第13話 思いがけない隣人

 

 この世界にきて三週間。

 ノインの話だと、他の召喚者たちは召喚魔法師の学校に通い始めたらしい。

 ジンは特に優秀で、貴族令嬢たちから求婚の申し込みが殺到しているとか。

 しかしそのすべてをお断りして、彼は将来的に冒険者かこの町の召喚警騎士になりたいと希望を出しているという。

 

「んーーー。ちょっと遅く起きちゃった」

「コーン」

「ぽこぽーん」

「うん、そうだね。慣れて気が緩んできているのかもね」

 

 カーテンを開けると暖かな日差し。

 窓を開けると、鳥の鳴き声が耳に直接届く。

 キィー! という、なんとも必死な声にやや不安を覚えるけれど……。

 

「ん? あれ?」

「コンコン」

「ぽこーん?」

 

 ちょっとあまりに声が必死すぎる。

 それに、鳥というよりは獣のような声では?

 キィキィという声の出所を探すと目の前の建物の、一階の窓。

 ちょうどリョウの部屋の真正面一階の部屋の開いた窓から、キィルーが怒っているのが見えた。

 

「あれ、キィルー?」

「ウキキッ!!」

 

 キィルーは召喚警騎士フィリックスの相棒召喚魔だ。

 名前を呼ぶと、向こうもリョウに気づいたらしく目を見開いて両手を振る。

 その必死な様子は、ただ事ではない。

 おあげとおかきの顔を見て、頷きあう。

 素早く着替えて身支度を整えると、駆け足で宿から出て隣の建物へと行ってみた。

 白い木造の建物の窓に近づいてみると、キィルーが「こっちこっち」と両手を振るう。

 近づいてみると、窓からベッドを指差すキィルー。

 ベッドにはフィリックスがうつ伏せで倒れてた。

 

「フィリックスさん!?」

 

 まさか、死……?

 あまりの光景に驚いておかきに「フィリックスさんを助けて、おかき!」と叫んでしまう。

 おかきもハッとしたように顔を上げて、窓へと飛び移る。

 キィルーに案内されてベッドに近づき、リョウが祈るように両手を合わせる中治癒能力でフィリックスを癒す。

 

「フィリックスさん……お願い、死なないで……」

 

 いったいなにがあったのだろう。

 こんな身近で知り合いが死ぬなんて、あまりにも信じ難い事態だ。

 間もなくおかきがリョウの肩へと戻ってくる。

 リョウも顔を上げて部屋を覗くが、フィリックスの様子に変化はない。

 

「そ、そんな……フィリックスさん! フィリックスさん! しっかりしてください! フィリックスさん!」

「キィー! キキキィーッ!」

「コンコーーン!」

「ぽんぽこーん」

 

 必死に呼びかけていると、「うっ」とくぐもった声が聞こえた。

 

(生きてる!?)

 

 呼びかけ続ければ、もしかしたら目を覚ますかもしれない。

 そう思って、フィリックスの頭を叩くキィルーのもとへおあげとおかきを放つ。

 

「フィリックスさん! 起きてください!」

「キィキィー!」

「コンコーーーン!」

「ぽんぽこぽんぽーん」

「うううう……あと五分……」

「ダメです! 起きてください! ……ん?」

 

 あと五分って言ったか?

 聞き間違いかもしれない、と顔をもう一度キィルーとフィリックスの方へ向けると、キィルーが必死の形相で目覚まし時計を指差した。

 八時を過ぎている。

 

「……八時過ぎてますよ」

「はちじ、すぎてる……? うそ……?」

「本当ですよ。八時過ぎてます。私、今日は遅く起きてしまったんです!」

「ううう……」

 

 地を這うような声とはこのことだろうか。

 髪もボサボサ、眉は寄り、目つきは最悪。

 リョウの知る爽やかさなど微塵もなくなっているフィリックスが、鉛でも背負っているかのようにゆるゆると起き上がる。

 

「ううう……」

「キィ! ウキィ!」

「わ、わかってるよ……遅刻だろ……でも昨日の夜帰ってきて朝食も食べてないのに……」

「キィーーー!」

「わかったよぅ」

 

 と、フラフラ起きて洗面所の方へと姿を消す。

 それを確認してキィルーはようやく肩を落とした。

 

「もしかして、寝坊?」

「ウキィ。キィキィ、キィ!」

「ううん、体調が悪くて倒れていたんじゃないならいいの」

 

 なんとなくだが、召喚魔たちの言っていることもわかる。

 おそらくこれも召喚された時に得た翻訳補正の力だろう。

 キィルーはフィリックスを起こしてくれたことにお礼を言っていた。

 本当にがっかりした様子で、なんだか大変そうである。

 

「あ、そうだ。今日はドラゴニクセルの日で食堂はお休みなの。このまま出勤するなら、朝ご飯とお昼ご飯、キィルーとフィリックスさんの分のお弁当作って届けてあげようか?」

「キキッ!? キキーキィー?」

「うん。お弁当の販売もやってるの。お弁当箱は買い切りで、前日にお題とメニューのリクエストをしておいてもらわないといけないんだけど……あ、もちろんお代はもらうよ? お弁当箱の代金八百ラームと、お弁当二人分を二食だから三千六百ラームになります」

「ウキィ! キキッ!」

「メニューはお任せでいいのね。じゃあできたら持っていくから」

「ウキィ〜!」

 

