第15話 丹羽玲司の閃光
白影にお礼をされてから一夜明け、俺はまたもやそれまでの日常の象徴である高校へと登校した。高校は光還者となった俺にとって今まで通りでいられる時間だった。そう、だったのだ。
朝の教室に入ってからというものやけにクラスメイトからの視線を感じる。俺は当然この現状になった理由が分からず、とりあえず無視しているが、ふと周りを見渡すとクラスメイトと目が合うことがやたらと多い。
(玲司、何かしたの?)
(俺が聞きたいんだがな……。)
リアンは呑気な調子で俺に質問をしてくるが、それは俺が聞きたい。友達がほとんどいない分、俺には朽木から聞く以外の手段が無かった。しかし彼はクラスの人気者、そう簡単に二人きりの状態を作ることはできないので、今は隙を窺うことにする。
気恥ずかしい時間を乗り越え、授業の合間の休み時間が訪れる。この時間が来る前に俺はノートの切れ端にシャーペンで短く文章を書いておいた。
『俺、何かした? 丹羽』
俺はそれを朽木がいないタイミングを見計らって他のクラスメイトに極力バレないように、彼の机の上に置かれたノートの下に置いた。これで朽木が気づけば次の休み時間には何かしらの返答があるだろう。俺は滞りなく紙を彼の机に置けたことを確認し、自分の席に戻った。朝に比べて俺へ向けられる視線が少なくなったような気はするが、理由が分からない分気持ち悪かった。
もやもやした気分が晴れないまま時間は過ぎ去り、昼休みになった。クラスメイトが続々と一つの机に集まったり学食に向かったりと賑やかな時間となる中、俺は自分の机の上でいつも通りお弁当を広げ、一人で箸を進めている。すると、俺の元へ朽木が近づいてきた。
「よ、丹羽。」
「おう。で、紙は見たのか?」
俺は箸で弁当箱の弁当箱の中身を口の中に運びながら彼に聞いた。
「それがさ、俺も人から聞いたことなんだけど、昨日丹羽が放課後女子と一緒にいたっていう話が出回ってるらしくて、その話題が回ってるんだ。」
「あぁぁぁあ……。」
俺はうめき声をあげて頭を抱え、机の上に突っ伏した。どうやら昨日の白影の姿をよりにもよって同じ高校の生徒に見られてしまったようだ。
「え、本当なの? 僕はてっきり見間違いなのかと思ってたんだけど。」
「いや、マジだよ、大マジだよ。」
俺は顔を上げ、その事実を認めた。ここで嘘をついても仕方がないし、何より朽木は俺の数少ない友達で、俺にとって少し恥ずかしい出来事ではあれど彼なら別にいいか、と思えた。
「珍しいな、ついに僕以外の友達ができたのかい?」
「まぁ、そんなとこだ。」
「おめでとう、良かったじゃん。」
朽木は純粋に俺に友達ができたことを祝福してくれた。
「ていっても、普段から会うわけじゃないんだけどな。」
「それでもさ、増えたのは嬉しいんじゃない?」
「……まあな。」
俺は自分の顔が熱くなるのを自覚し、視線を彼から逸らした。一人の日常というものにずっと浸っていた俺にとって、光還者との関わりは予想外の心境の変化をもたらし、正直戸惑っている。俺には光還者の皆との時間を楽しいと感じ始めているらしい。そもそも俺が友達を作らない、というよりできないのは幼少期の経験が大きく起因しているだろう。絶え間なく鬼の声にさらされ続け、それは鬼でもないクラスメイトの声すら俺は恐怖心を抱いてしまった。それ故にクラスでは浮き、友達の作り方が分からずにここまできてしまった。その上一人でいることに慣れてしまった俺は高校生になっても友達をつくろうという気にはならなかった。
「それじゃ、僕は昼ご飯食べてくるよ。」
「人気者は大変だな。」
「まぁね。」
