2章

第15話 町の外からのお客様

 

 この世界――『エーデルラーム』に来てそろそろ一ヶ月が経つ。

 仕事にもだいぶ慣れ、食堂を利用しに来る冒険者たちにも顔と名前を覚えられて順風満帆――とまではいかずとも日々が楽しくなっていたリョウ

 時折、元の世界のことを思い出したりもするけれど、両親は娘のことなど忘れているに違いない。

 むしろ、離婚する理由ができて万々歳ぐらいに思っていそうだ。

 

(今頃離婚してたりして)

 

 閉店間近の客足が引いた時間帯。

 リョウがおかきのお皿洗いを手伝っていると、入り口から不思議な足音が入ってきた。

 

「あらー、マカルンさんじゃあないか。久しぶりたね」

「どうもどうも、お久しぶりです。出前をお願いしたいんですが」

「はいよ。何人前だい?」

 

 入ってきたのは猫の獣人。

 【獣人国パルテ】の住民だ。

 獣人といっても彼のような半亜人風の猫耳猫尻尾のみの獣人から、獣が二足歩行で歩いて喋るという獣人まで多種多様。

 フィリックスの連れているキィルーに至っては、普段小型化して小猿のような姿。

 なお、リョウは見たことがないが戦闘時には二メートル近いゴリラのような姿になるらしい。

 キィルー以外の獣人……そして、町の外に住む居住特区の住民を、リョウはこの世界で初めて見た。

 

「なにかお祝いごとでもあったのかい?」

「ええ、今度あっしのご近所さんが結婚することになりましてね。村を挙げてお祝いですよ」

「あらー、そりゃあめでたいねぇ」

「はい〜! あれに触発されて独り身どもも近々プロポーズラッシュになりそうですから、三週間後にお見合いパーティーを開く予定なんですぅ。その時はまた、出前をお願いしたいんですが」

「へぇー、次はかなり大量のご注文になりそうだね。数はもうわかってるの?」

「だいたい百人前で……できますかね?」

「了解。食材の発注もあるから、事前に予約してくれるのは助かるよ。お見合いパーティー成功するといいね」

「はい〜」

 

 おお、これはかなり大きなお仕事が入ったらしい。

 リョウがあんまりそわそわ見ていたせいか、リータが「あ、そういえば新しい子が入ったんだよ」と手招きする。

 

「初めまして、リョウと申します」

「こやー! 黒髪とぁ珍しい! 初めまして初めまして! あっしはマカルンってぇモンですわ! 町の外にあります、【獣人国パルテ】の住民特区パルテオに住んでおりやす」

「よろしくお願いします」

 

 明るい気さくな猫の半亜人さんである。

 見たところ茶トラの獣人のようだ。

 細くて長い縞々尻尾がゆるゆる揺れている。

 

「パルテオはうちからも近いし、お祝いごとがあると出前を取ってくれるんだよ」

「ノインくんに聞いたことがあります」

「ノインの坊ちゃん! 今日はお留守なんですかい?」

「ああ、なんでもA級の広域指名手配犯が町に入り込んでるらしくてね、フィリックスたちと一緒に捜索で駆け回ってるよ」

「なっ、なんと!」

 

 ダロアログとアッシュのことだろう。

 そして――おそらくシドも。

 ノインやフィリックスたちがシドの存在まで気づいているかどうかはわからないが、シドは彼ら以上に簡単には捕まらないような気がする。

 お世話になっているノインやフィリックスのことを思うと、ダロアログやアッシュが町から出て行ってくれるのが一番平和なのだろうが……。

 

「えぇ〜、知りませんでしたぁ。怖いですわ〜」

「そうだねぇ。A級っていえば億超えの賞金首だろうしねぇ。パルテオだけじゃなく、フエの方にも教えておいてあげた方がいいかもね」

「ですなぁ。エルフのみなさんがいっぺん警戒すると、色々めんどくさいんですけど〜。A級はシャレにならんわ。パーティー、中止にした方がええんですかねぇ」

 

