第21話 絶望と希望
最初の斬撃を俺が弾き返すと、デーツェの身体はひらりと宙を舞い、俺の数メートル先に着地した。それはまるで戦いを楽しむようであり、サーカスに出てくるダンサーのようにも思えるほどだった。
「ずっと貴方のことが気になっていました。」
すぐさま戦いを続けるかと思いきや、デーツェは予想外にも会話を始めた。白峰たちが来るまでの時間稼ぎになると考えた俺は奴の話に耳を傾けた。
「初めて貴方を見た時、魄が他の人間と違うと分かりましたが、なるほど、天使が魄の代わりを担っていたのですね。」
謎が解けたことが嬉しかったのか、奴は口角を釣り上げ、ジロっとこちらを見据えていたが、その気味悪さはもはや言うまでもない。
「クックック……ハハハハハハッ! 面白い、面白い面白い。貴方のような光還者は今まで見たことが無い! 今日はもう五十人程は屠りましたが、やはり最後は貴方が相応しい。」
「!?」
五十人、早口ではあったが俺ははっきりと聞こえた。今日奴は五十人の光還者を殺したという事実は俺に衝撃を与えると同時に恐怖心を植え付けようとしていた。
「あぁ、ですが先に貴方の知り合い……確か白峰とか言いましたか。彼らを殺したほうが、貴方は本気を出しますかね?」
直後、俺の中に生まれた恐怖心はそれ以上の激情によって塗り替えられていく。確かに俺は恐れている、だがそれ以上にこいつは生かしておいてはいけないのだと本能が命じている。こいつはここで確実に仕留めなければならないという義務感すら湧いてくる。
「……させねぇよ。」
俺の激情は言葉となり吐き出された。それは俺が人生で初めて抱くと言えるほどの怒りを通り越した憎悪であり、それを受け止めてなお、奴はより一層に快楽に対する期待に満ち溢れた気色の悪い笑みを浮かべている。俺は小さく踏み込んだ。小さな踏み込みではあったが、初速の時点でほとんどトップスピードと変わらなかった。俺はもう周りの誰も気にすることはなく、ただ目の前にいる悪魔を仕留めることだけを考えている。
「ハアァッ!」
俺の振り下ろした剣を奴の身体に掠ることなく地面に衝突した。すぐさま俺はデーツェの姿を追いながらそれに即した動作を開始する。デーツェは笑みを浮かべながら、奴の背丈ほどあるような大鎌をまるで手足かのように自由自在に操る。俺は剣の間合いに入りこもうとするが、奴の振り回す大鎌はそれを許さない。特定の型があるわけでもなく、まるで即興でダンスをしているかのような鎌捌きは俺が体験したことの無いような独特な戦闘スタイルだった。視界のあらゆるところから奴の大鎌の先端は正確に俺を突き刺そうと襲いかかってくる。それらの攻撃はまるで殺すことに特化した生き物から繰り出されているかのようであり、俺は脊髄反射のように対応していった。
「良い、良い、良い! 天使の力を直接身に宿す人間など貴方くらいですよ! 今、私は楽しくて仕方がない!」
デーツェは興奮を全面に押し出し、より一層大鎌の速度は上がった。
「貴方に会えて本当に良かった! だが、まだだ! もっと、もっともっと私を楽しませなさい!」
デーツェの操る大鎌はまるで奴の感情に呼応するかのようにその斬撃は激しさを増していく。金属音の聞こえる頻度は瞬く間に増え、俺はついに剣で受け止めきれなくなった。死の予感を感じる間もなく、俺が受けた攻撃は大鎌による斬撃ではなかった。
「うおっ……!」
腹部に衝撃と痛みを感じるた時には俺の身体は吹き飛んでいた。だが、それだというのに俺の身体から出血は無く、それがデーツェによる蹴りによるものだったと気付いたのは身体が地面を転がり始めた頃だった。俺は全身を地面に強く打ちつけ、よろよろと立ち上がることしか出来なかった。
(玲司、大丈夫か!?)
