まれることなく一度仕切り直しが出来たと思考したのも束の間、その跳躍すら読んでいたのは白峰と丹羽だった。白峰は鎧を纏っている分、本来機動力には難があるはずだった。しかし彼はこの一瞬だけ、瞬翼ではなく翼を発現させて急加速をすることで丹羽と同等以上の機動力を得ていた。デーツェからすれば白百合の閃光によって見えなくなっていた目の前の視界から突然二人が高速で近づいて来るのだから反応は当然遅れた。まずデーツェに閃光を放ったのは白峰であり、それは鎧と同等の強度を自分の身体に施して放つ拳だった。その拳をデーツェは咄嗟に大鎌の持ち手で受け止めようと試みるが、閃光となった拳はそれだけで受け止めきれるものではなく、さらにそれをいなす必要があると判断したデーツェは大鎌を回転させ、白峰の拳を受け流そうとした。しかし、白峰はそれを許さず、もう片方の拳でデーツェの大鎌を掴んだ。これにより、デーツェはその場で無理矢理にでも白峰を引き離すか、大鎌を捨てるかの選択を迫られた。デーツェは刹那の思考で白峰の身体を利用することを考え、ここで初めて魄の操作を開始した。この時点で、デーツェの敗北が確定する。魄の操作には対象の魄に意識を集中させなければならない、仮に白峰を操れたとしても実際に行動させるためのタイムラグ、そして閃光をまだ温存している丹羽玲司がいるにも関わらず意識を一瞬でも逸らしてしまったことで生まれたチャンスを丹羽玲司は決して無駄にはしなかった。

「これで、終わりだ……!」

 デーツェがその言葉を耳にした時にはすでに遅く、デーツェは自身の頭上から視界を埋め尽くすほど白く輝いた剣が振り下ろされるのをただ見ていることしか出来ず、丹羽の放った閃光はデーツェの左肩から右脇腹にかけて斬りつけた。彼の剣がデーツェに届いた時、奴は痛みに悶えることも、彼への憎しみの情を抱いているような表情をしていなかった。その代わりに奴はただ、笑っていた。


—――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はぁ……はぁ……。」

 俺は地面に着地した直後、動くことが出来なかった。最後の一撃に現状の最大威力と、極限まで研ぎ澄まされた集中力を保っていたせいか、身体にどっと疲れが押し寄せてくる。

「これが、死……ですか……。」

 デーツェは立ったまま掠れ声で言葉を発する。普通の人間ならば即死しているほどの重傷だが、天使であるためか、デーツェはまだ意識を保っているが、その声色からもう奴は戦えないと判断できた。

「私が求めていた刺激はこんなにも痛く、そして気持ちの良いものだったのですね……。」

 死に際だというのにデーツェは満足げで、俺は何だか釈然としない気分だった。

「お前は……もう死ぬのか?」

 俺は敵であるデーツェの方を見ずに冷たく言い放った。これまでのデーツェの行いを考えれば同情の余地などなく、奴が死ぬことに俺は憂いることや、ましてや殺すことになったことへの後悔など一切無かった。

「えぇ……私は死にます。ですが丹羽玲司、最後に一つだけ……伝えたい。」

「…‥なんだ?」

 会話することすら嫌な相手なのだが、死に際なら聞いてやるか、という気分だった。

「これほどの刺激をくれた貴方に……感謝を。ようやく私は……ずっと追い求めていたものを、得ることが……出来ました……。」

 デーツェは最後にそう言い残してドサッと仰向けに倒れた。ここで俺はようやく振り向き、直前までデーツェだった身体を見下ろした。するとデーツェの身体は白い光に包まれ、大量の光の粒となって散り散りになり、空へと舞っていった。これが天使の死なのだと直感した。

