第7話 新たな友人?

 白導院からの提案に俺が間の抜けたような返事をしてから数秒後には俺は思わず立ち上がっていた。

「なんで俺が戦うんですか!?」

 俺には白導院の提案が飲み込めず、そのままの勢いで必死に戦わないための抵抗を始める。

「俺は今までほとんど鬼と戦ったことはないんですよ。そんな俺を戦力としてカウントするのは無理があるんじゃないですか?」

 俺は決して自暴自棄になっている訳ではない。パニックになっているのは事実だが、それでもまだ思考回路は正常に働いていた。それに俺が戦った鬼といえばせいぜい自分と同じ大きさくらいの鬼で、先日の大型の鬼と一人で渡り合えるようになるとは到底思えなかった。

「君の気持ちは十分理解できる。しかし、デーツェは君のことを我々教会の一員だと解釈しているだろう。だとすると、君の安全を我々は保証できない。ならば君を強くするというのが私の結論だ。」

 強くなるのは構わないのだが、俺は教会の人間とは明らかに違うところがある。それは戦うための術を学んでいないことだ。以前、白峰は自分たちが共同生活を行っていると言っていた、ならば彼らは普段から鍛錬に励んできているのではないか、などと想像が膨らんでいく。

「でも俺は高校に通ってます。強くなるための時間なんて取れるんですか?」

 俺は彼らとの生活の違いを引き合いに出してなんとか逃れようとする。俺は自分の世界で穏やかに暮らしたいのであって、別にデーツェと戦いたい訳ではない。それに彼らはこれまで何度も鬼を鎮めてきた集団なのだろうから、俺が入ったところで足手まといになるのは目に見えている。

「大丈夫だろう。白峰からの報告では、君は先日の戦闘で彼と連携を取り、鬼を鎮めることに貢献したと聞いている、つまり君は即戦力というわけだ。基礎的なことに関しては問題ないと思っている。」

 白導院は俺を仲間に入れることについて自信を持っているのか、やけに上から目線に感じられた。だが、表情は真剣そのものであり、俺を何が何でも正式な光還者にしたいという意志が確かにあった。他の光還者たちもそれは良い考えですねだとか、それアリですね、丹羽君はセンスがあるから大丈夫だとか、初対面にも関わらず完全に俺を仲間に入れる空気になっている。

「で、でも、俺は教会との不干渉を約束したはずです。」

 俺はなんとかこのアウェイな空気から抜け出そうと必死に抵抗するが、彼女は俺の返答が分かっているかのようにすぐさま言葉を続ける。

「確かに、君とはそのような約束をしていたな。だが、それは君自身の生活の平穏を守るためにした約束ではなかったか?」

 俺の筋は通っている筈なのだが、もう既に負けたような気分になっているのが俺には不思議だった。白導院はもう俺を仲間に入れる算段がついてるかの如く会話を進めていく。俺は段々とチェックメイトに近づいているような気がしてならなかった。

「まぁ、そうですけど……。」

「このままではデーツェが君を狙うかもしれない。そうなれば平穏なんてものは儚く砕け散るだろう。それを君はただ受け入れるのか?」

「……。」

 そんなもの否定するに決まっているが、そうすればもう白導院の勝ちだ。俺は最後の抵抗の意志として沈黙を選ばざるをえなかった。

「違うのではないか、丹羽君。抵抗する術があるのにそれを磨かないのはもったいないと私は思うが……どうかな?」

 真っ直ぐな視線が俺へと送られる。周りの奴らが俺のことをどう見ているのかなんてどうでもよくなっていた。俺は彼女の目を見て数秒の思考の後に決まりきった答えを告げた。

「分かりました、俺は光還者になります。ただし、学校には普段通り通わせてもらいますからね。」

「無論だ。今までデーツェの足取りを掴めず、放置してしまったのは我々の失態だからな。最大限君の要求は呑むつもりだ。」

 なら教会に俺を入れるな、と言いたいところだが、ここから逆らうほど俺の肝は据わっていない。

「さて、それでは今日の会議は終わりだ。丹羽君には後日、訓練のための話があるから白峰からの連絡を待っておくように。では、解散。」

 彼女の号令がかかると、白導院以外の皆が立ち上がり、四人は喋りながら一階へと降りていく。俺も帰宅するために席から立とうとする。訓練という言葉に引っかかったが、いきなり実戦投入されるよりかは幾分マシだろう。

「丹羽君、君はもう少し残ってほしい。」

 未だ椅子に座り続けている彼女と視線が合い、俺は黙ってもう一度腰を椅子に据えた。彼女の目は会議の時に見せていた鋭い眼差しのままだった。他の光還者たちが階段から一階へと降りていき、二階は俺と白導院だけの空間になり、俺は会議が始まる時に感じたものと同じ緊張感を感じていた。

