第五話 カルチャー・ショック・ウェーブ

 


裂け目ブリーチの生成がはじまりました」


 ジンさんが言った。ついでに、ほかの四人についているアンドロイドも、ほとんど同じことを説明した。


「これから『貫通』してくるのは、サルファーク史上最大の宇宙船です。ナル・カッタのジェネレーターの出力のほぼ最大値で、なんとか百光年のワープが実現できるサイズですね」


 わたしたちはステーションの展望室に集まって、ステーションのかなり近くにある直径九千キロのリングを眺めていた。わたしたちがここまでやってきたときにも使ったワープ装置だが、今回は規模が違うということで、見学を勧められたのだ。


 わたし、榊原、ホアン、ジェイムズ、アレクセイが揃って見物している。ワープ・ブリーチ・ジェネレーターは、エネルギー炉からの供給を受けて全力で機能しているようだった。


「うわ、星が歪んだ……」


 ジェネレーターのリング内部で時空の歪みが発生しているらしく、そこから覗く星空がどんどんとねじ曲がっていく。やがて、星々の光は原型を失い、リングの内側にはぼやけた光しか見えなくなった。それ以外の部分はまったく以前と同じなので、やや薄気味悪い。


裂け目ブリーチが維持期に入りました。まもなくワープが開始されます」


 あれだけの規模の空間を捻じ曲げるのに必要なエネルギーを想像すると、空恐ろしい気分になる。


「ワープ体はいま、どういう状態にあるんだ? 質量は? 速度は?」


 ジェイムズがかなり前のめってアンドロイドに質問を投げかけている。ジェイムズのアンドロイドは女性型だが、ジンさんよりも背が高かった。アンドロイドは「お答えできません」と繰り返している。


「ワープ開始します」


 と、だれかのアンドロイドが言うと、ジェイムズは見逃すまいと爆速で振り向いた。


 ワープは圧巻だった。突然、歪められた光が消滅し、完全に真っ暗な空間が出来上がったと思うと、そこに巨大な宇宙船が出現していたのだ。

 宇宙船は、肋骨のようだった。船体の忠臣に一本の太い柱が通っていて、そこから何本もの骨組みが生えている。骨組みの内側には、長方形の金属光沢を持つ物体が抱えられていた。


「恒星間輸送船『ゲス・ゲルエギ』です。全長は二万二千五十キロ。全幅は四千二百キロ。総質量は二京三千兆トン。主に金属資源を輸送するための船です」


 デカい。とんでもなくデカい。地球の直径の二倍近い長さの宇宙船が悠々と動いている光景は、まさに圧巻というほかない。それが抱えているのは、鉄やアルミニウム、銅などといった資源のインゴットだという。ひとつひとつがオーストラリア大陸よりも大きな延べ棒だ。笑うしかない。

 ほかの四人も、ぽかんとしたまま見つめている。


「ここはあくまで中継地ですから、一部の積み荷を降ろした後にすぐに出港します」


 それを聞いて、アレクセイが言った。


「あれだけの資源を何に使うんだ? 人類が有史以来で使った金属資源の何万倍という量だぞ……」

「二割ほどは、サルファーク宇宙艦隊の艦艇建造に使用され、残りは人類の言語でいうダイソン構造物を建設するための資材として用いられます」


 ダイソン球! 恒星全体を覆う人工構造物……存在は知っていたけれど、こうしてその一端を見ると、文明としての格の違いに圧倒される。


「……あれだけのサイズの船は、連合では一般的、なんてことはないよね?」


 ホアンが震え声で言った。


「あれよりも大きな艦艇は多くはありませんが、レベル六以上の文明では広く使用されています。有名なアラカディスク銀河艦隊のカラフィシク級などは、全長が三万六千キロに達します」


 わたしは、歴史の授業で観た映像を思い出した。ファースト・コンタクトの時に太陽系に出現した、月とほぼ同サイズの球状宇宙船だ。あれもたしか銀河艦隊の船だった。

 あんなものが突如として地球の空に現れた時の人々の思いはどんなものだっただろうか。きっと恐ろしかったはずだ。現にわたしは恐ろしい。


「あれだけ大きい必要はあるのか? 小分けにして輸送したほうが効率的に感じるのだが」


 アレクセイが聞いた。もっともな疑問だった。


「……有事の際に使用する可能性を考慮しての設計です。おっしゃる通り、かなり不経済なためゲルエギ級は三隻しか建造されていません」

「有事って?」


 榊原が、なんとか平静を保って質問した。だが、アンドロイドたちは答えなかった。いつもの無表情を張り付けている。


「大質量であるということはそれだけで脅威だ。あの規模の物体が相対論的速度で衝突すれば、惑星どころか恒星を破壊しうる」


 かわりに答えたのはジェイムズだった。エネルギーは質量と光速の二乗で表される。京トン級の物体が、仮に光速の九十パーセントで衝突したらどうなるだろうか? ジェイムズは、打ちひしがれたような表情で続けた。


「小惑星を使うよりずっと経済的だな。核兵器などとは比較にならない」


 わたしは考えた。これだけの文明が、仮に互いに殺しあったらどれだけの被害が出るのだろうか? いや、というか……この銀河系だけでも、数千の知的生命体が存在する。それらがまったく争うことなく生きてきたなどということがありえるだろうか? 

 人類は弱い。自分で思っているより何倍も、はるかに弱い。わたしになにができるだろうか? 考える必要がありそうだった。

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ホームステイ先は、一万光年の彼方でした 早急重複 @harumaking

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