第20話 一体化
リアンに合図を出してから、俺の心臓部分が光り輝いた。初めて見た時も驚いたが、体内でリアンの存在をより感じるような気がすると同時に、俺の意識の他にリアンの意識が頭の中に深く入り込んでくる。一体化する前はお互いの意識が独立して存在している状態だったが、一体化をするとこれが混ざり合い、思考を共有するようになり、こうすることで天使の能力を普段よりも強く発揮できるようになるとリアンからは聞かされていた。能力的な変化だけでなく、それは外見にも現れる。例えば剣はより大きく、装飾も豪華になっており、髪は白髪に、瞳は紅く変化している。これはリアンの本来の姿に近づいた結果なのだという。
「丹羽っち、その姿は……?」
「俺は他の光還者と違くてな。」
俺は細かいことの説明を省き、彼女を一瞥してからまた剣を構えた。
「とにかく今は剛鬼を倒すぞ。」
「うん、そうだね。」
彼女は戸惑いながらもハルバートを構えた。
「――――――!!」
剛鬼は叫んだ。俺は白影と呼吸を合わせ、同時に駆け出す。俺たちと剛鬼の距離が消え去るのには一秒もかからず、それと同時に奴の振り下ろした棍棒と俺の剣、白影のハルバートが激しく激突する音の後に衝撃波が訪れた。そこからは俺の動きに対して白影がアシストするような形での戦闘になった。剛鬼が何度も振り下ろす棍棒は的確に俺や白影のいるところへと迫ってきており、俺たちは連携を取ることが難しかった。しかし、俺はリアンとの一体化による身体能力の補正によりそれらの攻撃を避けたり、剣で受け流すことが出来ただけでなく、少しずつではあるが剛鬼に傷を負わせていた。剛鬼の攻撃は凄まじく、一撃でもその攻撃を受ければ俺たちの連携が崩されるのは明白だった。まだリアンと一体化した状態で剛鬼とどこまで渡り合えるか不透明だったため、一度でも連携が崩れれば死に直結するかもしれないという恐怖があったが、それを考える暇も無くなる程に剛鬼の攻撃速度は早く、俺と白影の二人を相手にしていることから攻撃が分散しているおかげで持ち堪えられている状態だった。
「――――!」
剛鬼は雄叫びを上げながら息つく隙も与えまいと攻撃を繰り出してくる。それを捌き続けるのは至難の業であり、人と鬼の体力差は歴然だった。俺はまだリアンとの一体化をしていた分、耐えられているが、白影の方はそうでなく、このままではジリ貧だと踏んだ俺は一段スピードを上げた。そして一時的に剛鬼と一体一の状況を作りだし、白影には端的に一言だけ伝えた。
「休め!」
俺は彼女の方を一瞬だけ見ると、所々出血箇所が見られ、それだけを伝えることしか今の俺には出来なかった。俺は呼吸も忘れる程に剛鬼の攻撃を捌いていた。単純に剛鬼からの攻撃量は二倍になる訳だが、俺はリアンとのリアンによる身体強化を極限まで施しているため、辛うじて渡り合えている。まるでこの世界で俺たち以外の時間が遅くなっているかのような感覚に陥るほど俺の剣と剛鬼の棍棒が衝突する音と衝撃波は周囲の地面にヒビが入り、それがさらに伝播していた。
「うぉらぁっ!」
「ゴオオォォォオァァァァァ!」
俺と剛鬼だけの叫びが響き渡る空間だけが切り取られたかのような空間で、俺はただ必死に、そして隙を伺いながらひたすらに剣を振るい続けた。そして瞬翼を常に発現させ、一定の場所に立ち止まることなく、移動を続けながらの戦闘を俺は繰り返す。一箇所に留まるよりも機動力では僅かながら瞬翼で上回っていることを活かした作戦だ。俺は一直線に動くのではなく、壁を利用して跳躍したり、瞬翼による、人間にしては奇怪で予測しづらいであろう動きをしたりすることで、剛鬼の攻撃するタイミングを計らせないようにした。その甲斐あってか、剛鬼の動きが段々と目で追っていけるようになっていることを少しずつ実感できていると同時に、剛鬼に与えられる攻撃の数も増えてきた。