「丹羽君、君に宿っている天使が誰なのか分かるかい?」

「いや、俺には力が使えるだけでさっぱりですね。」

「リアン、という名前に聞き覚えは?」

「……!?」

「やはりか……。」

 俺は白導院の口からリアンという名前が出たことに驚きを隠せなかった。彼女は間違いなく俺の反応に気づいただろう。

「君は自分の体に宿った天使の名前を知っているのだな、良かった。」

「良かった? どういう意味ですか?」

「我々が天界から逃亡した天使として把握しているのはデーツェとリアン様の二体だ、デーツェは敵だと分かっていたが、リアン様の行方は掴めていなかった。だから所在が分かってホッとしているのだよ。」

「は、はぁ。」

 リアンが天界において逃亡者扱いされているということを今知った俺は心の中で彼女にツッコんだ。

「それにしても不思議だ。君はどうやってリアン様と出会ったんだ?」

「そう言われても…‥ある日突然声が聞こえたってだけです。」

 俺は自分の発言が嘘ではないと自信を持って言えた。白導院と初めて直接会って感じたことだが、彼女に嘘は通じないという直感がはたらいた俺は嘘を吐くのを極力避けようと考えた。無論リアンとの約束もあるため、嘘と真実のどっちつかずの回答をすることになるが、幸いなことにリアンのことについては俺にも分からないことが多い故に、あまり難しくない。

「そうか、だが現時点でリアン様の行方が分かっただけでも成果だ。引き止めて悪かったな。」

「それじゃあ、失礼します。」

 俺は椅子から立ち上がり、階段のある後方へと向かった。俺は息を吐き、緊張が解けたのを実感する。一階へ降りると、先ほどまで会議に参加していた白峰と白城がおり、他にいた白百合と白影の姿はすでになかった。俺が降りてくるのを確認した白峰はただ一言呟いた。

「一緒に帰るぞ、丹羽。」

 そんなことはいちいち口にするものなのか、という疑問はあるが馬鹿正直な彼なら平然と言い放ちそうだな、と脳内で思考を完結させる。

「おう。」

 俺は短く一言応えた。俺にとって誰かと一緒に帰るなんてことはあまりに久しい。学校で唯一と言っていいほど珍しい俺の友人である朽木はクラスの人気者で、俺と一緒に帰ることなど滅多にない、だからこそ彼らと帰ることが俺には新鮮だった。

「そういえば、他にいた二人は?」

 俺は駅に向かう前に姿が見えない白影と白百合がどこにいるのか気になった。俺の質問に答えたのは初対面の白城だった。

「あぁ、薫ちゃんはゲームしたいからって先帰った。白百合さんは夕飯の買い出し。僕ら四人は近くの家で共同生活をしているからね。」

「四人で共同生活してるのか、楽しそうだな。」

 俺は自分の口から出た言葉が意外だった。誰かと一緒にいる他人を羨むことが俺にもあるのかと考えると新鮮な心境になる。今までほとんど友達が出来たことがない俺にとって、この言葉は紛れもない本心のように思えた。

「いずれ来ることがあるかもよ。」

 白城は明るく言ったが、四人暮らしの家に俺が行くとなると俺にとってまさに初めての他人の家へ行くという経験をすることになるが、それは俺にとって少しばかり緊張することだ。

「そんな機会無いと思うけどな。」

 俺は彼らの家へ行くことが楽しみだという気持ちと裏腹に他者との急激な距離の詰まり具合に戸惑い、身構える自分がいることを自覚する。

「きっとあるよ。そういえば丹羽君て高校に行ってるんでしょ? どんな感じなのか気になってるんだ。」

 白城からはこれまでクールさを感じていたが、今の彼はまるで自分の知らない世界に興味を示す子どものような雰囲気だった。俺は彼と同じように快く答えたかたっが、普段自分の世界に浸るばかりで友達作りを怠っていたために白城が求めるような、言葉に詰まりかけた。

「高校は……人によって全然違うな。俺は一人でいることが多い。」

 俺は学校での自分を偽ることなく話した。白城の理想を壊すような気もしたが、変に見栄を張りたくはなかった。

「そう……なんだ。」

 白城は目を丸くしながらポツリと呟く。親が子どもにサンタはいないという現実を伝えた時はこんな気分なんだろうか、と俺はどうでもいいことを考える。

「悪いな、あまり友達がいないんだ。」

 せめてもの謝罪をするが、それは面白い友達の話や授業の話がこれといって無い事に対してであって、俺の学校での過ごし方に関してではない。

「それじゃ、俺は帰るぞ。」

「あ、うん。じゃあね。」

 俺は若干の気まずさを感じ、早々にカフェを後にした。会議自体は短かったが、俺にはどっと心労が押し寄せてくるような密度の濃い時間だった。

 家に帰ってからは夕食と風呂を済ませると、真っ先にベッドの上で横になった。これからのことを考えると気が重くなっていく一方で、ため息が止まらなかった。

(そんな落ち込むなよ、玲司。デーツェ打倒に一歩近づいたじゃん。)

