第四話 五人の同胞

 わたしたち人類の留学生は、ナル・カッタ星系の第二惑星の軌道上を周回する宇宙ステーションに滞在することになっている。「第十三異星文明研究ステーション」がその名前だ。

 字義どおり、ここには銀河系中からやってきた数百という知的生命体の代表たちが集まっていて、サルファークと交流したり、たがいの文明についての研究調査を行っているのだ。


 第二惑星は木星なみの巨大なガス惑星で、恒星からおよそ五千九百万キロの位置を回っている。百を超える衛星を擁するこの惑星では、木星の「大赤斑」よりもずっと大きい楕円形の渦が巻いている。やや緑がかった茶色のこの斑点は、地球四個分の大きさを持ち、かなりの速度で変化している。


 ところで、銀河系知的生命体連合は、文明の発達度合いを示す基準を定めている。簡単に言えば文明のレベル付けだ。人類もカルダシェフ・スケールなどといった独自の基準を持ってはいたけれど、どれもファースト・コンタクト以前のもので、まともに機能しないため、連合のものを正式に採用している。


 それによれば、人類はレベル三.七、「原子力時代中期・宇宙進出初期」に該当する。サルファークは「時空間技術時代初期・宇宙進出中期」でレベル五.八にあたり、現在の銀河系で最も進歩した文明であるアラカディスクは「時空間技術時代中期・宇宙進出後期」のレベル六.九となる。

 レベル七は「銀河間移動」の達成が条件に含まれるため、現在の銀河系にそのレベルの文明は存在しないとされている。


 人類は、「宇宙文明」の基準であるレベル四未満に位置するため、連合に正式に加盟できていない。いわゆる「保護種族」に該当し、恒星間の移動や情報の伝達は制限される。


「核融合炉の実用化と火星植民、これが成功すれば人類は正式に連合に加盟できる。そうなれば恒星間貿易が解禁されるし、種族総会に議席も持てるようになる」


 と言ったのは、ヨーロッパ連合自治区出身のジェイムズだった。ジェイムズは理論物理学に関して天性の才能が認められ、留学生として選ばれた人だ。

 彼は人類ができるかぎり早く恒星間文明になるべきだ、という考えで行動していて、彼に付けられたアンドロイドからいろいろな情報を引き出している。熱意があって、悪い人ではないのは確かなのだが、積極的に近づきたくはないタイプの人物だ。


「核融合は実験段階では成功してるし、火星の開発もそれなりに順調なんじゃないのか?」


 と返したのがわたしと同じ日本自治区出身の榊原だ。彼はおそらく五人の中でもっともまともな人間だけど、なんというかつかみどころのない人だった。


「オリュンポス・ステーションの着工がまた延期したからねぇ。設計不良とか言ってるが、実のところルナ・スペース・エンジニアリングスが宇宙開発省に圧力をかけたって話だ」


 と、ホアン。


「LSEは月を一千万人都市にする、って宣言しちまったからな。そのすぐ後に宇宙開発省が火星植民計画を発表したわけだし、そりゃ出鼻をくじかれたと思ってもおかしくない」

「アレックス、だからと言って競争相手の足を引っ張っていい道理はない」

「べつにそういってるわけじゃない。月面開発は事実上LSEの独占状態だし、民間が強いのは木星有人探査くらいだ。はっきりいってあまりいい市場環境ではないのは確かだ」


 また小難しい話がはじまった。わたしは内心でうめいた。せっかく人類同士で話ができるんだから、もっとしょうもないことで盛り上がってもいいじゃあないか、と思うのだ。

 まあ、頭のいい人間が集まるとこうなるものか。と考えながら、わたしは異星の食べものを口に運んだ。短いキュウリのような形で、色は黒、グミみたいな食感で、味は甘いトマトが近いかもしれない。サルファークがよく食べる果実で、生物学的に人間にも適合性がある食材だということでふるまわれているのだ。


 関係ないが、わたしは他人と食事をするという文化が大嫌いだ。食事というのはひとりでゆっくり食べるものだと思っている。かといって、こういう小さなコミュニティの中で露骨に輪を乱そうとすると確実に孤立する。

 わたしは参加するかしないか、かなりマジメに葛藤したが、結果的に孤立の恐怖が勝った。現在、「話しかけられない限り話さない」のスタンスで黙々と食事を敢行している。このままいけば、事なきを得られるだろう。


「ところで、東谷さん」


 くそったれ。話しかけんなオーラを最大限展開していたのに、余裕で貫通された。しかも相手は榊原だ。日本人なんだからわかってくれ、と内心で文句をつける。


「榊原さん……なんですか?」

「きみは俺たちの中でいちばんサルファーク語が堪能だ。言語学の知識も豊富だろう? きみから見て、サルファーク語はどんな感じだい?」


 どんな感じってなんだよ、と思いつつも、自分の専門分野なので口が軽くなる。


「けっこう日本語に近い……と思います。格助詞を使って目的語を定めるし、語順もかなり自由……だけど、文法に例外がほとんど、というかまったくないのが特徴的ですね」


 わたしは相当頑張って、脱線しないように、専門的知識がなくても誰にでもわかるように話した。面接練習の時にさんざんやった成果が、いま、ここで役に立ったのだった。


「というと?」


 続けろってか。


「人間が言葉を話すと、たいていの場合何かを簡略化します。『なにをした?』を『なにした?』と言ったりするわけです」

「そうだね」

「でもサルファークはそういうことをしません。彼らが口にする言葉は、ぜんぶ、文法的に完璧なんです。どんなに急いでいても崩れません。それどころか、崩すと意図がまったく通じなくなったりします」

「それは経験したよ。『gv umv dug ziわかりました』を『gv umv dug zavわかります』と言い違えたら、『何て言ったんだ?』と言われたんだ。サルファーク語では『理解するgv umv』は絶対に過去形になるわけだけど、この規則を逸脱すると、まるでまったく違う言葉を話したように受け取られてしまうんだ」

「彼らの脳の言語機能に関係しているのかもしれませんね。サルファークの子供は言葉を話せるようになるまで相当な時間を要するようですが、『話せる』の基準が人間とはずいぶん違うようです」


 一旦話を切って、そのぶん発音にはかなり寛大なのがサルファークだ。という話をしようとしたら、ホアンが大きな声でこう言った。


「それにしても、〇.八Gの重力にはなかなか慣れないものだねぇ」


 すかさず、アレクセイが同調した。

 

「そうだな。物が落ちる速さを見誤ることがよくあるよ。きみたちは?」

「歩くとき、足を上げてから、下げる。この動作が奇妙な感覚を伴うね。何度か転びかけた」


 榊原はむこうの話題に食いついて行った。わたしはほっとして一息ついたが、残念に思う心もないでもなかった。



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