第三話 留学初日のギャラクティック・コミュ

 わたしが留学することになったのは、サルファークという地球外知的生命体の文明の中心地にある、ナル・カッタという恒星系だった。ナル・カッタは、サルファークの言葉で「知の海」を意味する。

 

 その名の通りナル・カッタは、大量の科学研究施設が集中する、いわば学園都市のようなものだった。

 恒星ナル・カッタルシは太陽よりも二回りくらい大きく、一回り暗い。この星は太古から三つの惑星を持っていたけれど、どれも生命が生まれるほど豊かな場所ではなかった。

 

 ここにサルファークがやってきたのはだいたい四千年前のことらしい。四千年?と思うかもしれないが、サルファークは六万年前には文字を発明し、二万五千年前には蒸気機関を発明している。人類の大先輩なのだ。


 サルファークについて説明しないといけない。彼らは、はっきりいってしまうと、ムカデみたいな見た目をしている。体がいくつもの節に分かれていて、たくさんの足で地面を這うように移動する。皮膚――というか殻は岩みたいにごつごつしていて、色は砂漠の砂みたいだ。


 ムカデとちがって、彼らには上半身の概念がある。だいたい全身の四分の一が上半身に当たり、その節目で体を蛇みたいに曲げることを、彼らの言語では「立つ」と言う。上半身には六本の長い腕が生えていて、これはそれぞれ三本の指を持つ。

 彼らの指先は、見た目からは想像できないくらい精密に動かせる。人間の作る最高峰の折り紙でさえ、彼らにとってみれば幼児のおもちゃだろう。


 目はふたつある。けれど位置が人間とは違って、頭の正面に縦に並んでいる。側頭部にはそれぞれ触角が生えていて、口は頭部の下側にある。この口が曲者で、どっから見ても映画のエイリアンみたいな声しか出せなさそうなのに、人間ならギリギリ真似できる音域の音を使って話すのだ。


こんにちはハグラシュ


 サルファーク語で「こんにちは」は「ハグラシュ」なのだが……カタカナではどうあがいても正確に表記できない。なにせサルファーク語はあらゆる母音に濁音がついている。そのうえ「あいうえお」だけではなく、咳のような破裂音が三種類プラスされるので、下手に真似すると喉が壊れてしまう。


「ぐぉんにでぃゔぁ」


 と、外国人に話しかけられたときの気分を想像してほしい。わたしは準備期間で相当頑張ってサルファーク語を練習したが、まだ「くぉんにちは」くらいのレベルだ。そもそもの体のつくりが違う生き物の言語を学ぶのは想像よりとても難しいのだ。


「ハグラシュ」

「ハグラシュ、新たなる友人」

「二つ足の友よ、はるばるよく来たね」


 などと言って、サルファークたちが優しく――表情はまったくわからないので、実際はどうだろうか――返事をしてくれるのは、すごくうれしかった。見た目はこの世の終わりみたいだけど、彼らはとても理性的で紳士的な人々だった。見た目は死ぬほど怖いけど。


「わたしはダールヅァーガといいます。外交省で働いていて、あなたたちのこちらでの活動を管理する者です。よろしく、トウヤレンさん」


 ダールヅァーガさん――ダールさん、とかってに呼ばせてもらっている――と出会ったのは、人類大使館の偉い人からいろいろと説明を受け、特に関係のない長話を聞き終えた後のことだった。

 ダールさんは男性で、五年後には女性にらしい。サルファークの性別は周期的に変化するのだ。


「言いやすい呼び方でいいですよ。トウヤ、なんて言いにくいでしょうし」


 ほとんど「ドゥーイア」になってしまった名前を聞いて、わたしはダールさんにそう言った。

 ダールさんは右の一番目と二番目の手で音を鳴らした。軽度の好意を示すサルファークのジェスチャーで、人間でいうと拍手や握手にちかいニュアンスだ。


「ありがたくそうさせてもらいます。あとはジェイムズさんとホアンさん、アレクイさんとサカキラさんね」


 おそらくダールさんは頑張って発音しているのだが、とんでもない音になってしまっているのを、わたしは教えるべきか非常に迷って、やめた。

 

 それはそうと、私以外の四人のことだ。ヨーロッパ連合自治区からジェイムズ、東ユーラシア自治区からホアンとアレクセイ、そして私と同じ日本自治区から榊原だ。この四人は、それぞれ一癖も二癖もある人たちで、わたしとしては安心した。コミュ下手で目立たなくてすむからだ。


 それと、ひとつ驚いたことがある。わたしはてっきり、ジンさんも留学生と間違われてしまうのではないか、と不安になっていたのだが、道行くサルファークは皆、わたしだけに話しかけてきてジンさんには見向きもしないのだ。どうやって区別しているのかを聞いてみると、こう返ってきた。


「変なことを聞くね。……ああ、新たなる友人よ、きみたちにはいないのだね」


 説明を受けてはっとさせられた。サルファークの目は人間のそれより多彩な機能を持っていて、微弱な電磁波を知覚できるのだ。要するに彼らにとっては、皮のはがれたターミネーターと人間を間違えることがないのと一緒だ。


 まだまだ学ぶことは多い。特に、無意識的なものは。

 だが、わたしはすでにとても楽しくなっていた。地球にいては絶対に体験できないことばかりだ。

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