第17話 秘策
俺を光還者として歓迎するためのパーティがお開きになり、俺は帰宅した。彼らの家から自宅に着くまでの間、俺は珍しく幸福感に包まれていた。友達と呼べるような人たちと同じテーブルを囲み、お菓子を食べるというのは初めてと言っていいような経験だった。もし俺が鬼に出会っていなかったら、こんなふうに友達と遊ぶ経験をしていたのだろうか、などと想像を膨らませてみる。それは以前の俺からは考えられないような光景であり、それは紛れもなく俺の心に残る思い出だった。
(今日は楽しそうだったね、玲司。)
自分の部屋で高校の課題をやっていたところでリアンが声をかけてきたために、俺は動かす手を止めた。
「まぁな、あんなことするのは生まれて初めてかもしれない。」
(上機嫌な玲司が見られて僕は嬉しいよ。)
何故かリアンは満足しており、何が彼女にとって嬉しいことだったのかは俺にはよく分からない。だがそんなことを気にすることよりも、今日のパーティの余韻に浸る方が今の俺には重要だった。
(玲司、白峰たちに会ってから活き活きしてると思うよ。)
「かもな。まさかこんな日が来るなんて思ってなかった。」
俺は満足げにそう語りかけた。言葉にすればするほど今の自分の状況が素晴らしいものになっているという実感が生まれ、自然と心が踊り、この生活が続くことを願っていた。
「こういう日常も良いもんだな……。」
俺はぼそっと本音を漏らす。
(そうそう、だからとっととデーツェなんか倒しちゃおう!)
リアンは張り切っているが、それが簡単ではないことは理解していたし、現状白導院しかまともに戦えないだろう。それが俺は癪に触るし、鬼王権現の存在という嫌な要素もある。俺はまだまだ解消されぬ問題に頭を悩ませながらも考えてもどうしようもないと半ば諦めかけていた。
「デーツェって白導院に任せてればいいと思うか?」
(うーん、白導院なら申し分ないけど鬼王権現がいるとそれどころじゃないからなぁ。)
(となると、白導院以外の光還者でデーツェを倒すしかない……でも、あいつ魄を操るんだろ? 勝ち目なんて無いと思うんだが。)
俺の頭から今日のパーティで感じた幸福の余韻が消え去っていくのを感じる。急に現実に引き戻されたような気分になり、デーツェへの憤りが増していくのを実感する。
(その事なんだけど……実は玲司だけは魄の操作をされないんだ。)
「は!? どうしてだよ。」
俺は思わぬ事実に驚きを隠せずに叫んだ。俺だけがデーツェに対抗できるという理屈が分からず、反射的にリアンを問いただす。そうなれば自分が奴を倒さなくてはならないという面倒な使命を背負うことになりそうなのが脳裏に浮かんでいた。
(えーとね、簡単に説明すると玲司は魂魄の在り方が他の人間とは違うからなんだ。)
(それは俺が子供の頃に死にかけていたのをリアンに助けられたからか?)
(そう。本来死んだら魂は天使の導きによって天界へ、魄は地上を彷徨った後に消滅するはずなんだけど、僕はそれを拒んだ。僕が魄としての役割を担って、天界へと昇っていた魂を無理矢理くっつけて君の魂魄を身体に戻したんだ。)
(お前そんな事して大丈夫なのか?)
(まぁ、大丈夫じゃない? 天界に未練なんて無いし。)
あっさりとリアンが言い放った内容に俺は耳を疑った。
(いいのか? デーツェから聞いたが、天界って何でもできる場所なんだろ?)
(まぁね、後悔はしてないよ。)
いつも楽観的な彼女の言葉からは固い意志と、それ以上に満足感すら感じられるほどだった。彼女は紛れもない俺の命の恩人であり、天界での恵まれた生活を捨ててまで俺を助けた。救ったものとその代償の釣り合いが取れているとは思えず、俺は返す言葉が見つからない。一体どんな理由で俺を助けたのか、それすら俺には分からないのだ。
「なんで俺を助けたんだ?」
(え?)
戸惑うかのような反応をする彼女に俺は続けて言葉を吐き出した。彼女の行いは人の命を救う正しいことだ、だがそれだけなのか、と俺は疑わずにはいられなかった。
「天界での生活を捨てて俺を助ける道理は無いだろ?」
(……。)
彼女は黙った。存在を声だけでしか普段は感じ取れないが、今は意図的に言葉を発していないのだという確信があった。
(はぁ……そんなことも分からないのかい、玲司。)
「え……?」
リアンは呆れたようにため息をついた。どうやら俺は彼女と十年程の付き合いであるにも関わらず彼女の思考が理解できていないらしい。俺はそれからも数秒の思考を挟むがやはり分からなかった。
(ただ助けたかったんだよ、君のことを。)
彼女の口から発せられた、と言っても明確な姿を見ている訳ではないが、その言葉を聞いても俺は理解できない。明らかに釣り合うはずがなく、納得できなかった。
「いや、だからそれじゃ釣り合わないだろ。」
(理屈じゃないの。ただ玲司を死なせたくなかった、それだけだよ。)
「まったく……変な奴だ。まぁ、そのおかげで俺は生きてる訳なんだけどな。」
(そうそう、だから玲司は細かいこと考えないで生きたいように生きればいいんだよ。)
リアンから言われた言葉が俺の脳裏にこびりつき、復唱する。
「俺は俺が生きたいように……か。」
俺は自分がどんなふうに生きていきたいのかを想像しようとする。しかし、上手くイメージ出来ず、ましてや言葉にすることもままならない。だから俺はゆっくりと一言ずつ自分の漠然とした情景を咀嚼し、言葉に落とし込むことにした。
「高校行って……放課後は白峰たちの家で遊ぶ、くらいしか思いつかないな。」
(いいじゃん、それ。)
リアンは笑うように肯定してきたが、俺はここで肝心な要素を忘れていたことに気づいた。
「あ。」
(どうしたの?)