 リアンは俺を励ますように声をかけるがそれで俺の気が休まることはない。

「それはそうなんだけど、結構面倒なことになったよなぁ……。」

(まぁまぁ、そう簡単に物事は上手く進まないもんだよ。そもそも相手は天使なんだし。)

 俺が天井を見上げながらリアンの言葉に耳を傾けるが、枕元のスマートフォンからピロンという通知音が鳴ったことに気づき、それを取って画面を見た。

「げ……。」

 画面には白峰からの連絡内容が表示されていた。

『次の土曜日の放課後、訓練するから駅に集合だ。』

「はぁ、俺の平穏はどこいったんだか……。」

(あはは……。)

 さすがのリアンも苦笑いするしかないようで、元気のない声が俺の脳内で聞こえる。だが、俺にはリアンの事について気になることがあった、白導院さんが言っていた、リアンが逃亡者であるという事についてだ。だが、そんなことは俺にはどうでもいいことで、デーツェさえ倒せれば俺は何でもよかった。

 瞬く間に平日は過ぎ去り、土曜日となった。最寄り駅近くにはやはりと言うべきかあの白服を着た白峰が待ち構えていた。俺はもう彼に服装のことでとやかく言うことはせず、お互い無機質な挨拶を済ませると、さっさと目的地に向かった。

 白峰に連れられて来た場所は白導院のカフェから十分以上歩いた場所にある大きな一軒家だった。閑静な住宅街らしい上品な外見で、ここで四人が共同生活をしていると考えると羨ましい限りなのだが、ここが訓練を行うほど広い場所とは思えなかった。

「まず腹ごしらえだ。昼飯は用意されてるから、それを食べてくれ、訓練はそれからだ。」

 白峰の無機質な命令口調は以前なら鼻についていたところだが、今はもう慣れてしまった。きっと命令口調でありながら命令されているという実感が無いからだろう。

「昼飯は何が準備されているんだ?」

「カレーだ。」

 カレーと言われればやはり白峰が作ったのだと推測する。

「白峰が作ったのか?」

 白峰は表情が変わっている感じはしなかったが、いつもより上機嫌の声色で答えた。

「まぁな、自信作だ。」

 普段の白峰にしては珍しい感情の起伏を感じ、俺はそのカレーがどんなものなのか気になってきていた。玄関にの木製のドアには一部すりガラスが嵌められていた。ドアを開き、白峰にならって脱いだ靴を脇の靴棚にしまい、真っ白なフローリングの床を歩いて目の前のドアを開くとそこはキッチンとダイニングとリビングが繋がった広い空間が俺の視界に入ってきた。そして大きな四人がけのソファにはテレビゲームに興じる白影とキッチンで鍋の中のカレーをかき混ぜる白城がいた。二人は何故か教会で行われた会議の時と同じ正装をしている。彼らは俺が部屋に入ってきたことに気づいたらしく、俺に声をかけてきた。

「おっす、丹羽っち。今日はよろしくね。」

「こんにちは、会議の時ぶりだね。」

「こ、こんちはぁ……。」

 他人の家に行くことが久しぶりだった俺は緊張していたためか、はきはきとした挨拶が出来なかった。

「玲司は手洗って待っててくれ。すぐ準備する。」

 そう言って白峰はキッチンに向かうと、白城に代わってカレーの準備に取り掛かり始めた。俺は白城に案内され、キッチンとは扉一枚隔てた場所にある洗面所へ行き、手を洗う。四人暮らしだからか鏡の脇にある棚には化粧水やそれぞれの洗顔料などが置かれていた。コップも四人分あるが、もちろん自分用のものはないので手で受け皿を作ってうがいをした。ダイニングに戻ると白峰が用意したであろうカレーが置かれていた。普段の生活でカレーを食べることはあるが、食欲をそそる香りが俺の鼻を刺激し、いつもとは違う高揚感が湧き上がっていた。俺は皿の脇に置かれたスプーンでそれを掬って口に運んだ。

「うま……!」

「あぁ、私も食べたい食べたい!」

 思わず俺の口からは目の前のカレーを賞賛する言葉がこぼれ落ち、リアンは悔しがるように俺の脳内で叫んだ。

「だろうな。」

 俺の反応を見た白峰は表情は大して変わることはないが、彼の寡黙な表情に比べると、明らかに誇らしげだった。彼がカレー好きだというのも頷ける味に、俺は夢中で口にカレーを放り込んでいった。

「よ! 美味い頂きました!」

「やっぱり暁堅のカレーは美味しいよね。」

「当然だ、俺のカレーには厳選された十種類のスパイスが……」

「まぁた始まったよ、堅兄のカレー話。」

「暁堅、それもう何回も聞いた。」

 白影と白城が俺の反応に注目し、白峰は自慢のカレーについて語り始めたが、すぐに二人が制止する。彼らの日常を垣間見ているような気がした俺はカレーを食べながら三人を眺めていた。友達が少ない俺にはこの光景は学校で見るのと同じ筈なのだが、どこか雰囲気が違うように感じられた。

 

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