 翻訳補正、本当に助かる。

 飛び跳ねて喜ぶキィルーの頭を撫でて、食堂に戻った。

 リータに一応許可をもらい、お弁当箱にご飯と玉子焼き、作り置きの唐揚げ、蒸したブロッコリー、切ったナナバ(この世界でのバナナの呼び方らしい)ナフモフというこの世界の野菜を使った煮込み料理を詰める。

 もう一つには簡単な小さいオムレツと茹でた油菜、焼いたソーセージと煮込んだお豆、野菜炒めとクォパというマンゴーに似た果物をカットして入れた。

 

「うん、上出来かな」

「コンコン!」

「ぽんぽこー!」

「じゃあ届けに行こうか」

「おや、弁当作ってたんかい?」

「あ、レイオンさん。おはようございます」

「おはよう」

 

 パタン、と一階の客室から出てきたのは初老の剣士。

 明るい赤銅色の髪と瞳。そして髭。

 ゆっくりカウンターに歩み寄ってきて、リョウの作ったお弁当を覗き込む。

 

「美味そうだな。わしにも一つもらえんか?」

「はい、構いませんよ。お弁当箱の分を差し引いて五百ラームになります」

「はいよ」

 

 この民宿に下宿しているレイオンは、当然お弁当箱を持っている。

 受け取って、おかずの残りを詰めてあげると「手際がいいなぁ」と褒めてくれた。

 こんなにも気さくな人が自由騎士団フリーナイツのトップ――剣聖とは。

 しかも、二十年前の戦争で英雄アスカを助け、導いた剣士でもある。

 そんなにすごい人が目の前にいるのに、慣れとは怖いものですっかり常連のお客さん相手のような対応をしてしまう。

 実際その通りではあるのだが。

 

「さてと、それじゃあ召喚警騎士団に届けに行こうか」

「コンコン」

「ぽこぽん!」

「ん? 警騎士団に行くのかい?」

「はい。寝坊しちゃったフィリックスさんとキィルーの朝ご飯とお昼ご飯です」

「……うーん……」

 

 お弁当箱を一つの風呂敷でまとめて、持っていこうとした時だ。

 レイオンに難色を示されてしまう。

 確かにフィリックスにも「おあげとおかきは珍しいから、貴族の召喚魔法師に取り上げられるかもしれない」とは言われたけれど。

 

「だ、ダメでしょうか?」

「いや……だが、お前さんの召喚魔は珍しいんだろう? お前さん自身も黒髪で、異世界人だ」

「は、はい」

「貴族連中には旨味の塊だろう。ノインが冒険者協会から帰ってきたら、同行してもらうように頼むといい」

「……? 黒髪って、貴族の人にも黒い髪の人はいますよね? ミルアさんとか」

 

 なぜこんなにもリョウの黒髪が特別視されるのかがわからない。

 ミルアの黒髪も十分見事なものだと思うのだが。

 

「んー、まあ、黒髪自体はいないわけじゃないが……アスカと同じ世界から来たってのが、貴族連中からすると、アスカに取り入るための理屈になる。この二十年、黒髪ってだけで結構な数の平民が貴族に取り立てられて、振り回されてきた。でも、お前さんは正真正銘、本物だ」

「……い、異世界から来た、ですか?」

「そう」

 

 なるほど、利用価値があるということなのか。

 しかも、魔力がない。

 ジンたちのように後ろ盾があるわけでもなく、抵抗する術がないのだ。

 おあげとおかきを取り上げられたら、なすがままになってしまう。

 

「異世界人にはピンとこないようだが、この世界の貴族は基本的にクズしかいない」

「は、はあ」

 

 はっきり言い放ってしまわれた。

 

「二十年前の戦争も元はと言えば、貴族の横暴に対する反乱が発端だった。平民出身の召喚魔法師たちが、自分たちの権利や研究を守るために独自の団体を作り、研究のための土地を欲して独立国の樹立を宣言したからな」

「っ! 反乱だったんですか」

「ああ、やり方は過激すぎたし、この世界以外の八異世界にまで迷惑をかけてしまったから、現代の平民出身の召喚魔法師にまで尾を引いているが……やつらの主張自体は正当なものだったと思うよ。貴族のやつらはこの二十年、なにも変わっていない」

 

 目つきが剣呑なものとなる。

 怒りを無理やり抑え込んでいるかのようだ。

 二十年前の英雄がこうもはっきり言い放つとは、貴族の横暴はリョウが思っている以上なのだろう。

 

「とはいえ召喚魔法師のことに関しちゃわしぁ素人だからな。アスカが引き続き頑張ってくれるのを待つしかない」

「アスカさん……国の体質を変えようとしているんですね」

「ああ。しかし、一度腐って肥え太ったモンってのはいくら履いてもこびりついてなかなか取れんらしい。腐ってんのはこの国だけじゃないしなぁ」

「…………」

 

 二十年前の戦争で、貴族たちはなにも学んでいないのだと、嘆かわしいと首を振る。

 そして、だからこそあえてノインを連れて行くようにと勧めてくれる。

 

自由騎士団フリーナイツは貴族への特攻を持っている。ノインは次期剣聖。迂闊に手出しはできんだろうよ」

「わ、わかりました。ノインくんが帰ってきたら、お願いしてみます」

「ん、そうしな。じゃあ、弁当ありがとうよ」

「はい」


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