今気づけば、リアンは俺の出した生活を言い表した言葉の内容に対して、何の文句も言わないところが俺には意外だった。なぜならリアン自身が含まれていなかったからであり、それを良しとする、もしくはさせるのは申し訳なかった。
「大事なこと忘れてた。こうして一人の時はお前と喋っているってのも入れないとな。」
俺は慌てて言葉を付け足したが、紛れもない本心だった。リアンとの付き合いはかなり長かったため、家族と同じように当たり前になっていたのだ。だがリアンという存在は明らかに異常であり、俺にとっても、そして周りにとっても特別な存在であることを忘れてはいけなかった。
(僕も玲司の平穏に入れてくれるのかい?)
さらに意外なことに、リアンは俺の言葉をいささか信じられないとでも思うかのように聞き返してきた。忘れてるなんてひどい、なんて怒られても仕方のないことだろうと内心覚悟はしていたのだというのに若干拍子抜けした。
「当たり前だろ? 何年の付き合いだと思ってるんだ。」
俺はさも当然かのように言った。リアンは俺の命を助けた天使であり、鬼の脅威に対抗する為の力を与えてくれている。俺の命を救ったという事実を知った今では感謝しきれてもしきれないほどの存在だ。それだというのに何だか彼女の態度は控えめなものになっていることが俺には理解できなかった。
「そんなに変なことだったか?」
(いや嬉しいよ、玲司。すごく……嬉しい。)
リアンの言葉からは何故か、そのまま受け止めるには何か裏があるような感じがした。だが、今重要なのは自分がデーツェを倒せる可能性があることだ。それを知ってしまった以上、やはり無視することはできない。むしろ自分の手でなんとかしたいと漠然としていた想いが現実になりつつあることに胸が踊る。
「なぁ、リアン。話を戻すんだが、俺ならデーツェを倒せるか?」
(不可能ではないよ。そのための方法も考えた。)
「そんな方法があるのか?」
(あぁ、天使に対抗するなら天使じゃなきゃねって話さ。)
彼女の決意に満ちた言葉はデーツェを倒すという意思とデーツェに有効だという自信の両方が感じられた。
(玲司と僕の関係が普通の光還者と天使の関係と違うって話はしただろ?)
「あぁ、確か光還者と天使は契約って方法だけど、リアンは特殊な契約をして俺の身体に宿ってるっていう話だったな。」
俺はリアンから聞いた説明を思い出しながらリアンに確認した。改めて言葉にすると自分がどれだけ特殊な人間かよく分かる。
(そう、そしてデーツェに対抗する為の方法っていうのは、僕と玲司が一体化することなんだ。)
「一体化……?」
俺は言葉の意味が分からなかった。
(そう、僕が玲司の内側から外側に現れる、いわば天使の顕現。言い換えるなら奇跡だね。)
「そんなことしていいのか?」
俺はリアンのことが心配だった。俺の命を助けた時点で天界の規則に反していることは容易に理解できる。さらに天使の力というものは絶大で、現実世界で使うことは基本的に禁止であり、そのための狭界という天界と現実世界の狭間に存在する世界がある。それでも天使はただでこの世界に来ることは無く、契約というシステムがその象徴だ。そんな中で天使を身に宿すことが大丈夫なのか俺には分からない。
(あくまで狭界でやるから大丈夫だよ。現実世界でやるってなったら問題だけどね。)
彼女は何も問題が無いと言わんばかりのテンションの高さだった。彼女がそこまで言うなら問題は無いのだろうと安心した俺は具体的な方法を聞くことにする。
「それで、その一体化っていうのはどうやるんだ?」
(簡単さ、実は玲司がやることはほとんど無いんだよ。あくまでこれは僕がやることなんだ、玲司は身を委ねていればいいよ。一体化すれば天使の力をほとんど引き出せるようになるから。)
「そっか、意外に簡単だな。」
俺は余りの手軽さに拍子抜けした。どうやら一体化に関して俺は何もしなくてもいいらしく、それなら後は一体化した状態を試せばいいだろうと思考を完結させる。
「なら今度その一体化ってのを試すか。」
(うん、そうしよう。どうなるのか楽しみだなぁ。)
リアンは何故かワクワクしているようで、それが俺には能天気で楽観的な彼女らしいと思った。俺は途中だった課題に再度取り掛かる。ペンを動かす手はさっきよりも早く動いた。
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