俺と剛鬼の戦いがどれほど続いたかはもう俺には分からない。俺には長く感じられるが、どうせ実際に経った時間は数分に足るかどうかなのだろう。だが俺がまさに命を賭けていると言っても過言ではない状況に置かれていることは確かだ。俺は腕の感覚がまだあることを認識しつつ、ヒットアンドウェイのアクロバティックな戦闘スタイルで徐々に剛鬼の速度を上回りつつあった。そして、一体化により強化された剣は少なくとも剛鬼の振るう棍棒に劣らない武器と化しており、俺は自分の限界を常に超えていっているという万能感すら感じつつあった。このままいけば勝てる、という予感が浮かんできては即座にかき消す、油断が死を招くことを俺は直感していたからだ。
ガキーン、と俺の剣と剛鬼の棍棒が一際大きく衝突したタイミングを見計らって俺は距離を取った。はぁはぁ、と荒くなっていた呼吸を少しでも整えるが、剛鬼にはやはり呼吸という概念が無いのか、呼吸している様子は見られない。そして、剛鬼は即座に俺との距離を詰めてきた。戦闘マシーンに例えられそうな剛鬼は疲れを感じさせないのだから、この僅かな時間でも有効活用しない手は無い。俺の思考をリアンは即座に理解し、了承する。
(いけ、玲司!)
まさに脊椎反射かのように返ってきた返答を聞いた直後、俺は剣にリアンのエネルギーを込めると、剣は白く輝き始めた。それは以前白影が使っていた光還者にとっての奥義である、閃光のそれと同じだ。剛鬼は速度を落とすことなく、棍棒で突きを繰り出さんと俺の直前で踏み込みをした。それは地面にヒビが入るほどだったが、俺は動じることなく剣を水平に振るった。紅い光により増大した刃は紅い光の軌跡を描き、まず棍棒を、そして同時に剛鬼の身体自体を真っ二つに切断し、吹き飛ばした。まさに必殺、体力でアドバンテージを取っていた剛鬼が俺を仕留めようとして単調になった一手を結果的に利用した俺の閃光だった。それを受けた剛鬼は上半身と下半身に別れ、俺の数メートル先の地面に衝突し、呻き声と共に切断面から徐々に塵となって消えた。
「はぁ……はぁ……ふぅ。」
俺は息も絶え絶えであったが、一体化の恩恵によるものか、急速に呼吸を整えることができた。勝利による高揚感や安堵感、自分が生きているという実感が湧き上がるも、白影のことがすぐに浮かび上がった。
「丹羽っち!」
幸いにも白影が翼を広げた状態で低空飛行をしてきた。気づけば彼女と共闘をしていた場所からだいぶ離れた場所まで来ていたのだ。白影の出血自体は止まっており、かなり回復したように思えた。彼女は俺の近くに着地して駆け寄ってきた。
「大丈夫? ていうか、丹羽っち一人で剛鬼倒しちゃったの?」
白影は何やら困惑したような表情だ。
「あぁ。流石に疲れたけどな。」
俺はどっと疲れを感じたが、リアンとの一体化のおかげでその場に座り込まなければならないような疲れはなく、肩で息をする程度には既に回復していた。
「ねぇ、その姿って何なの?」
白影は剛鬼がいなくなったことにより余裕が生まれたからか、やはり聞いてきた。俺はこのような時のために以前からリアンと脳内で考えていた。
「契約のやり方が皆とは違くてな。身体強化ができるようになったんだ。」
あくまで技能の一種であるということにした。そうなればまだ納得しやすいだろうというのがリアンと俺が思いついた考えだ。仮に詳しく聞かれても最近まで光還者のことについて詳しくなかった俺なのだから、よく分からないと言っていれば乗り切れるのではという考えである。これは俺があくまで光還者と鬼の戦いに巻き込まれた被害者側であり、尚更俺には分からないという説明が受け入れられやすくなるだろうという推測からきたものだ。
