第23話 仲間

「残念ですが、そろそろお終いのようです。徐々にではありますが、貴方の力に身体が着いてこられなくなっていますね。天界の擬似顕現で取り繕っているとはいえ、焼石に水ですよ。」

 デーツェはいつもの余裕を取り戻しつつあった。

「くそっ……!」

 リアンは悪態をつき、デーツェを睨む。俺はそれをただ見つめることは出来ず、リアンに必死に話しかける。

(リアン。もういい、俺に代われ!)

(君に代わってどうにかなる相手じゃないだろ!)

 リアンは初めて俺に反抗したかもしれない。俺はムキになって彼女と同じように喧嘩腰にならざるをえなくなるほどに切迫した状況だった。

(じゃあ今のお前で勝てるのか? もう俺の身体が保たないかもしれないんだぞ!?)

(でも、君じゃ勝てないじゃないか! それに、身体の方は心配しなくていい! 僕がカバーできる!)

 デーツェは俺の身体が保たないと言っていたが、それが違うということなのか、俺にはリアンの言葉の意味を理解するのに数秒要した。だがもし俺の身体にかかる負担をリアンが背負っているとしたら、黙って見ていることなど出来ない。

(だからって心配するなってのは無理だろ!)

 俺は自分の身体の制御権をリアンから取り戻そうと彼女を説得するが、取り返したところで勝ち目は無いと分かっている。だがこれ以上俺が、何よりリアンが傷つくのを見ていられないというのが本音だ。

(でも……。)

(お前、俺のこと何だと思ってんだ! 俺は確かに、成り行きで光還者になった。でも言っただろ? 俺は自分の平穏を守るために戦うって。その平穏にお前は含まれてんだよ!)

 俺がここまで感情を剥き出しにしてリアンに言葉をぶつけるのは初めてだった。リアンは俺を蘇らせたことに何かしらの責任を感じているのかもしれないが、俺からすれば蘇らせてもらえただけで十分なのだ。だからリアン一人が無茶をする理由などないし、俺からすればそれは余計なお世話というものだ。

(皆でやるんだ、リアン。俺はもう、一人じゃない。)

(……僕は思い違いをしてばっかりだな。)

 数秒の沈黙の後に聞こえた声はやけに穏やかだった。

(え……?)

(僕が一人でデーツェは倒そうとしたのは勝算あってのことだったけど、勘違いしていたらしいし、玲司にとって光還者の皆は思っていた以上に大事な人たちらしいね。)

 リアンの言ったことの前半は初めて知る情報だった。

(玲司の言う通り、皆でやるよ。)

 リアンの声が反響するように聞こえながら俺の意識はまた遠のく。

 目が覚めると俺は現実へと戻って来ていたが、同時にデーツェが俺目掛けて大鎌を振りかぶっていた。俺は急速に覚醒する意識の中で、反射的に剣でそれを受け止めようとする。俺にとってデーツェの攻撃は単調なものに見えた。完全に受け止めきれなくても吹き飛ばされる程度で、むしろ距離を取れると俺は考えていたが、それは甘かった。直前まで見えていた大鎌は俺の剣に衝突する直前に視界から消えたのだ。この時点で俺は自らの死を直感した。だが、次に聞こえて来た音は、激しい金属のような音、つまり武器同士が衝突した音だった。

「玲司!」

 次に聞こえてきたのは白峰の叫び声だった。デーツェの大鎌を両腕で掴み、俺への攻撃をなんとか止めていた。この時、俺は自分がリアンとの一体化状態ではないことを自覚した。

「丹羽っち!」

「丹羽君!」

 白影と白城も白峰に続き、デーツェに迫る。デーツェは俺を仕留めることを諦めたのか、無理矢理白峰を蹴り飛ばし、間一髪で二人の攻撃をかわし、距離を取った。

「ほう、まだそれだけの気力があるのですか。面白いですね、人間というものは。」

 デーツェは微笑む。

「当たり前だろ。」

 白峰は語気を強め、鎧を纏っているため分からないが、これまでの奴への怒りを込めたかのような目で睨んでいるように見えた。

「まぁ、貴方がたが頑張ってくれるのなら、私は楽しむまでですよ。」

 デーツェは大鎌を構える。それに対峙するように他の皆もそれぞれの武器を構えている。

(玲司、奴を倒すには全員で閃光を放つしかない。)

 脳内にリアンの声が響く。閃光は光還者の使う奥義であり、それならデーツェといえど倒せるとは思うが、そもそも奴に当てられるかが問題であり、それ以上に厄介なことがある。

(でも操られるんじゃないのか?)

 魄の操作が出来る奴に閃光を仕掛けることはリスクが大きいように感じる。以前にも白影が操られたことを考えると良い策とは思えなかった。

(いや、数で押せばいけるよ。僕を信じて欲しい。)

 実際リアンの案以外に思いつかなかった。

(分かった。)

 俺は覚悟を決め、交天で皆に作戦を伝える。

「全員で奴に閃光を使うぞ。」

(でもそれじゃ、また操られちゃうんじゃないの?)

 白影が視線を動かさないまま反論してくる。前回デーツェに操られた彼女にとって閃光を使うことはリスクを感じるのだろう。だが俺はリアンの言うことを信じるの既に覚悟を決めていた。

(リアンが言うには全員で行けば可能性はあるらしい。)

(恐らく、一人操られたとしても他の誰かの閃光を奴に決めれば倒せるということなんだろうな。)

 白峰も同じようにリアンの提案を信じているようだった。

「まぁ、これしか無いんじゃない?」

 白城も、白峰に続き同意した。二人の様子を見て、白影も腹を括ったらしく、分かったわよ、と渋々ではあったが納得してくれた。

「白百合さん、今から全員で閃光を放ちます。お願いしていいですか?」

(……分かりました。皆さんを信じます。)

 少し間を空けて、白百合さんもこの作戦に同意した。全員に即興の作戦共有が終わったところで、リアンが再び俺に話しかけてくる。

(玲司、この作戦の要は君だ。申し訳ないけど、僕は一体化を保つのに精一杯だと思う。)

(あぁ、この際仕方ない。俺に任せてくれ。)

(頼んだよ。)

 無茶という言葉からは出来るだけ遠ざかるような人生を送ってきた俺からしても今は正念場だった。全てはデーツェを倒すため、そして俺の平穏を取り戻すためであり、自然と剣を強く握る。

「雑談は終わりですか? 退屈しそうですよ。」

 デーツェは不満げにこちらを見下すような視線を送ってくる。俺はそれに悪態をつくように言い返してやった。

「あぁ、退屈なんてさせねぇから安心しろ。」

「それでこそですよ、丹羽玲司。」

 デーツェはまたニヤリと笑う。お互いが武器を構え、タイミングを見計らっているのか、静寂がこの空間を包み込む。ごくりと唾を飲み込んだり、瞬きすら躊躇うような時間、緊張という空気で膨らみ続ける風船が破裂するような瞬間、その場にいる全員が同時に地面を蹴っていた。

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