俺は嫌味っぽく言ってやったつもりなのだが、さすが友達かつクラスの人気者と言うべきか、さわやかな笑顔をこちらに向けながら軽やかな足取りで俺の元から立ち去っていた。
昼休みが終わり、クラスメイトから浴びせられる視線の理由を理解した俺はそれをもうほとんど気にしていなかった。午後の授業は俺にとっていつもの平穏を取り戻していた。退屈な時間ではあるがそれが自分にとって幸福なのだということを噛み締めると、この日常がかけがえのないものだと気付かされる。ならば光還者たちとの日々はかけがえのないものになり得るかを考えてみると、否定できるものではなかった。彼らは俺にとって珍しく友達と呼べる人物であり、最初は早く関係を断ちたいとさえ思っていたが、今となってはその気持ちはほとんど消え去り、彼らとの時間を失いたくないとさえ思っている。そうなるとデーツェは俺の生活に良い刺激を与えたという意味では皮肉な存在だ。
午後の授業が終わり放課後となった俺は帰宅した。いつもなら時間が有り余っている俺は課題を溜めてしまうことはなかったが、ここ最近は白導院関連で外にいる時間が多かったせいで高校の課題が溜まっていた。俺は面倒臭がりつつも自室で課題の消化に勤しんだ。それが終わる頃には夕飯を食べる時間になっていた。運が良いことに課題の量は多くなかったためにそこまで時間を必要としなかった。俺は夕飯を済ませ、自室で動画サイトの様々な動画の視聴に耽った。ふとスマホに通知が表示されると、それは白峰からの連絡だった。
『次の訓練の日程なんだが、今週末の日曜日はどうだ?』
以前の訓練では瞬翼の使い方を白城に教えてもらった、ならば次は閃光あたりだろうか。まだまだデーツェ打倒までの時間はかかるが、何もしないでただ日常を過ごしたいと思いきれるほど甘ったれたことは言ってられない。俺は行ける旨を短く彼に返信した。
(玲司、今いいかな?)
(あぁ、いいぞ。)
(言っておかないといけないんだけど、閃光は上手く使えないかもしれない。)
(どうしてだ?)
(前にも話したと思うけど、僕と君の契約は他の光還者たちと違う。それの影響で閃光の乱発はできないかもしれないんだ。)
俺はリアンの言っていることを理解しているわけではなかったが、確かに俺とリアンの関係は特殊なのは分かっていたので、他の光還者たちとは違うことも理解できる。
(あぁ、分かった。具体的にどのくらいの頻度なら使える?」
(そうだなぁ、一日一回が限度かもしれない。でも、僕も閃光については知らないことが多いから何とも言えないかな。)
(つまり、やってみないと分からないけど他の光還者みたいに上手くいかない可能性があるってことか。)
(まぁ、そんなとこ。)
俺はリアンからの頼みを承諾する、というより承諾するしかないだろう。
(なぁ、リアン。契約ってどんな仕組みなんだ?)
(契約? 珍しいね、玲司がそんなこと気にするなんて。)
(そうか? お前が俺に気を遣って全然教えてくれないだけだろ。)
(仕方ないだろ? 本当は玲司は死んでるはずだったんだよ、なんてどのタイミングで言うべきだったんだ?)
どうやら彼女はこれまで悩んでいたのではないかと思わせるほどにいつもの能天気な声色には聞こえなかった。彼女の言うことは最もで、仮に伝えたところで俺が冷静に受け止める保証なんてどこにもない。実際俺はその事実を受け止めた、というより考えても仕方ないと思考放棄しているに過ぎない。普段のいい加減に思える態度や口調とは裏腹に彼女なりに考えていたのだということを知ると調子が狂う。
(お前、色々考えてんだな。)
(……。)
俺は彼女の沈黙を重く受け止めた。俺にとって重い事実があるのだと察する。だが、知らないままでいるのは俺が嫌だった。
(教えてくれよ、リアン。契約って何なんだ?)
