第14話 フィリックスの意外な一面

 

 出かけていくレイオンを見送り、お弁当を抱えて休日のしん、と静まり返った食堂を見渡す。

 突然暇になってしまった。

 

「お掃除でもしようか」

「コンコン」

「ぽんぽこぽんぽーん」

 

 気を取り直し、掃除用具を取りに行こうと厨房から出た途端開け放たれていた食堂の入り口から複数の足音が入ってきた。

 今日は休日。食堂は休みだ。

 お弁当もリョウの親切心からフィリックスとキィルー、レイオンに作ったのであって、いつもならお弁当の予約も行っていない。

 つまり、民宿カーベルトに入ってくる客などいるはずがないのだ。

 嫌な予感がして、リータを呼びに行こうとした時――。

 

「邪魔するぞ。おい、そこの女! そこの黒髪! お前だな? 召喚主不明の召喚魔を登録したという不届な一般人は!」

「ど、どちら様でしょうか……」

 

 屈強な護衛を二人従えた、フィリックスやミルア、スフレと同じ制服の男。

 若干、三人よりも装飾が多く、生地も小綺麗。

 杖を持ち、ニヤニヤとリョウを舐め回すように見ている。

 間違いない。

 がこの町の貴族だ。

 

「ハッ! これだから田舎者は! こーの我輩を知らんとは! だがいいだろう、教えてやる! 我輩こそウォレスティー王国マルオズ子爵家の嫡男、ベッキィ・マルオズ様だ!」

「……ご用件は?」

「なんだその薄い反応は! 我輩は貴族であるぞ!」

 

 そんなことを言われても困る。

 そもそも、リョウはこの世界の人間ではない。

 この国とこの町にお世話にはなっているが、国籍がこの国にあるわけでもないのだ。

 万が一の時はレイオンやノインの名前を出せばいいと思う。

 地団駄を踏む、見るからにいい歳の男をやや残念なものを見る目で見ていたのが、男にはよほど癪だったらしい。

 

「ええい! 腹の立つ! 我輩は今日から貴様の主人になるのだぞ! さっさと跪け! この召喚魔が!」

「な、なにをおっしゃっているのか……」

「知ってるぞ、貴様は三週間ほど前にこの世界に召喚されてきたのだろう!? つまり貴様は召喚魔なのだ! 未登録のな!」

「え、ええ……?」

 

 困惑していると、ベッキィと名乗った男の高圧的な態度にムッとしたおあげがリョウの肩から飛び降りる。

 尻尾と背中の毛を逆立てて、「ヴー!」とベッキィを睨みつけた。

 

「フン! 小動物が唸り声をあげたところでなーんにも怖くないぞ! マルオズの家名にて盟約を交わせし異界の者よ、その力を今こそ示せ! 出でよ、我が僕! ヌリカベ!」

『ウォォ……』

「っ!」

 

 ベッキィが杖を前に出して、赤い石から呼び出したのはぬっぽりとした白い壁。

 リョウも知っている。

 妖怪ぬりかべだ。

 妖怪や仙人、仙女、忍びや巫女などリョウの世界と縁深いものは【鬼仙国シルクアース】の住人。

 どうやらこの男の適性世界は【鬼仙国シルクアース】のようだ。

 

「クックックッ……その二匹の希少種召喚魔ごと、我輩のものにしてくれる」

「あ……」

 

 ベッキィが突き出したのは、先日二匹を登録した時にセレオに「後日正式な登録証をお送りします」と言われていた登録証のタグだ。

 おあげとおかき、二匹分のタグを、なぜだかベッキィが手にしている。

 

(もしかして、登録証のタグを届けに来てくれたのかな……?)

 

 それにしては高圧的すぎるような気がするが。

 

「あの、そのタグはもしかしておあげとおかきの登録証でしょうか?」

「そうだ! これがほしければ我輩に忠誠を誓い、我輩の召喚魔になるがいい! くぁーーーっはっはっはっはっはっはっ!」

「……再発行ってしてもらえるのかな……」

「おおおい! 冷静に対処しようとするな!」

 

 思っていたよりも無茶苦茶な生き物である、貴族。

 怒り心頭とばかりのベッキィがタグを突き出したまま「お前ら、あの女を我輩のところへ連れて来い!」と護衛たちに命じる。

 しかし、ベッキィの首筋に剣が突きつけられた。

 

