第8話 訓練

 お店で出る味ではないかと疑うほど美味いカレーを食べ終えると、俺は程良い満腹感に満たされていた。俺が食べ終わるのを見計らってか、白峰がこの後のことについて説明を始める。

「この後は訓練と俺たちの能力についての紹介だ。玲司の能力については既に俺から説明してある。」

「そういや、訓練はどこでやるんだ?」

「あぁ、それは外ならどこでもいいんだよね。天身すればいいだけだし。」

 天身というのが俺で言うところのリアンの力を借りることだと理解できた。確かに天身することで俺たちの存在する世界を変えてしまえば現実に影響を与えることはない。

「そういえば他の人たちは?」

 俺はこの四人の他に白百合と白導院の姿が見えないことが気になった。

「かな姉はお出かけ中、白導院さんはいつもカフェにいるよ。」

 かな姉というのは白百合のことだろう。白導院はどうやら彼らと共同生活をしている訳ではないらしい。

「あの人、あのカフェに住んでるのか。」

「そ、白導院さんは私たちから見ても近寄り難い雰囲気あるのよね。」

 白影の意見に俺は心底同意した。彼女の雰囲気、特に眼差しは人間離れした何かを感じたが、恐らく身に宿る天使の影響か、彼女自身の問題だろう。

「それじゃあ早速天身するんだが、まずは俺が最初にする。次に白城、最後に白影だ。」

「おっけー。」

「分かったよ。」

 白峰の指示で二人はダイニング近くの階段から上の階へと昇っていった。

「どうして部屋からなんだ?」

 俺は普段から外で天身しているので、部屋に行く理由が分からなかった。

「今は昼間だ。外で天身すると現実世界へ戻る時に、人に見られる可能性がある。だから極力部屋の中で天身するんだ。」

 仮に何もない空間から人が現れたとなればパニックになるだろう。人に見られないように注意するのは大事なことなのだが、俺は日頃から外で天身をしてしまっている。それに天身した状態にはある欠点があることを俺は忘れていなかった。

「でも天身してる間って現実世界への干渉ってほとんど出来ないんだろ? 前に剣で木を斬ろうとしたけどびくともしなかったぞ。」

 天身している間は家や壁はゲームで言うところの破壊不能オブジェクトのようなものになる。それがどういう原理でそうなっているのかは俺には分からないが、事実そうなっているのは確かだった。

「あぁ、だから窓を開けておくんだ。そうすれば部屋の中で天身しても問題無い。」

 日中に部屋の窓を開けっぱなしにするのは不用心な気もするが、全員で天身するのではなく順番にするというのは防犯の意味も兼ねているのだろうと俺は悟った。

理にかなった説明を受けて納得した俺は白峰の後に着いていくように二階に昇る。昇りきると四つのドアがあり、それぞれの光還者の部屋だと分かる。白峰はその内の一番近いドアに入ると、そこには既に白影と白城が立った状態で二人が待っていた。部屋の中はとてもシンプルで、ベッドと、服が入れてあると思われる木製のクローゼットに学習机とごみ箱が設置されており、机に備え付けられた本棚にはカレーやスパイスについての本が並んでいる。綺麗好きなのか、床にはごみ一つ落ちていない。そして目の前の窓は開け放たれ、いつ天身しても問題は無さそうだった。

「いくぞ。」

「あぁ。」

「懐かしいなぁ、昔は僕らもこうして能力を見せあったよね。」

「丹羽っちの能力見るの初めてだから気になるのよね。」

「そんな大したものじゃないとは思うけどな……。」

 白城と白影が過去の思い出を語り合う中、変に期待されていると感じた俺は少し気が重くなった。白峰の合図で俺たちは天身するのだが、その時俺は初めて他人が天身する様子を見た。白峰の隣には光に包まれ身体の輪郭がボヤけた天使の姿が見えたが、その様子はリアンとさほど変わらなかった。俺たちは窓から身体を飛翔させ、家の前の道路に対峙するように着地した。

「俺に宿っている天使はザキアノ様、武器は見ての通り鎧だ。」

 白峰の姿は先日の戦闘時と同じ鎧だった。

「俺は鎧の防御力を活かした肉弾戦が武器だ。」

 白峰は簡潔にそう説明している間、俺は彼の鎧を改めてまじまじと眺める。まるで漫画の世界から飛び出したかのような鎧は白を基調としたデザインながらも金の装飾が施されることで上品さを醸し出すまさに芸術品かと思わせる一級品のようだった。

「何か聞きたいことはあるか?」

 鎧に見惚れていたためか、彼の質問で俺は我に帰った。俺は右手を顎に当てて気になる点を考えるが、戦っているところを間近で見たためかありきたりなことしか思い浮かばなかった。

「その鎧、着てて暑くないのか?」

「暑い。」

(だよね......。)