「死ぬ時まで嫌な奴だったよ、お前……は。」

 俺はそう言うと、緊張の糸がぷつりと切れたかのように全身から力が抜け、膝を突いた。

「玲司!」

 白峰がすぐに駆け寄ってくる。さらに俺たちの元へ続々と共に戦った光還者たち三人が集まって来た。

「丹羽っち、大丈夫!?」

 最初に飛び込んできたのは白影だった。彼女は俺の肩をガッチリと掴んで俺の疲れ切った顔をまじまじと見つめてくる。

「あぁ、大丈夫だよ。」

「良かった!」

 俺が自らの無事を伝えると彼女は勢いよく抱きついてきた。俺は突然のことに驚くと同時に、こんなに彼女を心配させていたのかと申し訳なく思えてきた。

「悪いな、ずいぶん心配かけちゃって。」

「ほんとよ、心配したんだから!」

「デーツェを倒せたんだから許してくれよ。」

「まぁね、でも丹羽っちが無事で良かったよ!」

 白影はこの中で唯一デーツェに操られた光還者だ。奴への怒りや憎しみは最も強くてもおかしくない。

「こらこら薫ちゃん、丹羽君は今疲れてるんだから安静にさせた方が良いんじゃない?」

 俺に抱きついてきた白影を見て、白城が諭した。

「あぁ、ごめん! 丹羽っち。」

 白影は少し申し訳なさそうに謝り、俺を地面に座り込むのを手助けしてくれたが、彼女の気持ちがよく理解できた俺は彼女にそんなふうに思って欲しくなかった。

「いやいいんだよ、俺だって嬉しいんだから。」

 俺は満足げに、今できる最大限の笑みを浮かべて白影に応えた。

「それにしても、本当に勝てたんだね……。」

 白城はまだ現実が理解出来ないかのようにボソッと呟いた。

「あぁ、皆のお陰でな。」

 俺はこれ程まで彼らに感謝する日が来るとは思っていなかった。デーツェは倒せたという達成感と新しくできた友人たちとの絆の深まりを感じると、俺は胸が高鳴った。

「それより、俺は本物の天使様が話してるところは初めて見たぞ。」

「状況が状況だったから流してたけど、僕らってすごい体験しちゃったんじゃない……?」

「そうよね、天使様と話した人間なんてこの世界で私たち以外にいるのかな?」

「白導院さんならあり得ると思いますよ。なんたって白導院教会のトップにいらっしゃる方ですし。」

 全て終わった後になってようやく彼らはリアンのことについて話しながら、色々聞きたそうに俺へ視線を送ってくる。リアンが彼らの前に意識だけとはいえ姿を現したので、彼らには話しても構わないと判断するが、いかんせん今は疲れがピークに達しており、すぐにでも帰りたかった。

「後で話してやるから、今はとりあえずお前らの家に帰らせてくれ。」

「そうしたいが、他にも鬼が残っているんじゃないのか?」

「いや、いたとしても今は逃げたいよ。」

「そうね。廻斗の言う通り、今は戦えるような状況じゃないわ。」

「私がスコープで周りを見てみます。皆さんは休んでいて下さい。」

 白百合が翼を展開し、空へ飛び立っていった。俺はもう一歩たりとも動けない、いや動きたくないというのが本音だ、地面に大の字になって解放感を満喫する。白峰たちと話して出来なかったが、今日の勝利における功労者であるリアンにも声をかけるべきだろう。

(やったな、リアン。)

(うん……本当に良くやったよ、玲司。一つ聞きたいんだけどさ……。)

(ん?)

(今は楽しい?)

(そうだな……すげー楽しいかもな。)

(そっか……なら良かったよ。)

(お前もずいぶんと疲れてるみたいだし、今日はとっとと帰りたいな。)

(うん、僕もそうしたいかな。)

 リアンは苦笑いを浮かべているように思えた。直後、交天が聞こえてきた。

(白導院さんがこちらへ向かってます!)

 思わぬ登場に俺は驚いた。彼女は鬼王権現と戦っていたはずだ、デーツェが消滅したことと関係があるのかなどと呑気に考えながら上空を見ていると、見間違いようのない翼の生えた人間が俺たちのもとへ一直線に、高速で飛来する。神速という言葉は彼女のためにあるのではと思わせるほど一瞬で、かつ音もなくそれは俺たちの眼前で着地する。それは紛れもなく白導院真理本人だった。

「皆無事か!?」

 彼女の焦った表情は初めて見た。

「白導院さん、デーツェの消滅を確認しました。鬼王権現の方は大丈夫なんですか?」

「あぁ、奴は姿を消した。しかし、君たちがデーツェを倒したのだな、良くやった。」

 彼女が光還者を褒める所は初めて見た。彼女と一緒にいた時間はかなり短いが、あまり人を褒める人間とは思えなかった。実際、彼女はかすかに微笑み、彼らを労っていたが、そんな姿が珍しいのか白峰たちは一瞬固まった。

「もう休むといい、鬼のほとんどが既にいなくなっている。」

「分かりました。」

「やったー! 帰って早くお風呂入りたーい!」

「ゲーム以外のこと言うなんて珍しいね、薫ちゃん。」

「うふふ、それくらい疲れたのでしょう、私もくたくたです。」

 白峰は白導院さんに対していつもの態度を崩さなかったが他の三人はデーツェを倒した解放感からか既にリラックスしたかのように会話をしている。

「帰ったら皆でパーティとかしたいよね。」

「賛成! 帰ったら早速お菓子買いに行かなきゃ!」

「疲れていたんじゃなかったんですか? あ、でも丹羽さんの天使様について詳しく聞いてみたいですね。」

「そういえばそうだよ! また流してたけど、とんでもないことじゃん!」

「それは確かに、前代未聞だろうね。」

「皆、家に帰るぞ。話はその後でも遅くないだろ。」

 白峰の言葉で皆は翼を広げる、家に帰るために。

(玲司、ごめん。身体借りるよ。)

「え……?」

 リアンの突発的な言葉に大して返す言葉もなく、俺の意識はまた遠のいた。次に目が覚めた時にはやはり俺の目の前には自分の身体があった。

「白導院真里。」

 リアンは真剣な声色で彼女の名前を読んだ。突然のことに白峰たち他の光還者たちも驚いて飛び立つのを止めた。

「貴方がリアン様ですね。このような形でお話しできるとは……。」

「驚かせてごめんね。でも、君に言わなければならないことがあるんだ。」

 リアンは白導院の目を真っ直ぐ見て、淡々と告げた。

「僕はもうすぐこの世界から消える。」

(は……?)

 白導院以外の誰もが戸惑っているようだった。彼らと同じように彼女の言葉を俺は理解できなかった、したくなかった。その意味は俺の頭の中にすっと入り込み、俺を納得させる。時折リアンから感じていた違和感、それがリアンとの別れを示唆していたものだと、俺は今更気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る