 と、すっかり気落ちしてしまったマカルン。

 リータと顔を見合わせ、肩に乗ったおあげの尻尾がモフッと頬に当たる。

 

「そんなの気にすることないさ。アタシらが普段通りの生活を送れるように、ノインたちは駆けずり回ってるんだから。下手に楽しみを中止なんてするもんじゃないよ。結婚する子たちも一生に一度だろう? こっちも腕によりをかけるから、たらふく食って楽しみなよ」

「はわぁ〜、リータさんん……ありがとうございます!」

 

 肩をバシッと叩かれて、マカルンはパァッと表情を明るくする。

 リータのこういうところは、リョウにはまだまだ無理な部分。

 憧れてしまう。

 

「では、明日三十人前をよろしくお願いします!」

「はいよ。メニューは魚中心お任せだね」

「はいー!」

 

 注文を受けて、料金をもらう。

 しかし、魚はその日の朝獲れたものでないととても料理にはできない。

 どうするつもりなのだろうか。

 

「あの、材料足りるんですか?」

「明日の朝一番に買い物に行くさ。昼頃に届ければ問題ないよ。配達、もちろんリョウにも手伝ってもらうよ」

「は、はい! 頑張ります!」

「コンコーン!」

「ぽこ! ぽこー!」

「ははは! ああ、おあげとおかきもね」

 

 自分たちも手伝う、と片手をあげてくれる二匹に頬擦りする。

 おあげとおかきもすっかりカーベルトの従業員だ。

 

 

 ***

 

 

 翌日は思った以上に早く起きて、リータとともに買い出しに出かけた。

 普段食材を運んできてくれる配達屋は通常通り。

 それプラスなので、朝に水揚げされた魚の他にも野菜や果物、お肉を大量に買い込む。

 

「こんなにたくさん、どうやって持って帰るんですか?」

「これを使うんだよ」

「……? 巻き物……?」

 

 リータが取り出したのは、思いも寄らないものだった。

 それは巻き物。

 忍者がお城から盗み出す――定番の品である。

 巻き物の紐を取ると、開いてリョウに持っているよう言うリータ。

 白い紙が貼られた部分に、買ったものをどんどん落としていく。

 そして驚いたことに、巻き物はそれらをどんどん“絵”にして白い部分が埋まっていった。

 

「わ、わぁー、ど、どうなってるんですか、これ」

「これはねぇ、【鬼仙国シルクアース】の収納宝具っていうんだよ。一般に出回ってるものは容量が少ないし、持ち主以外にも取り出せるような簡易なものだけど、本来は建物も収納できるほど大容量だったり、持ち主以外には取り出せなかったりとすごいものなんだってさ」

「へ、へえぇ〜!」

 

 とんでもなく便利なものではないか。

 まさしく宝具と呼ばれるのに相応しい。

 しかし、二十年前の戦争で流れてきた【鬼仙国シルクアース】の仙人仙女が生きるためにお金を稼ぐためにこの簡易版を作って売り始め、今は一般人でも手が届くポピュラーなものになったそうだ。

 他にも、【機雷国シドレス】の科学技術で箱状のインベントリを売っていたり、【神林国ハルフレム】のエルフが魔法で空間収納というのを作れたりするが、どちらも一般人には手が届かない。

 

「失礼、この町の人ですよね? 【神鉱国ミスリル】の居住地はどこにあるんですか?」

 

 突然、後ろから話しかけられてリョウは素直に驚いてしまう。

 しかし、すぐにリータは「冒険者になりたてかい?」と聞き返す。

 すると年若い男は「わ、わかりますか?」と頬を染める。

 

「まあ、そんな装備じゃあねぇ。どっから来たか知らないけど冒険者協会は西門の側だよ。武器屋や防具屋もあっちの方。直接【神鉱国ミスリル】の居住特区に行くのは絶対にやめな。ドワーフってのは職人堅気で一見さんお断りなんだよ」