 リアンが苦笑気味に呟く。本人に聞かれないと分かっていても、気まずくなってしまうが、それはこれまでの生活である程度慣れているのでスルーできた。

「やっぱ暑いのか……。」

「あぁ。だから制汗シートは欠かせないし、鎧も重いからな、日々のトレーニングも怠らないようにしている。」

 さすが馬鹿真面目と言うべき行いに俺は感嘆とした。恐らく光還者たちは幼い頃から鬼と戦うために日々鍛錬をし、それは白峰に限った話ではないだろう。そんな彼らの中に俺がいきなり入っていくのが申し訳なく思えた。

「そう言えば思ったんだが、お前はなぜ白導院教会に入ったんだ? こんな戦いに巻き込まれるなんて望んではいなかっただろ?」

 白峰の問いに俺は会議でのことを思い出していた。俺に教会への参加を問うた白導院のあの眼差し、そして論理的に誘導されたあの状態で拒むことは俺にはありえなかった。だから俺の中にはあの状況への怒りや、やるせなさがあった。

「たしかに面倒だ。俺だって好きこのんで戦う訳じゃない。」

 俺は悪態をつくように言葉を吐き捨てた。だが、俺はただ流されて戦うつもりは無かった。戦うための確固たる意志は間違いなく俺にはあるのだと自分に言い聞かせるようにその覚悟を語る。

「だが、自分の平穏を守るためなら俺は強くなりたい、そう思っただけだ。」

 そう、俺か戦うのは自分のためだ。これまでの人生で自分のため以外で行動したことはほとんど無いだろう。

「そうか、玲司らしいな。」

 意外にも穏やかな声で白峰は言葉を返した。いつも無感情な白峰ばかり見てきたので、今の彼は俺にとって少々不気味だった。

「そんな長い付き合いじゃないだろ。さっさと済ませたいから白城と交代だ。」

 俺は既に白峰の武器については分かっていたので、早々に他の光還者の武器について聞きたいと思っていた。白峰ももう伝えることは無いのか、そうか、とだけ呟いて元いた部屋へと戻っていった。ほどなくして白峰と入れ替わりに白城らしき翼を生やした人が出てくる。だが、明らかに白城とは違った。白峰は鎧を纏っていたため気にならなかったが、白城の姿は現実世界の時とは大きく異なっていたのだ。白がメインだったはずの服は白と緑のデザインに変わっていた。彼が俺の前に着地するなり、すぐに俺の口は開いていた。

「天身すると服装ってそんなに変わるのか?」

 俺の問いに白城はキョトンとした表情をするが、すぐにあぁ、と声を上げて俺の状況を理解したのか説明を始める。

「暁堅は鎧を纏ってるから分かりにくいよね。光還者は天身すると服の色が変化するんだ。」

 どんな仕組みなのか俺には分からないが、それが天使の力を見に宿しているということなのだろう。俺は新しい発見に驚きつつも、本題の質問へと移る。

「それで、白城はどんな武器なんだ?」

「僕の武器は一つじゃないんだよね。」

 そう言って彼が右手を体の前に出すと、緑色の光が発生した。その光が見えたのは一瞬だったが、それは形を変え、一つの武器にへと姿を変えた。それは日本の室町時代から江戸時代まで活躍したとされる集団が使う最も有名なものの一つに酷似していた。それはつまり忍者が使う武器である、くないそのものだった。個人の感想ではあるが、西洋のイメージがある光還者という存在からはかけ離れた日本発祥の存在の武器を使うというのは俺には意外だった。

「それってくないだよな?忍者とかが使う……。」

 俺は確認の意味を込めて聞いた。俺の勘違いである可能性も十分に考えられるからだ。

「うん、そうだよ。他にも忍者が使うような武器は一式使えるよ。天使の名前はジンカ様って言うんだ。」

 俺の中で光還者という概念へのイメージが音を立てて崩れ落ちていく音が聞こえた気がした。

(……くないって……忍光還者?光還忍者?……くくく……。ジンカそんな趣味だったのか?)

 脳内ではリアンが笑いを堪えている声とどうでもいい呼び名についての思考や彼に宿る天使の武器に対してツボに入ったかのような声を聞いていることに加え、光還者がくないを使うというインパクトも相まって俺は笑ってしまった。

「ははは、くないってマジか。他にはどんな武器があるんだ?」

 俺は笑いながらも何とか言葉にして白城に伝えた。彼は俺の反応を楽しむように微笑みながら、待ってましたと言わんばかりに彼は両手から次々に武器を生成し始める。それらは俺が見たことあるような有名なものから初めて見るものまで多種多様な武器を生み出しては消していった。

「そうだな、他には短刀に手裏剣に鎖鎌、まきびしとか忍者が使ってそうな武器は大体使えると思う。」

 神父という肩書は遠く離れた位置にあるような存在の武器を使っていることが俺には想像できなかった。そして忍者の武器を使えるのなら忍者を忍者たらしめる術も使えるのだろうかという期待で胸が膨らんでいた。