(……契約っていうのは人間が天使から力を借りる代わりに、契約者は光還者として戦うっていう契りのことだよ。)
(……待て待て、なら俺たちの契約はどうなってるんだ?俺は光還者としての使命なんて背負ってないだろ。)
(そうだね、だからその分使える能力に制限があるんだ。だから閃光も他の光還者たちと違って威力も望めないし連発できないよ。)
(分かった。じゃあ訓練では閃光よりも基本の戦い方メインにしてもらうか。)
(うん、ごめんね、玲司。)
(別に謝ることじゃない。お前は俺の命を助けてくれたんだろ? ならそれだけでも大満足だ。)
(そっか……。)
リアンは申し訳なさそうに謝罪してくるが、そんなものする必要は無い。彼女が俺の命を救ったという証拠は無いが、俺はそれをすんなりと受け入れられた。だとしたら彼女は俺の命の恩人ということに間違いはないわけで、この天使の力を行使できることがその副産物だとしたら面倒ではあれど、邪魔に感じるようなものではない。デーツェは倒さなければならない敵であり、それに対抗するための力があるということは自分の平穏を人任せではなく、己の手で出来るということは俺にとって一概に悪いこととは言えない。
俺はそれから寝る支度を済ませてからもう一度ベッドに横たわった。今日のリアンとの会話からは彼女の快活さは感じられず、まるでまだ何か俺に隠しているようにすら感じられた。それが例えば、実は俺が一度死んだ人間である、という知ったところでどうしようもないことを隠しているのならそこまで大きな問題ではない。だが、もしも何かもっと重要なことを隠しているのなら……そんなことを考え始めてはキリがないと思考を遮断させ、俺は意識が早く沈んでいくのを待った。
それから訓練のある週末までは何の変哲もない日常だった。高校で広がっていた俺の噂も皆は飽きたのか話題にも上がっていないらしく、視線を感じることはなかった。そのまま土曜日が終わり、訓練のある日曜日がやってきた。俺は自分で出来ることとして、時々瞬翼の練習だけは一人でやっていた。そして今日は昼頃から白峰たちが暮らす家に赴くと、誰かが家の前に立っていた。
「お、来た来た! 丹羽くーん!」
手を振っていたのは正装に身を包んだ白城だ。俺が来るのを楽しみにしていたのだろうか、あんなに嬉しそうな顔を向けられるとなんだかまんざらでもない気持ちになる。俺は無言で手を振り返し、お互いの目と目が合うほどの距離まで近づいてから俺は挨拶する。
「よっ、白城。」
「来てくれてありがとう、待ってたよ。」
白城は玄関の扉を開け、俺を家の中へと入れてくれた。リビングへ行くと、この前訓練に来た時と同じように私服姿の白影はヘッドホンをつけてFPSゲームに勤しんでおり、コントローラーを黙ってガチャガチャと鳴らしている。それでも俺が来たことには気づいたらしく、軽い挨拶はしてきた。そして、ちょうど二階から降りてきた白峰は訓練のためか、白城と同様既に正装姿だった。
「来たか。」
「よっ、今日も来たぞ。」
俺は今日も変わらずのテンションで挨拶した。
「今日は白百合さんから閃光を習得してもらう。もう準備は出来てるが、行けるか?」
「あぁ、いつでも。」
俺は白峰に連れられ、以前と同じように二階で天身してから外に出た。天身したのは俺だけでなく白峰も同じで、どうやら発生した鬼を鎮めに行くらしく、すぐに翼を広げて飛び去っていった。家の前の道にはあの巨大なスナイパーライフルを手に持った白百合が待っていた。
「こんにちは、丹羽さん。」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします。」
俺は丁寧に挨拶を済ませると早速白百合からのレクチャーが始まった。
「今日は閃光について教えます。閃光というのは私たちの体に宿る天使の力を最大限に引き出した大技、言うなれば必殺技で、これが出来るか出来ないかで戦闘での生存率は大きく変わります。」
生存率、という言葉に光還者として鬼を鎮めることが命を懸けることなのだと思い知らされる。恐らく鬼との戦闘で亡くなった光還者がいるのだろう。
「光還者ってそんなに死ぬものなんですか?」
俺はつい聞いてしまい、ハッとした。もしかしたら辛い過去を思い出させてしまうかもしれないという配慮をすべきなのだろうが、時すでに遅しだった。