「ええ!? そ、そうなんですか!? ドワーフに武器を売ってもらえるっていうから、わざわざユオグレイブの町まで来たのに……」

「売ってはもらえるさ。西の武具店街は半分くらい【神鉱国ミスリル】居住特区からドワーフたちが出勤して営んでるからね。でもドワーフは気難しいから新人は自分の実力に見合った武具にしな。いくら『甘露の森』がゆるくても、あそこの奥地には赤級以上の冒険者しか入れないエリアもある。背伸びすると死ぬよ」

「う……わ、わかりました……」

 

 どうやら迷子だったらしい。

 市場にならドワーフの武器が売っているかもしれない、と迷い込んだのだろう。

 ユオグレイブの町の西側は『甘露の森』に近く、冒険者協会ユオグレイブ本部がある他、武具店街がある。

 リョウは用事がないので行ったことはないが、町の外の北西部には【鬼仙国シルクアース】、【神鉱国ミスリル】、【機雷国シドレス】の居住特区があるそうだ。

 北は治安が悪いと聞いていたが、もっとも北に違い【機雷国シドレス】の居住特区は町の外。

 しかも、ガラクタが多いスクラップ場のような場所。

 そのため、【機雷国シドレス】居住特区の隣の【神鉱国ミスリル】の居住特区の住人は非常に警戒心が高く、町の者でも招待した者以外は入れたりしない。

 

「【神鉱国ミスリル】の居住特区に顔だけで入れてもらえるのはレイオンとノインだけさ。あの二人は歓迎すらされるだろうね」

自由騎士団フリーナイツの騎士は本当に特別なんですねぇ」

「ああ、洗礼を受けるまで厳しい修行と賢者との問答にすべて答えなけりゃ、見習いにすらなれないそうだよ。権限も大きいから、入団も難しい。希望者は毎年冒険者より多いそうだけど……さっきの新人もきっと入団落ちだろうねぇ」

 

 入団落ちとは、自由騎士団フリーナイツの入団に落ちて冒険者になった者のことだ。

 ユオグレイブの町は、近くに魔物の巣窟でありながら多種多様な果物が採れる『甘露の森』と『かくれんぼ麦畑』があるため大変人気の稼ぎ場。

 低層でも新人が生活するのに十分なため、新人が集中的に集まる。

 ドワーフの作った武具も人気の理由の一つであり、ああして時折ドワーフにオーダーメイドで自分だけの武具を作ってもらいたい、と気持ちの大きいことを言う者が現れるのだそうだ。

 当然、ドワーフは新人にオーダーメイドで武器を作ったりはしない。

 ノインですら、既製品の武具を使っている。

 これはノインが「いつか自分で貯めたお金でオーダーメイドを頼むんだ〜」と語っていたからだろう。

 魔力のないノインは【戦界イグディア】から武器を召喚できないためだ。

 二階級以上には国から召喚魔法師を派遣してもらい、【戦界イグディア】よりその者に相応しい武具の召喚が許されているという。

 適性がなくともある程度の実力と魔力があれば召喚魔法師の助力で、【戦界イグディア】の召喚魔法が使えるのだ。

 八世界の中で【戦界イグディア】だけは、武力に特化した世界。

 実力が認められれば、武器が自分から使い手の下へ来たがるという。

 だが、それはあくまで魔力があれば、の話。

 魔力がゼロのノインは――【戦界イグディア】から武具を呼び寄せることができない。

 

「ノインくんは魔力があれば、もう剣聖に認められていたかもしれないんですよね」

「レイオンもそう言ってたねぇ。けれど、あの子は魔力がなくても剣聖になるさ。誰よりも強い剣聖に」

「そうですね」

「コンコン!」

「ぽこぽん!」

 

 誰よりも気高く、真っ直ぐに人助けばかりしている子だ。

 あの子が剣聖になれない理由が見つからない。

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