リアンの言葉が脳内に響く。大丈夫な訳はない、リアンとの一体化を以てしてもデーツェとの実力差を埋めることは叶わなかった。
「そんなものですか、貴方は! まだ、まだまだまだまだまだぁ!」
デーツェはどうやら俺で楽しみたいらしい。先ほどの一撃もあえて蹴りにしたのは俺が死なないようにするためだろう。またも俺の命はデーツェという他人の掌の上で転がされているという事実は、俺を怒らせ、その感情は俺の原動力となるが、身体が追いつきそうもない。リアンの身体強化により痛みや疲労などの回復はするが、精神は別だ。奴に見せつけられた圧倒的力量差によって折られかけた心はなかなか簡単に立ち直れるものではない。
「くっそ、がぁ……!」
俺は普段吐くことのない暴言を吐き、負けじと奴を睨むことしか出来なかった。
「あぁ、貴方はまだまだ闘志に満ち溢れているではありませんか。その目つき、私に向ける敵意、まさに貴方は今窮鼠の状態というわけです。あぁ、楽しみです……。」
窮鼠猫を噛むという言葉を使って俺のことを揶揄しているようだが、奴の表情は未だ興奮を失っていない。今の俺では足りない。白導院が来るまでどうにか時間を稼ぐしかないが、俺一人でどうにかなる状況ではなかった。
「さぁ、続きといきましょう。私をもっと、楽しませて下さいねぇ!」
黒と白の翼を広げた堕天使高らかに言い放ち、俺の元へ大鎌を突き立てまいと襲いかかってくる。俺は剣を構えるが、ヒリヒリと肌で感じる奴の殺気に気圧されていた。
(丹羽さん、伏せて!)
奴の殺気に飲まれそうになった俺を救ったのは聞き覚えのある女性の声だった。俺は彼女の意図を汲み、反射的に屈み、奴の足元を狙うように剣を振るうための構えを取る。これでデーツェは下に視線が移るはずであり、そうなれば自然と前からの飛来物に気づきにくくするという即興の作戦だった。
「それ、さっきもあったんですよねぇ。」
俺が剣を振るう直前、デーツェは全く動じる様子もなく、俺の刃を跳躍することで避けると同時に大鎌を俺に振り下ろすことを止め、何かに備えているかのようだった。それを俺は知っている、デーツェを仕留めるために脳内に響いた彼女からの合図。そしてそれに瞬時に対応し、彼女が放つ弾丸から身を守るために大鎌で弾丸を弾こうと振るっている。ガキン、という鼓膜を大きく震わせるような衝撃音の後に、デーツェは体勢を崩した。それもそうだ、空中でスナイパーライフルの弾丸を大鎌で弾くのだから衝撃を完全に受け止めるのは至難の業だろう。その隙はようやく訪れた好機であり、それを見逃すほど俺は絶望していなかった。
「ハァァッ!」
渾身の力で斬り上げる。それを奴は大鎌の持ち手の部分で受け止め、さらにその力を利用して跳躍して俺から距離を取った。スタッと危なげなく着地した奴はこのピンチに動じる様子を一切見せず、笑みを浮かべていた。
「まぁ、満足しきれていませんでしたから、これくらいが丁度良いかもしれませんねぇ。」
奴はその場で踊るかのように大鎌を高速で回転させてから構えた。
「玲司!」
後方から声が聞こえてくる。それは長い付き合いであるにも関わらず最近までろくに話してこなかった友人、白峰暁堅だった。そして彼に続くように白城が俺の元へと降りてきた。
「玲司、その姿は……?」
白峰は初めて見る俺の姿に困惑しているようだった。それも無理はないことだが、今優先すべきはデーツェの討伐だった。
「細かい話は後だ。それより白導院さんは来れそうか? あの人なら一瞬で終わるんだが。」
俺の質問に白峰は口を開くことはなく、代わりに白城が説明してくれた。
「多分白導院さんは来れないよ。ずっと鬼王権現と戦ってるんだ。」