「なら忍術って使えるのか? 隠れ身の術みたいな。」

 俺の目はもしかしたら彼の目には輝いて見えたのかもしれない。子供っぽく見られるのは恥ずかしいのだが、忍術というものに少なからずロマンを抱いてしまった俺は深く考えるよりも先に言葉が口からとび出していた。だが白城の表情は申し訳なさからか苦笑いになり、手を後頭部に当てて俺に返答する。

「悪いけど武器だけなんだ。あくまで天使の力は武器として使えるんだ。」

 白城が忍術を使えないということに対して露骨にがっかりするようなことはしなかった。俺は平静を取り戻すと、次に何を聞くべきか悩んでしまう。普段から人と必要最低限のことしか話さないのが悪いのだが、必死に思考を巡らせる。ふと、彼が俺の高校生活について聞いてきたことを思い出した。白導院教会という閉鎖されたコミュニティで暮らしてきた彼にとって、外の世界の俺は外国人かのように見えたのかもしれないと思い、白城には俺の生活について話すというアイデアを思いついた。

「そういえば白城って学校のこと気になってたよな?今なら多少は話せるけど……。」

 見切り発車の如く話を始めたが、それと言って俺のことで面白いことはない、だが朽木の話ならと俺は考えた。

「あぁ、聞きたい! すごい気になるんだ!」

 予想以上の食いつきに俺は気圧されたが、会話が続くのならこれ以上の反応はないとすぐに思考を切り替え、朽木について話し始めた。すると、白城は童心に帰ったかのような笑顔を見るとかなり和らいでいた。

 五分ほど白城に高校について話した。行事のこと、修学旅行でクラスメイトが先生に怒られたことだけでなく、普段の授業についてという俺からすれば何気ない話も彼は喜んで聞いていた。あらかた話し終わると、彼は爽やかな笑顔を浮かべてありがとうと言って、部屋へと飛んでいった。俺としてはかなり喋った気分がして疲れたのだが、彼のあの笑顔を見ると悪い気はしなかった。程なくして次に俺の前に姿を現したのは全身が赤い服装へと変化した白影だった。

「はい、じゃあ最後は私。ゲームしたいからテキパキやるわよ。」

 白影は開口一番に本音駄々洩れの言葉を出してきた。あまりの清々しさに怒りは瞬時に飛び越え、笑いが込み上げてきた。本来俺だってこんなことに時間はかけたくない。自分の平穏を守るため、仕方なく彼らに付き合っているにすぎないのだ。ならば彼女と今の目的は一致している。

「だな、俺も時間はかけたくない。」

 彼女は俺との意見の一致が取れるとすぐさまに自らの武器を発現させた。彼女が右手を開いた状態で体の前に突き出すと、手のひらを中心に赤い光が現れたかと思うとそれはみるみる左右へと伸びていった。

「あたしの武器はハルバートよ。天使の名前はアイリス様。」

 誇らしげに彼女が手に持った斧は白影の背丈ほどの長さがあり、先端部分には彼女の顔より一回りも二回りも大きな半円状の刃が付いており、さらに刃が付いている側の持ち手の先端には槍状の刃が伸びている。ハルバートという単語が聞き慣れなかったが、いざ実物を見るとアニメや漫画などで見覚えがあることを思い出した。彼女はハルバートを身体の周りで振り回し始めた。演武かのようにハルバートを軽々と手足のように扱って見せる。それは明らかに手馴れている人間の行いそのものだった。俺との経験の差を目の当たりにし、自分がとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのだと自覚させられた。

「なんか聞きたいことある? 無いならもう戻るけど。」

 早く終わらせたいと言っておきながら一方的に会話を切り上げないところが彼女の優しさなのだろうと俺は感じた。だが、今の俺には何も聞く気は起きなかった、早く脅威に備えるための訓練に取り掛からなければという焦りがあったからだ。

「いや、もう訓練に入る。何をすればいい?」

 俺の目を見た彼女は少し微笑むと、じゃあ頑張ってね、とだけ声をかけて翼を広げて部屋へと飛翔していった。俺は何が起こるのか緊張していた。どんな訓練が待ち受けているのか想像がつかないことに対して短い時間で思考を駆け巡らせていると、彼女と入れ替わりで白城が窓から勢いよく出てきた。彼は俺の前に着地するとくないを生み出した。そしてそれを逆手に持ち、中腰姿勢になりながらくないを構え、白城はこれまでの柔和な雰囲気を変え、真剣な表情になりながら告げる。

「いきなりで悪いけど実践だよ、丹羽君。」

 俺は不敵に笑い、剣を背中の鞘から引き抜き、両手で握って体の前で構える。戦い慣れている雰囲気を感じる彼からすれば、構えの時点で俺の剣術のお粗末さに気づいているかもしれない。だがこれは練習用の木刀などではなく本物だ、彼は問題無いが俺はどうだろう、俺の中で別の緊張が生まれる。俺は不安げな視線を白城へと向ける。彼と視線がぶつかると、彼は俺の思考を読み取ったのだろう、問題無いという合図のように俺に頷いて見せる。ならばと俺は地面を蹴り、眼前の白城へと向かっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る