「あれぇ、無能役立たずの第三部隊の一人、子爵家のベッキィ・マルオズさんじゃなーい? ボクと師匠が出かけている隙をわざわざ狙って来るあたり、ほんとやることなすことが小物で笑えるんだけど一応聞いておこうかな〜? ……なにしてんの?」

「…………っ……ノ、ノノノノノイン・キルトォ……!? な、なぜだ! 午後まで留守のはずでは!?」

 

 なるほど、確かにこの男が現れたのは、レイオンが出かけた直後だ。

 ノインは朝早くに出かけていたため、ずっと機会を狙っていたのだろう。

 道理で登録証が届くのが遅いわけである。

 リョウも不慣れな仕事で、登録証のことはすっかり忘れていたけれど。

 ノインの剣がスッとベッキィの首から離れ、鞘へと戻される。

 そのままスタスタと彼らを通り過ぎたノインは、くるりと回転してリョウとベッキィたちの間に入ってきた。

 リョウを、庇うように立つ。

 

「ふふーん、ボクはお前と違って有能で優秀で天才だから、頼まれたお仕事は全部終わらせて帰ってきたんだよ。途中で師匠からリョウさんのお仕事のお手伝いも頼まれちゃったしねー」

「馬鹿な! わざわざ高い金を払って麦畑に解き放ったアーマーライナースレスだぞ!?」

「あれ、よくボクにきた依頼内容知ってるね?」

「あ」

 

 自白である。

 ノインがニコッと微笑むと、ベッキィたちもニコッと冷や汗をダラダラ流しながら微笑み返す。

 

「お前次ボクの前にツラ見せたら“決闘”申し込むからね」

「クッソ! 覚えてやがれ!」

『ぬ、ぬおー』

「はいはい、一昨日きやがれ。……貴族の捨て台詞じゃないよ、まったく」

 

 逃げていくベッキィたち。

 それをシッシッと手で払うノイン。

 ポカン、と見ていたが、振り返ったノインに「大丈夫?」と心配される。

 

「うん、大丈夫。ありがとう、ノインくん」

「それならよかった。あれだけ言えばもう来ないと思うけど、また来るようならボクと師匠の名前を出してくれていいからね」

「うん。……でも、大丈夫なの?」

「うん。自由騎士団フリーナイツは貴族に特別な権限があるんだ」

「特別な権限?」

 

 レイオンも「貴族特攻がある」と言っていたけれど、具体的にどんなことなのだろうか。

 首を傾げると、ノインがいたずらっ子のような顔をする。

 

「二十年前に起こった戦争ってさ、貴族の腐敗が原因なんだ。で、当時フリーの冒険者で剣士だった師匠の拾ったアスカさんが戦争を治めたでしょ。その反省ってわけじゃないんだろうけど、国としては『再発防止』の建前が必要だったんだって。戦後に師匠は自由騎士団フリーナイツを立ち上げて、アスカさんの後押しももらいながら国々の貴族に対して『自由騎士団フリーナイツから決闘を申し込んだら、貴族個人が受けなければならない。決闘に敗北した貴族個人は、貴族籍を剥奪されるものとする』って認めさせたの」

「えっと、つまりノインくんがさっきの人に決闘を申し込んだら――」

「ベッキィが一人でボクと戦わないといけないの。召喚魔法は禁止。剣の腕だけで戦わないとダメー」

「え、そ、そんなの貴族に不利じゃないの?」

「不利だよ。むしろ勝てる可能性がないから、自由騎士団フリーナイツの騎士から決闘を申し込まれた瞬間イコール終了のお知らせだよ」

 

 なるほど、だから“貴族特攻”。

 貴族にだけ絶大な効果を持つ、自由騎士団フリーナイツの切り札。

 

「国としても、自由騎士団フリーナイツに決闘を申し込まれるほど腐ったやつは切っちゃおうってことみたい。といっても、自由騎士団フリーナイツは数も全体で七千人弱しかいないから、大きめの町に二、三人しかいなくて貴族全体に目が届くわけじゃないんだけど」

「そうなんだ……」

 

 圧倒的に、騎士の数が足りないのだ。

 しかし、それでも自由騎士団フリーナイツの目を気にして貴族の横暴は二十年前よりはやや減ったという。

 本当に、自由騎士団フリーナイツの目の届かないところでだけ、というのがなんとも言えないところだが。

 それでも貴族に対して切り札があるのとないのでは、人々の気の持ちようも違う。

 