頼みの綱であった白導院の到着が期待できないと知り、俺は愕然とした。そうなるとやはり俺たちがやらなければならないことになる。それは果たして可能なのかと聞かれれば俺は無理だと即答するだろう。まずデーツェは渋谷の時に白峰と白城を重傷にまで追い込んでいる。それに以前より奴は好戦的に、そして貪欲に刺激を求めるかのような戦闘スタイルに変化している分、当時よりも強いだろう。
「なら、俺たちでやるしかない、か……。」
突然突き付けられた事実は俺をまたも悩ませる。そもそもデーツェに対抗出来る人間が俺しかいない以上、俺が一人でやるしかないのだ。そんな責任と使命感をひしひしと感じていると、白峰が辺りを見渡して俺に質問をしてきた。
「白影が見当たらないが、無事なのか?」
「あぁ、デーツェに操られると思って隠れて……ってお前たちも危ないんじゃないのか?」
「あぁ、実はさっきデーツェと戦った時に判明したんだが、奴が操れるのは同時に一人までだ。」
「そうなのか?」
俺は驚き、目を見開いた。そして唐突に前方から声が聞こえてくる。
「確かに、私は一人しか操ることが出来ません。もし制限が無かったら、光還者全員を操って死ぬまで戦わせるでしょうが。」
デーツェは自分の恐るべき妄想をさらっと述べた。それは背筋が凍るような内容であるにも関わらず、俺はそれを平然と受け止めており、奴ならやりかねないと腑に落ちてしまっていた。今はそれよりも奴の欠点が分かったことへの安堵の方が大きかったのだ。これで俺一人でやる必要は薄れたと言える。
「なら俺たちでやるしかないな。他の人たちは剛鬼による被害拡大を防ぐために動いている。」
白峰の言葉で俺は気が引き締まる。この場にいる五人であの怪物を仕留める、それは容易なことではないが、やるしかないのだろう。俺は剣を構え、白影に対して天交する。
「白影、俺たち五人でデーツェを倒す。連携は頼んだぞ。」
(分かった。)
彼女はやはり緊張しているようで、声は強張っていた。俺はどう声を掛けるべきか悩み、自分のコミュニケーション能力の低さを憂いた。ここで何か気が利く一言でも言えれば、と思った俺は苦し紛れに言葉を搾り出す。
「か、帰ったらどんなゲームするんだ?」
(ねぇ! それフラグってやつじゃない?)
「え……あ、すまん!」
彼女の言葉の意味を理解した瞬間、気まずさと恥ずかしさから急激に体温が上がっていくのを感じる。
(あははっ、別にいいよ。ありがとね、玲司。)
「お、おう……。」
俺はもっと怒られるのかと身構えたが、彼女の声は穏やかだった。俺はそれが何故なのか分からなかったが、とりあえずこんな戦場で関係が険悪にならなくて良かった、と息を吐いた。俺は剣を構え、二人に向けて声を掛ける。
「やるぞ。」
「あぁ。」
「倒すよ。」
奴に対峙するは俺と白峰、白城に後方支援の白百合、そしてこの状況を観察しながら待機しているであろう白影の五人。戦力としては現状の最高戦力だが、相手は何せあのデーツェだ、油断など出来るわけもなく、ピリついた空気が漂い始める。
「あぁ、いい! 素晴らしい! 貴方がたは私を倒さんと向かってきてくれる、それがどれほど幸福なことか! さぁ、楽しみましょう、光還者の皆さん!」
奴は大鎌を振り回しながらこちらへと向かってくる。それは例えるなら災害のようであり、ただ暴れたいという一つの欲望を抱え、意思を持って向かってくる天災だった。その圧倒的な威圧感と狂気に晒され、たじろいでしまいそうになる。
(玲司!)
そんな俺を鼓舞したのはリアンだった。俺は歯を食いしばり、勢いよく地面を蹴った。まるで台風に人間が挑むかのような無謀さすらあったが、リアンとなら、彼女となら何とかなるかもしれないという小さくも確かな希望が俺の心に灯っていた。
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