「へぇ……やっぱり丹羽っちはすごいね。また助けられちゃったな……。」
白影は何故か視線を落とし、肩をすくめている。俺はそれが何故なのか最初は分からなかったが、すぐに理解できた。以前はデーツェに操られたことで俺を殺しかけ、剛鬼との戦闘では手も足も出ずに何も出来なかったと考えているに違いない。それが原因で自己嫌悪に陥っているのだろうが、せっかく剛鬼を倒したというのになんだか後味が悪い。俯いて黙っている彼女に俺は何か声をかければならないという義務感が嫌でも湧いてくる。
「言っとくけど、白影がいなかったら一体化する前に俺は死んでたかもそれないんだぞ。それを白影が助けてくれたんだ、ありがとな。」
俺は素直な気持ちを彼女に投げかける。決して世辞ではなく、あの場面で彼女の介入が無ければ俺は剛鬼の振り下ろす棍棒を顔面から受けることになっただろう、その危機的状況から脱することができたのは白影のおかげなのは変わりようのない事実なのだ。
「でもさ、倒したのは玲司だよ……。」
彼女は力なく笑った。彼女の気持ちは分かる。彼女と過ごした時間は決して長いわけではないが、ある意味この短い期間で最も濃い時間を過ごしたのは彼女だろう。だがやはり後味が悪いというのは俺の求める平穏において不必要な要素だ、せっかく勝ったというのに、頑張り損したような気分になってしまう。俺は一歩彼女に近づき、額にデコピンをした。
「痛っ……ちょ、何すんのよ!」
元来の彼女らしい反応が返ってきたことに俺は安堵した。
「それでいいんだよ、白影は。せっかく勝ったんだから少しは喜べってんだ。」
俺はそう伝えるとリアンとの一体化を解いた。白髪はいつもの黒髪に、瞳の色も赤から黒に戻っただろう。
「それじゃ、白峰の所に合流でもするか。」
俺はそう言って交天を試みる。距離が離れすぎていると通じないらしいが、もしかしたら上手くいくかもしれないという期待からの行為だ。
「白峰、聞こえるか。新宿の剛鬼は倒せたんだが次は……」
(玲司か! 早く逃げろ!)
俺の言葉を遮り、珍しく白峰が声を荒げている。荒げているだけでなく、どこか怪我でもしているのか、少し息が荒いようにも感じる。白峰の語気に驚きはしたものの、すぐに今が異常事態であることを察する。
「どうした、何があった!?」
俺は白峰が次に発する言葉を恐れながらも聞くしかなかった。
(デーツェがそっちに行った! 俺たちもすぐに向かうから持ち堪えろ!)
白峰からの言葉は端的で正確に今の状況を伝えるものだった。俺は周囲の気配に向けて感覚を研ぎ澄ますと、覚えのある気配が近づいてくることに気づいた。それがデーツェのものであることは間違えようがなく、俺はすぐさまリアンとの一体化を再び行う。
(玲司!)
リアンが叫ぶ。それはデーツェの到来を示すものであり、俺も目視で確認できていた。白と黒の翼を広げ、今回の事件の元凶である奴は上空から一直線にこちらへと飛来してきた。
「会いたかったですよ、丹羽玲司ぃぃ!」
奴の狂気的な叫びが鼓膜を震わす。だが萎縮することはなかった、それだけの覚悟をもってここにいる自信があったからだ。
「白影、下がってろ!」
「……うん。」
俺の突発的な指示に彼女は渋々従ったように聞こえた。共闘しても魄を操作される危険性を理解してのことであろうが、彼女にとって敵前逃亡をしなければならない状況が歯痒いのだろう。だが、それを慰める余裕など俺には無かった。ガキン!と耳障りな金属音に似た音が鋭く響き、俺の剣とデーツェの鎌は激しく衝突していた。それはこれから起こる戦いの始まりを告げる狼煙のようであり、死神が自分の死を告げに来たようにも感じられる、最悪な音だった。
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