「それより、師匠からなにかリョウさんが出かけるって聞いたんだけど……どこに出かけるの?」

「あ、フィリックスさんが寝坊して朝ご飯をたべてなかったから……お昼ご飯と一緒にお弁当を作ったの。召喚警騎士団に持って行ってあげようと思って」

「あーーー……ついに見たんだね……フィリックスさんの、あの寝起きの悪さを」

「知ってたの?」

 

 ついに、ということは。

 聞いてみると「いつかバレると思ってたけど」と目を背けられた。

 

「フィリックスさんって第七の中では成績最優秀者だし、なんなら召喚魔法師学校時代、貴族たちを差し置いて学年首席のまま卒業してヒラの騎士やってるのがおかしいくらいの人なんだけど……朝だけは本当に弱いんだよね」

「え、ええ……」

「ドラゴニクセルの日とイグディアの日って基本的に騎士も休みなんだけど、貴族の警騎士たちから仕事を押しつけられていつも休日出勤してるんだよ。で、その都度キィルーが起こすの。休みの日以外は、本部の仮眠室で寝てるからスフレさんかミルアさんが起こしてるんだって。ボクも頼まれた日の朝は起こすけど、今日は仕事が入っちゃってどうしていたのか心配してたんだけど……そうか、リョウさんが起こしてあげたんだ」

 

 寝坊常習犯か。

 

「それだけゆっくり休めてないってことなんじゃ」

「まあ、それもあるかもね。学生時代も起きてる時間ずっと勉強してたらしいし」

「……努力家なんだ」

「うん。フィリックスさん、見た目はチャラいけど本当に優秀で努力家だよ。早くお弁当届けに行ってあげよう」

「うん、そうだね」

 

 ノインから聞いたフィリックスの意外な一面。

 それほど頑張ったのに、貴族に邪魔されて昇進できないなんて理不尽な。

 

「あ、登録証のことも聞いておかなきゃ」

「おあげとおかきの登録証のこと?」

「うん。さっきの人が持っていたの。そのまま持ち帰られちゃった」

「あちゃー」

 

 それ自体は仕方ないと思う。

 商店街、飲食店街を抜けて召喚警騎士団の本部に来ると、いつものやる気のない門番にノインが話を通して中へと入れてもらう。

 しかし、今回は受付に話をするとしばらくそこで待たされ、フロント前までフィリックスが走ってやってきた。

 

「リョウちゃん! ありがとう!」

「いえいえ」

 

 おそらくキィルーから聞いていたのだろう。

 お弁当を受け取るとがっくりと項垂れている。

 

「あ、これお代。本当にありがとう。お腹減ってミルアに売店に走らせようかと思ってた」

「ミルアさんも出勤してるんですね」

「っていうか、うちのチームは休みの日に休めた日なんてないよ」

「ウ……」

 

 目が遠い。

 

「責任者シバこうかぁ?」

「ぜひ頼みたいけど、ノインに頼むとうちの魔法警騎士たちが俺たち以外いなくなりそうだからなぁ」

「……この建物のトップって誰かなぁ?」

「所長かな? 今日出勤してないよ」

「それは残念。いつでもシバけるように準備だけしておくね」

「ありがとう」

 

 会話が不穏すぎる。

 いや、今までの話を聞く限り、一度そうした方がいいような気もするけれど。

 

「さてとこのまま戻ってデスクで弁当を食べたいところだが――ミルアに弁当を見られたら寝坊を理由に献上しないといけなくなりそうだから、お弁当は外で食べてくるかな」

「そうしな〜。っていうか、来週の週末はボク、ちょっと王都に行く用事があるけどどうする? 日帰り予定だけど、朝はいないんだよ」

「ま、マジ? ……泊まるか」

「いや、帰りなよ〜。ちゃんとベッドで寝て休みな〜?」

「起きられる気がしない」

 

 その時のフィリックスの顔は真顔だった。

 ノインが肩を竦めてリョウを見る。

 

「あの、それじゃあ来週も私が起こしましょうか? お弁当も作っておきますよ」

「え! 本当に!? いいの!?」

「はい。あ、もちろんお代はいただきますけど」

「払う払う! 本当にいいの!? 本当に助かる!」

 

 瞳をキラキラさせて、本当に嬉しそうなフィリックス。

 そんな顔をされてはやる気になってしまう。

 

「あ、それから――おあげとおかきの登録証なんですけど……まだ私の手元に届いてなくて」

「へ!? 普通三日くらいで発送されるんだけど!?」

「さっきベッキィが持ってきたらしいよ。あいつらお使いもまともにできないんだね」

「…………再発行してセレオに届けさせるよ」

「よろしくお願いします」

 

 

 

 

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