「えぇ、死ぬことはあります。光還者はまさに命懸け、簡単に務まるものではありません。」
彼女の言葉は重く聞こえた。白峰や白影、白城は俺とほぼ同年代にも関わらず死ぬかもしれない光還者という職務についている。俺はその事実を今更ながらに受け止めていた。
「なので、なんとしても閃光は出来るようになって欲しいのです。」
彼女の真剣な眼差しは痛いほど俺に突き刺さるが、申し訳ないことに、俺は閃光を何度も撃てるわけではないとリアンから聞かされている。俺はただ無言で頷き、背中に出現した鞘から剣を引き抜くことで準備が出来ていることを彼女に示した。
「閃光において重要なのは体に宿る天使との親和性と言われています。イメージで言うなら、天使と一心同体になる感じです。」
俺はその説明を聞いて複雑な心境だった。相手が物言わぬ存在ならば言っていておかしくないかもしれないが、俺からすればリアンと一心同体になることがどういうことなのかさっぱり分からない。かと言ってリアンが喋れることを他人に話すことはリアンから止められている。
(おい、リアン。これ俺ら出来るか?なんか不安だ。)
(会話が成り立つことが良いのか悪いのか分からないからなぁ……。)
俺たちは一抹の不安を抱いていた。
「はっきり言ってこれも瞬翼と同様に習うより慣れろです。早速やってみてください。」
当然彼女はそんなことを知っている訳ではないので、すぐに実践へと移った。
「感覚的な話ですが、身体に宿る天使と意志を統一することが大事です。もちろん、天使と話せる訳ではないので完全に一致させることは難しいでしょうけど、それが上手くいくほど閃光の威力は高まると考えられています。」
話せるんだよなぁ、と心の中で苦笑いを浮かべる。白百合の言うことが事実ならば俺とリアンの意思統一は恐らく簡単だ。俺は頭の中でリアンとコミュニケーションを取った。
(リアン、合言葉みたいな感じでやるのはどうだ?)
(うん、それがいいと思う)
(閃光を全力で放つ、でどうだ?)
(分かった、できればこの一発で終わらせたいからね。)
俺は彼女とお粗末な合言葉を決めたところで、剣を振り上げた状態で構える。練習して自在に使えるようになった瞬翼をイメージする。俺は道に沿って瞬翼による加速によって空中へと飛んだ。瞬翼の角度調整が上手くいった俺は翼を広げた時ほどではないにしろ、剣を振り下ろすタイミングを測れるくらいには余裕を持って宙に浮くことができた。俺は一瞬空中で静止した瞬間に瞬翼の角度を調整し、再度地面目掛けての加速と閃光を発動させるための言葉を心の内で唱える。
((閃光を全力で放つ!))
二人の息は完璧に揃い、それに呼応するように剣は今までにないほどの白く輝き始め、それを地面を斬る勢いで振り下ろす。ゴゴゴゴ、という地面が派手に抉れるような音と共に俺の剣から放出された光は濁流となって周囲に溢れ出し、視界が真っ白になり、思わず目を塞いだ。数秒後にようやく光は消え、俺はゆっくりと目を開くと、あれだけ激しく轟音を響かせていたというのに地面にはかすり傷一つない。それもそのはずで、この狭界では天使の力を宿したあらゆる攻撃は影響を及ぼさないことを思い出す。俺は思っていた以上の威力を秘めているであろう閃光を放つことができたことに安堵し、大きく息を吐いた。
「丹羽さん、大丈夫ですか!?」
白百合が俺の元へと駆け寄ってくる。正直やりすぎたというのが本音だが、これだけの威力を出せるなら実戦でも問題無いだろう。
「はい、なんとか。」
「すごいですよ、丹羽さん。初めてでここまで閃光の威力を引き出せる人は聞いたことがありません。」
「そ、そうなんですか……。」
俺はリアンと直接言葉を交わしている分、なんだかズルをしているような気分だった。
「はっきり言って丹羽さんはもう閃光を習得したと言えます。教えることなんてありませんよ。」
白百合は興奮気味に自分の見た光景にただただ驚きを露わにしており、余計に申し訳なくなった。
「どうしましょう、もう訓練が終わってしまいましたね。」
白百合は手を顎に当て、困ったように首を傾げていたので、俺はすぐさま自分のやりたいことを伝えることにした。
「あの、だったら瞬翼を用いた戦闘をもっと訓練したいです。」
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